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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第99話 〚触れられない安心〛(澪視点)
最近、
恒一が近くにいることがある。
同じ空間にいて、
同じ時間を過ごしているはずなのに。
——何も起きない。
それが、
澪にとっては不思議で、そして少しだけ、救いだった。
(……大丈夫)
心臓に、そっと意識を向ける。
以前なら、
視線が重なっただけで、
距離が縮んだだけで、
胸の奥がざわついていた。
拒否も、恐怖も、
一気に押し寄せていたのに。
今は違う。
恒一がそこにいても、
心臓は、静かだ。
(触れられない……)
その事実に、
澪は気づいている。
物理的な距離じゃない。
言葉でもない。
もっと、内側。
自分の中で、
一度「選ばなかった」感覚。
それが、
壁になっている。
怖さが消えたわけじゃない。
むしろ、
怖さはちゃんと残っている。
でも。
(戻らない)
それだけは、
心臓がはっきり教えてくれる。
——前は、怖いから離れられなかった。
——今は、怖くても戻らない。
それが、
こんなに楽だなんて、思わなかった。
廊下で、
海翔の姿が目に入る。
特別なことは、何もない。
視線が合って、
小さく頷くだけ。
それだけで、
胸の奥が、すっと落ち着く。
(守られてる、じゃない)
澪は、そう思う。
守られている感覚じゃない。
縛られてもいない。
ただ、
信じていい距離がある。
その距離が、
他の何かを遠ざけてくれている。
恒一とすれ違う瞬間、
一瞬だけ、視線が合った。
以前なら、
心臓が跳ねていたはずなのに。
今は、
何も起きない。
(……ごめん)
心の中で、そう呟く。
同情じゃない。
罪悪感でもない。
ただ、
もう戻れない、という確認。
それができる自分に、
澪は少し驚いていた。
——触れられない。
それは拒絶じゃない。
攻撃でもない。
「ここまで」という線を、
自分で引けている感覚。
(安心、なんだ……)
放課後の光が、
窓から差し込む。
澪は深く息を吸って、
ゆっくり吐いた。
怖いものは、まだある。
知らない未来も、たくさんある。
それでも。
触れられないこの距離が、
今の自分を、ちゃんと支えている。
澪は、
その安心を、
初めて「自分のもの」だと思えた。