テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「――書けなくなったんだよ。恩人が亡くなってから」
黒宮さんはそう言った。何かを思い出すように私には見えた。表情は未だ暗いままだ。
「恩人って、自転車を私に譲ってくれた時に話してくれた方のことですよね?」
「……そうだ。その人が勧めてくれたんだ。小説を書いてみないかと。元々、俺は読書が好きだったからな。それが理由だろう」
亡くなられた恩人のことでも思い出しているのだろうか。表情はさっきまでの暗さは消えていた。今はその方を懐かしむようにして不器用な笑みを浮かべている。
「黒宮さんはその方のことが大好きだったのですね」
「なんでそう思った」
「顔に出ています。意外と分かりやすい人だったんですね、黒宮さんって」
その一言で少しの焦りが見えた。やっぱりそうか。
確信した。
黒宮さんは『本当の自分』を隠している。
「お前、バカなくせに意外と鋭いって言われないか?」
「いえ? そんなこと言われたことないですね。もしそう感じるんだったら、たぶん逆に黒宮さんが鋭いからじゃないですか? それにほら、私って明るくて真面目でストイックで、その上本当は超頭がいいじゃないですか? 鋭いからそれもに気付いてくれてるんじゃないかなあと。えへへっ。さすが私!」
「……今言ったこと撤回するわ。だが、当たりだ。好きだった。大好きだった。いつも俺の側にいてくれて、面倒を見てくれて、助けてくれて。その人が褒めてくれたんだよ、俺が書いた小説を。だからコンテストにも出した。その人のためにな」
「その人のために?」
「ああ。モデルにさせてもらってな」
「モデル……」
私も読んだことがあるから知っている。その主人公はとても聡明で優しく、常に皆んを慈しむ、常に笑顔を絶やさない、そんなキャラクターだった。
「その人のおかげで高校に入学することもできた。まとまった金が入ってきたからな。学費を作ることができた。そこまで計算していたんだろう、あの人は」
確かに。よくよく見てみると帯に記されていた。
『15才の鬼才、現る』、と。
でも合点がいかないことがある。先程からその恩人については話に出てくる。だけど、両親のことが出てこない。普通であれば学費やらに関しては恩人の方ではなく、親が支払うものでは……。
「あ、あの……失礼ですし答えたくなったら言わないでも大丈夫です。黒宮さん、ご両親は……」
黒宮さんはその質問に答えてくれた。
言葉に何も滲ませず、空っぽのままで。
だが、それを耳にした時、私の中から現実感が消えた。
まるで、見たこともない世界に飛ばされてしまったかのように。
「天涯孤独なんだよ、俺は」
【つづく】
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!