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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第98話 〚壊せない理由〛(恒一視点)
おかしい。
こんなはずじゃなかった。
恒一は、机に肘をついたまま、ぼんやりと前を見ていた。
視界の端に、澪の姿がある。
——近い。
距離だけなら、前よりずっと。
なのに。
(……触れられない)
言葉も、視線も、立ち位置も。
全部、計算通りのはずだった。
人は、孤独になれば戻る。
不安になれば、すがる。
それを、恒一は何度も見てきた。
なのに澪は違う。
近づいても、崩れない。
揺さぶっても、縋らない。
まるで、
最初から「こちらを選択肢に入れていない」みたいに。
(……何が違う?)
苛立ちが、胸の奥で渦を巻く。
澪を見ていると、
以前の“隙”が見えない。
怖がっているのに、
弱っているのに、
戻らない。
——逃げない。
恒一は、気づきたくない答えを、
少しずつ突きつけられていた。
(あいつがいるからか……?)
海翔。
名前を思い浮かべただけで、指先が強張る。
でも、それも違う。
海翔は、澪を引っ張っていない。
守って囲っているわけでもない。
ただ、
“そこにいる”だけだ。
なのに澪は、
自分で立っている。
(……意味が分からない)
恒一は、机を軽く叩いた。
力を入れていないのに、
音がやけに大きく響いた気がした。
今までなら、
このタイミングで、誰かは振り向いていた。
でも、誰も見ない。
澪も、見ない。
それが、決定的だった。
——無視ではない。
——拒絶でもない。
ただ、
「関係ない」という距離。
(……壊せない)
ようやく、恒一は理解する。
この壁は、
外から作られたものじゃない。
誰かが命令したものでも、
誰かが押し付けたものでもない。
澪が、自分で選んだ距離。
だから、
近づこうとするほど、遠くなる。
(ふざけるな……)
苛立ちは、怒りに変わらない。
怒りは、行動にならない。
ただ、胸の内側で、
形を持たないまま溜まっていく。
恒一は、初めて思った。
——自分は、
——もう“選ばれる側”じゃない。
その事実が、
何よりも、耐えがたかった。
放課後。
廊下の向こうで、澪が笑っている。
以前より、ずっと静かな笑顔。
それを見た瞬間、
恒一は視線を逸らした。
(……まだだ)
壊せない理由は分からない。
でも、壊せないことだけは、はっきりしている。
だからこそ。
この苛立ちは、
次の“歪み”になる。
恒一の中で、
何かが、静かに、形を変え始めていた。