※今回非常に長くなっております。
ゲティア「お疲れ様でした。ご報告ありがとうございます。この件は、クリフ陛下にはお伝えいたしますが、今暫くは…」
ルスベスタン「分かってますよ〜。受けた報酬分はお仕事しますって〜。」
ゲティア「何年も引き止めてしまい、申し訳ございません。」
ルスベスタン「いーえー。こんな雑談してていいんですか?」
ゲティア「そうですね…ではこれにて失礼いたします。」
ルスベスタン「はいはーい。」
ルスベスタンはゲティアに手を振り、見送る。
ゲティアの姿が見えなくなると、急ぎ早に、ルスベスタンは城を立ち去る。
ルスベスタン「うえぇ…緊張で吐きそぅ…あ、本気でやばい…。」
(仕事がなきゃ、何が好きでお城になんか行くんだ…。地面を踏んだだけで、とんでもない請求額が来そうな建物はもう勘弁して欲しい…。)
ルスベスタン「早く終わらせたいこの仕事…。」
(そもそも…)
ルスベスタン「あ、そうだ。アマラさんのとこに行かないと。今日は遅いし明日以降で日付を調節して…ああ、そっか。城からの呼び出しもあるし、あのヒト達にもタンザ父さんのことを伝えないと…いやこれ過労で死ぬんじゃ…よし。寝よう。」
ルスベスタンは休息の決意を固め、永夜国に足を進めた。
アマラ「うわ、ひでぇ顔。」
ルスベスタン「元々、朝は強くないんです。夢見が悪いのも相まって…」
次の日の朝、アマラとルスベスタンは朝食を取りながら話していた。
アマラ「とりあえず、ジークと話がしたいんだったよな?」
ルスベスタン「はい。」
アマラ「それじゃあまずは、アリィをどうにかしないとだな。2人とも片方のそばを離れたがらないからな。」
ルスベスタン「ノアさんは?」
アマラ「お前が本当にあくどいことを、考えなきゃ問題ない。ノアはヒトの記憶を覗くことができる。だから、アリィをアタシが買い物に連れていくだけだ。」
ルスベスタン「…そんなすんなり行くものですかね。」
アマラ「行く。アイツも年頃だ。可愛いものの1つや2つ欲しいだろ?アタシの奢りだ。信用もそこそこあるしな。」
ルスベスタン「私情込で可愛がろうとしてます?」
アマラ「バレたか。まぁとにかくそれで1回試せばいい。ダメだったら次を考えるまでだ。それで、その日なんだが…」
ルスベスタン「今日か明日でお願いできます?」
アマラ「随分早いな…まぁ出来なくはないと思うぞ。でもどうしてそんな急ぐ必要が…」
ルスベスタン「貴方が知る必要はありません。」
アマラ「…そうか。じゃあ今日誘ってみるよ。」
ルスベスタン「お願いします。」
それが今朝の話。
アリィさんは、アマラ・レイアンの読み通りに食いついた。ジーク君に確認を取ってから。
ルスベスタン「ちゃんと、確認を取ってからなの。真面目ですね。 」
ジーク「ああ、自慢だよ。ノア、席を外してもらえるか?」
ノア「…分かった。 」
ルスベスタンは驚いた顔をする。
ジーク「白けたマネはしなくていい。話したいんだろ?2人だけで。」
ルスベスタン(ああ…この勘の鋭さは…間違いなく同類だ。 )
ルスベスタンは、ノアが部屋を出たあと扉の鍵を閉める。
ルスベスタン「単刀直入に聞きますね。『テオス』とは何か…」
ジーク「神の代理人」
ルスベスタンが言い終える前に、ジークは即座に答える。ルスベスタンは落胆の表情を見せる。
ジーク「…のふりをした、操り人形。」
ルスベスタン「…え」
ルスベスタンの表情に明るさが戻る。
ジーク「それを何故お前が知ってる?」
ルスベスタンは言葉に詰まる。
ルスベスタン「それは…」
ジーク「……。」
ジークはルスベスタンの答えを待っている。
ルスベスタン「……。」
ジーク「俺は自分の事も明かせないやつに、俺の事を明かすつもりはない。」
ルスベスタン(言っていいのだろうか。いや。良い訳が無い。でもここで言わなければ…)
自然と心臓の音が早くなるのが聞こえる。酷くうるさくて。
ジーク「おい。」
ルスベスタン「…え?」
ジーク「馬鹿か、息を吸え。呼吸を止めるな。」
そう言われ、初めて気がつく。
自分が呼吸を止めてしまっていたのを。
気付いた途端、咳が出てしまった。
ジーク「…言いたくないなら言わなくていい。気付かずに自分の呼吸を止めるような奴が、何か企んでるとは思えないしな。」
ルスベスタン「じゃあ…」
ジーク「お前は俺と何が話したかったんだ?」
ルスベスタン「お願いに来たんです。」
ジーク「…お願い?」
ルスベスタン「イドゥン教の者に絶対に、捕まらないでください。」
ジーク「それは…」
ルスベスタン「…やっとの思いで抜け出したのに…貴方が捕まって自分までもが見つかったら…」
徐々にルスベスタンの呼吸が早くなり、興奮していることが分かる。
ジーク「お前は…」
ルスベスタン「…これ以上、毎日倒れる直前まで、血液を抜かれるのも、訳の分からない投薬実験に付き合わされるのも御免なんです。」
そう言い放ったルスベスタンの顔は目こそは笑っていたものの、酷く疲れた冷たい声だった。そして、それは悲痛な願いだった。
ジーク「お前…『テオス』の後継者か。」
ルスベスタンはジークの目を不安そうに見る。
ジーク「俺はお前を神だなんて思ってない。」
ルスベスタン「……。自分でも話が飛んだと思うんですが…よく…」
ジーク「俺とお前は血が繋がってる。…本当は気づいていた。あまりに顔が似てたから。ジハードの魔法だって効かなかった。ただ…知らないフリをしてたんだ。…悪かった。どう接したらいいか分からなくて。」
ルスベスタン「じゃあ…」
ジーク「『テオス』と直接的な血の繋がりがあるのは、俺だ。捕まらないように全力は出す。お前は本来なら『テオス』なんてやらなくて良かった。…だからもし捕まったとして、お前のことは言わない。捕まらないなんて、約束はできない。でも言わない約束なら出来る。」
ルスベスタン「…そうですか。」
ジーク「…。」
ルスベスタン「…1つ提案があるんです。」
ジーク「提案?」
ルスベスタン「耳、良いですよね。耳栓を外したら気分が悪くなるレベルで。 」
ジーク「…気づいてたのか。ああ。耳栓があって、ようやく普通の人と同じ感覚で聴こえる。」
ルスベスタン「気づいていたと言うよりは、自分も同じですから。耳栓はしてないですけど…。」
ジーク「それは…」
ルスベスタン「怖いんです。耳栓をして、足音が聞こえなかったら?それが怖いんです。…それで戦うのは無茶苦茶すぎますが…この耳を利用したハッタリに近い戦い方があるんです。」
ジーク「アマラから聞いた。音だけで戦う方法か。」
ルスベスタン「はい。それ以外の戦闘技術も一通り。今まで使いこなせなかった武器はありません。混乱が収まるまでこの国から出ることは、できないでしょう。その期間で、貴方を鍛える。どうでしょうか?掃除屋アグヌット、ルカの名に懸けて強さだけは保証します。」
ジーク「……。」
(今ここに裏世界を牛耳る噂を持つ、掃除屋アグヌットの最高戦力ルカを名乗るものがいたとして、誰が信じるだろうか。自分が呼吸を忘れていることにも気付かないヒトを。きっと自分以外の誰も信じはしない。)
ヒトの心音は口なんかより、遥かに素直だ。ヒトは噓をつくとき多少心音が早くなる。しかし、ルカと名乗ったその心音は静かで、穏やかなものだった。だから、本当なのだと分かった。そして、同時に分かってしまった。
ジーク「…俺からも頼む。」
一先ず、ジークはその提案を飲んだ。
ノアが部屋から出た直後のこと。
ノア「……。」
ノアは、自身の足をひたすら動かしてソワソワしていた。
ノア(敵意は…多分ない。でも心がザワついて仕方がない。)
きっと勝手に魔法を使えば、本気であの2人は心配してくれる。でもボクは、まだまだ聞きたいことは山程あるだろうに、ボクが自分から話すのを待ってくれているあの2人を守りたい。
だから、記憶を覗いた。
ルカ「いいなぁ。」
ルカ父「どうした?遊びたいならお父さんと、家で遊べば、いいじゃないか。」
そう言い、お父さんは僕の頭を撫でる。
ルカ「どうして、僕は外に出ちゃいけないの?僕も皆と遊びたい…。」
お父さんは何も答えない。ただ、「ごめんな」と謝るだけだった。
広い家の中、それが僕にとっての狭い世界だった。はっと思いつき、お母さんの方を見る。
ルカ「ねぇお母さん。皆をこの家に誘うのは…」
ルカ母「だーめ。」
ルカ「ケチ!こーんな広いのに!」
また、お母さんまでもが「ごめんね」と口にする。
ルカ「こっそり出て行ってやる…!」
ルカ父「もうこっそりじゃないぞー。」
外に出たい。それは本当だった。でも、家に不満はなかった。だから、口で言っても、本気で出たことはなかった。でもそんな家の中にも怖いヒトは居て。
???「勝手に出ていったりしたらダメだぞー。」
ルカ「と、トカト叔父さん…。」
トカト「な?」
ルカ「う、うん。」
たちが悪かった。僕以外の前では猫かぶっていて。
ルカ「っ…!」
物を投げつけられ、思わず顔を腕で覆う。
ルカ「お、おじさ…」
トカト「テメェ、チクリやがったな。俺は言ったはずだぞ。バラせばただじゃおかないって。」
ルカ「な、何の話…」
トカト「とぼけてんじゃねぇよ。」
酷くドスの効いた声で、冷たい目で見られる。
ルカ「…ごめんなさい。」
本当に、知らない。確かに内緒にしろって言われたことはある。でもちゃんと守ってた。一回も言ってなんかいない。本当にやってもいないことを謝るのは凄く嫌だった。でもここで謝らなければ、次に待ってるのは躾だ。だから謝った。
トカト「おら。」
謝って躾がないのは、機嫌のいい時だけだけど。丸い薬を渡される。
ルカ「こ、これいつもより多い…」
トカト「黙って飲め。親に二度と言うんじゃねぇぞ。」
ルカ「…うん。」
慣れた手つきで、薬を飲み干す。
次に、袖をまくり腕を見せる。
トカト「出ていこうなんて、考えるんじゃねぇぞ。お前はここに居てもらわなきゃ困るんだ。」
ルカ「…分かってる。」
自分はきっと一生この家から出られない。
トカト「誉高い『テオス』の役割を担えるんだ。感謝しろよ。」
トカトは幼いルカの細腕に注射器を刺し、血液を抜きながらそう言い放った。血を抜かれるだけならマシだった。訳の分からない色の液体を入れられることもあったから。
口を開けば、テオス、テオス。
知らない人だけれど。
ルカ「テオスさんなんて大嫌い…。」
涙でべしょべしょになった、ズボンを気にせず、蹲り続け泣き続ける。
ルカ母「あら…どうしたの?そんな所で…」
ルカ「お母さん…。」
お母さんは、慣れた手つきで僕のおでこに手を当てる。
ルカ「あら…熱があるわね…。こっちでゆっくり休みましょう?…ごめんね、こんな弱い身体に産んじゃって… 」
ルカ「…ううん。」
両親には、体が弱いと思われてる。
でも本当は違う。いっつもトカト叔父さんに、薬を飲まされた後に熱が出ていた。
この感覚が大嫌いだった。苦しくて辛くて。
ルカ「ぅ…ん…」
その日も熱が出ていて、休んでいた時の事だった。やけに騒々しくて起きた。
いつもであれば、聴力の高すぎる僕を気遣って家は静かなはずだった。
ルカ「おかあ…さん…どうしたの…?」
まだ寝ていたいと訴える眼をこすり、お母さんに何があったのか聞く。
ルカ母「ルカ…」
ルカ「…トカト叔父さん…?司祭さまもいる…お父さん…?」
お父さんは呼んでも返事をしない。ただ、僕にも見せたことがないような怖い顔をトカト叔父さんにしてて。
ルカ父「トカト…!」
トカト「怒らないでくれよ。怒る権利があるのは俺のはずだ。だってそうだろ?次なるテオスが誕生したってのに、今まで黙ってたんだぜ?それを優しい弟が今まで見逃してあげてたんだぞ?」
ルカ父「この期に及んで白々しいんだよ。俺達に黙って、ルカに随分酷いことをしてくれてたみたいだな。 」
お父さんが一瞬だけ僕を見る。それはずうっと見てきた優しい目で。次にお母さんと目を合わせる。お母さんはただ頷いて。
ルカ父「君らの仕事は、反逆者を強制的に従わせるか、殺すことだろう。ほら、殺してみせなさい。」
そう言い、お父さんが銃を構えたと同時だった。お母さんが僕を抱いて反対方向に走り始めたのは。
弾や、矢の音が聞こえて。でもそれが自分のところで止まることはなかった。もっと手前、お父さんのとこで止まってて。気持ち悪い、肉を抉る音が聞こえて。身体でボクらを庇ったんだって分かった。
ルカ「お母さん…お父さんが…!」
ルカ母「気の所為よ。貴方は悪い夢を見てるの。」
気の所為な訳があるものか。夢な訳があるものか。なら、この音は
ルカ母「ルカ。これは全部悪い夢なの。でも大丈夫、守ってあげるから。」
そう言ったお母さんの声は酷く優しくて。まるで、不快なものが上書きされていくようで。
ルカ母「っう…!」
また嫌な音がしたかと思えば、突如視界がくるりと回って、地面に仰向けになっているお母さんが見える。
ルカ母「あいつら…!足を…!」
お母さんは、どうやら足を切られたらしい。咄嗟に僕が地面の衝撃を受ける前に、庇ったんだと分かった。
ルカ母「ルカ、よく聞いて。」
お母さんは僕を腕から下ろし、僕の肩を掴み語りかける。
お母さん「ごめんね、お母さんはもう歩けない。貴方と一緒にはいけない。貴方が血を見るのも、武器を持つのも嫌いな優しい子なのを、私達は知ってる。…でもそれじゃダメなの。戦わなきゃ、守れないものもある。どうか、戦って自分を守って。 」
そう言い、銃をお母さんから渡される。
正直今まで起きたことも、母さんが言うことも全然分からなかった。
でもこのままじゃだめだっていうのは、なんとなく分かって。
ルカ母「生きて、この国から出るの。そして、…掃除屋アグヌットの者にこの銃を見せなさい。そしてこう答えるの。『ルシア』の息子だと。 」
お母さんは早口で捲し立てる。それを嫌々と、首を横に振る。だってそんなの
ルカ「やだ…いやだ…」
ルカ母「ルカ。」
ルカ「だって…だって…そしたらお母さん達は…」
ルカ母「…ルカ。」
ルカ「僕も一緒に居る…!」
ルカ母「ルカ!」
普段聞かないお母さんの大声に肩がびくっとなる。
ルカ母「…愛してる。どうか私達の願いを叶えて。自分の見たいものを見て、自分の覚えたいものを覚えて、自分の触れたいものに触れて、自分の食べたいものを食べて、自分の聞きたいものを聞いて…どうか、自分のために生きて。」
そう言い、お母さんは強く僕を抱きしめた。
ルカ母「上を見たって、前を見たって、後ろを見たっていい。だけど、下だけは向いちゃダメ。下を見そうになったら上を向くの。そしたらきっとあいつら、悔しがるわ。」
そう言いながら、お母さんは笑った。
抱きしめてくれたお母さんの腕の力が、より強くなったのを感じる。
お母さんは僕にしか聞こえない声で話しかける。
ー撃って。
お母さんの背中に誰かが居るのを見つける。
でも撃てなかった。
武器を持つのも怖い。血を見るのも怖い。
でもそれが原因じゃない。
お母さんが射線に入っていた。
強く抱きしめられて、離れることもできない。
こんな近距離じゃ撃つことなんて。
ルカ母「私のことは考えなくていい。」
無茶ぶりだと思った。
自分のために生きて。そう言ったお母さん達の
願いを思い出した。銃を構えて、
頭を撃ち抜いた。
お母さんの肩から血が流れていた。
ルカ「あ。」
分かる。どうしたらいいのか。
どうすれば、死ぬのか。知らない武器の、
使い方が手に取るように分かった。
様子の変化に気付いた他の人達も来て、それを次々と撃ち抜いた。1人一発。また一発。
ルカ「はぁっ…はぁ…!」
薬で弱くなった身体で、必死に道とは言えないような道を走って、逃げる。
走って。走って。走って。転んで。
起き上がって。走って。走って。
薬で弱くなった臓器が悲鳴を上げている。
口から血が零れ落ちているのを感じる。
熱に浮かされ、体力の限界を感じる。
また、転んで。
ルカ(まるで…こうなるのを分かってて、薬を盛ったみたいだ…。)
また起き上がって、逃げ続ける。
家から。祖国から。イドゥン教から。
誰かを殺してしまった事実から。
ヒトを簡単に殺せる実力がある恐怖から。
お母さんを傷付けてしまった事実から。
肉を穿つ音も、血の流れ出る音も、
全部全部が気持ち悪くて。
ルカ「ぅ…おぇ…」
吐きそうになって。でもこんな所で、
足を止める時間なんてないから。走り続けた。
やがて、時間が経って。
いつの間にか、イドゥン教の人達の 姿は見えなくなっていた。 森を抜けて、近くの町に 覚束無い足取りで向かった。
ルカ「あ、あの…」
屋台の店主「ん、どうした?」
ルカ「掃除屋アグヌットが どこにいるか知ってますか?」
町に着いて一番に、掃除屋アグヌットについて聞いた。
屋台の店主「はぁ?冷やかしなら帰った、帰った。」
残念ながら、相手にはされなかった。
ぐぅと自分のお腹の音が鳴るのを感じる。
お金なんて持ってない。
屋台の店主「ガキが掃除屋アグヌットのお目にかかれるわけないだろ。ほら、早く行け。俺の店の前で、腹なんか空かされたら評判が悪くなっちまう。どうせその様子じゃ金も無さそうだしな。」
ルカ「…ごめんなさい。」
この場は諦めて、お店から離れた。お金の為に、働けないとこを探してみた。子供の自分に出来ることなんて、少ないかもしれない。
それでも働かなければ、食べ物を買うことすらままならない。大陸商会ギルドの受付で、恐らくここで、働いているであろう女性に話しかける。
ルカ「あの…働けるとこを探してて…」
紙を配る女性「うん?ああそれならここに来たのはせいか…」
女性は、僕の方を見て固まる。
紙を配る女性「あ〜…子供には…僕、お母さんとお父さんは?」
ルカ(まただ。 )
子供とわかった途端、ここまでの道中でもそうだったが、急に相手にされなくなった。
掃除屋アグヌットについて聞いても、ダメだった。聞き入れてもらうには、多分もうお金しかない。このままじゃ、働くことも。なら僕は。
ルカ「…ゃっだなぁ〜!俺が子供に見えるだなんて、嬉しいけどお嬢さんの方がずうっと若いよ!こんなナリだけどさ、一応長命種。だから安心してよ。ね?」
紙を配る女性「あらやだ!?ごめんなさい!あんまりにも若く見えるから…それで仕事が欲しいのよね?」
ルカ(…食いついた。)
嘘をつくことを選んだ。自分を偽ることを選んだ。嘘をついた心臓の音が、早く煩くなっていて。気持ち悪い。嘘をつくのが気持ち悪かった。今にも吐きそうだった。ぐっと堪えて。
大丈夫。失敗はしない。僕は自分を偽っていた人を見てきたじゃないか。トカト叔父さんの真似をするのは嫌だったけれど。
ルカ「そうそう。俺今1文無しでさ〜。ねっ、なんかいーのない?」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
自分では無い何かになるのが気持ち悪い。
本当の自分はこんなのじゃない。
紙を配る女性「1文無しって…何したの?とりあえず、これなんてどう?」
ルカ「なーいしょ♡ありがとね〜。」
それだけ言い、紙を貰ったらそそくさと商会を出ていく。人目につかない狭い道に入り込み、何も無い胃から胃液だけを吐く。
ルカ「…はぁ…は…」
食べてもいないのに、よく吐けるなと思った。
そして思い出した。
ルカ「…熱…あるんだった…」
起きた出来事が全て突然ですっかり、忘れていた。こんな身体で野宿すれば、フィヌノア国の人達が追ってきていなくても死んでしまう。
ルカ「早く…しないと…せめて…寝るとこだけでも…。」
息も絶え絶えに呟きながら、商会に渡された紙を見る。
ルカ「…薬草探し。」
よかった。身体を酷使するわけじゃない。
ルカ「…後は…毒草があったら報告…。」
でも、正直分かる自信がない。食べれば、分かるんだろうけど、そんな賭けには出たくない。
ルカ「…毒草なんて買い取ってどうするんだろ。」
放っておくと、薬草として売られてしまうのだろうか。それはなんとも怖い。なんだかやる気が湧いてきた気がする。
それから少し休んでから薬草を取りに行った。
数日が経ち、僕はお金を 入れた袋を 覗いていた。そして唸り声を上げる。
ルカ「…うぅ…」
お金の集まりが非常に悪い。
これでは、情報料になんてならない。
薬草を集め、装備を整えて、それで危険な仕事に出る。それが本来のやり方なんだろう。
ルカ「…でも…それは…」
なんだか嫌な音がする。
ねちゃねちゃした感じの。
後ろを見て後悔した。
ルカ「あ」
なんで僕は町の外でお金を1度見ようと思ったのか。町に戻るまで、我慢すればよかったのに。振り返れば 巨大な怪物が口を開けていて。
ルカ「おも…た…」
ずるずると引きずっていく。
ルカ「ちょ…休憩…」
数日前の女性「トグル?」
ルカ「期待のエース、トグル さんだよ〜。ウェイドちゃん、これ買い取れたりしない?」
トグルは数日前自分が名乗った偽名だ。
そして、ウェイドは数日前に仕事を渡してくれた女性。
ウェイド「こんな大きいのどうし…これ、悪魔じゃない…!?」
ルカ(あれって悪魔だったんだ。)
悪魔。人を殺す忌むべき存在。返り討ちにしたのは、それだったらしい。
ウェイド「怪我は!?」
ルカ「ないよ〜。」
ウェイド「嘘よ!この膝の怪我は悪魔にやられたんでしょ!?」
そう言いウェイドさんは、僕の擦りむいた膝を見る。すみません、それ転んだだけです。
そんな様子に気づいたのか、ウェイドさんは僕に耳打ちをする。
ウェイド「…悪魔にやられたことにすれば、治療費も、一緒に貰えるわよ。」
ルカ「悪魔にやられました。」
この人には多分一生頭が上がらない。
数日が経ち、僕は今酒場に向かってる。
本当ならお酒の匂いは大嫌いで行きたくない。
トカト叔父さんを思い出すから。
でも酒場という倫理が飛んだ場所でないと、
欲しい情報は得られない。
酒場に着き、カウンターに大量のお金が入った袋を置く。数日前の悪魔討伐分の報酬だ。
ルカ「ここで一番の情報通は?」
酒場の店主「お前さんの左隣に座ってるやつがそうだ。」
そう言われ、左を向けば確かにヒトが居た。
無精髭の生えた男「何が欲しいんで?」
欲しいものは決まってる。
ルカ「掃除屋アグヌットの位置を。金は惜しまない。」
無精髭の生えた男「じゃあそれ全部渡せ。」
ルカ「…分かった。」
無精髭の生えた男「お前、トグルだろ?」
ルカ「金は払った。 先に情報だ。」
無精髭の髭の生えた男「そう急かすな。つれないやつだねぇ。まぁいい。掃除屋アグヌットなら、最近じゃトスク国付近で活動してるらしいぜ。」
それを聞いたあと、即座に酒場を出る。
酒場から笑い声が聞こえてくる。
「あいつ、まんまとぼったくられてやがる。」
そんな笑い声が。
ルカ「…気づいてるってば。」
そう独り言を呟きながら、隠し持っていた残りのお金があるか確認する。
ルカ「うん、盗られてない。」
次にお母さんから渡された銃を確認する。
ルカ「弾は…後2発。」
逃げたばかりの頃は3発だった。しかし、悪魔を返り討ちにする為に1発使ってしまった。
フィヌノア国付近からトスク国に行くには、かなりの距離がある。それを後2発でどうにか出来るとは思えない。 緊張で震える体を押さえつけて、武具屋の前に立つ。
ルカ「…大丈夫…最低限、自分を守るためだけのものだから。」
そう、自分に言い聞かせる。
武具屋の店主「トグルじゃないか、いつ来るかと思ってソワソワしてたんぜぇ?お前まともな装備してないからな。」
ルカ「重たいの無理だからね〜。」
武具屋の店主「なんでい、それじゃ装備は買わねぇのか。」
ルカ「そ。武器だけ買いに。」
本当は装備があった方がいいんだろうけど、装備は買わない。本当の自分は子供なのだ。サイズが合わなくて、それでバレてしまってはまずい。長命種と明言してはいるが、僕に長命種ほどの力は無い。銃を反動無しで撃てるのが本来おかしい。そのレベル。装備に負けるなんてところは見せられない。
武具屋の店主「予算は?でかい金が入ったんだろ?今なら良いのを紹介できるぜ。」
ルカ「期待してるとこ悪いけど、今全然ないよ。」
武具屋「あ〜そりゃ惜しい。んじゃあ銀貨からでどうよ?銅貨レベルだと壊れやすいぜ。」
ルカ「じゃあそれで。」
武具屋の店主「ほれ、あそこの棚だ。」
案内された棚に向かう。
とりあえず、片っ端から持ってみる。
ルカ「……。」
武具屋の店主「いいのあったか?」
まずい。今まで持った武器全部重たすぎる。
持てない訳ではないけど、これを連れてトスク国にいくのはかなりの無謀だ。
ルカ「…もう少しかる…これは?」
ふと目についた武器を指で指し、聞いてみる。
ルカ「2本セットでわざわざ売る必要…」
武具屋の店主「ん?あぁそれは違う違う。2本で1つなんだよ。双剣ってやつだ。軽いのが良いならオススメだぜ。威力は低いから自分の体重をかける必要があるが。」
ルカ「これで。」
武具屋の店主「ふぅ〜!即決とかかっくいいね〜!ん?1つ多いぜ。ロープ…ね。鞭とかそっちの趣味とかあったり?」
ルカ「断じて違う。」
一体何を考えたのか。ロープはあくまで、遠いところにあるものを取るためだ。
ルカ(また熱で動けなくなったら…まずいからね…。)
武具屋の店主「んじゃあ銀貨4枚と小銀貨3枚。」
ルカ「思ったより安いんだね。」
武具屋の店主「双剣は扱いづらくて、安くしないと中々売れねぇのよ。ま、お前なら大丈夫だろ。双剣用の携帯紐をお前の腰のサイズに合わせるからカウンター入ってこい。」
ルカ「はーい。」
言われるがまま、カウンターに入り腕を上げ大人しく紐を巻かれる。
ルカ「…なんか重たいね。」
武具屋の店主「当たり前だろ。剣を入れるとこまで、布や皮にしたら破れちまう。」
それはごもっともなので飲み込むことにした。
そうして、武具屋を出て最後の確認をする。
ルカ「装備よし。お金よし。食べ物よし。後は…」
自分の額に手を当てる。
ルカ「熱もなし。よし、行こう。」
大丈夫。トスク国まではかなり距離があるが、
一応フィヌノア国の隣国なのだ。行き方なら分かる。意気込んで出発した。
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