テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
それは、大学のラウンジでゼミの共同課題を進めているときに起きた、ほんの小さな「ミス」だった。
「あれ、沙織、そのスマホの画面……」
同じゼミの友人である美咲が、何気なく沙織の机の上のスマホを覗き込み、怪訝(けげん)な声をあげた。画面には、地図アプリが起動していた。そこには、真尋が今まさに「文系棟の2階の自販機前」にいることを示す、リアルタイムのピンが精密に表示されている。
「あ、これ……」
沙織の指先が、目に見えてピクリと跳ねた。いつもなら絶対に、他人の前でスマホの画面を上に向けたまま放置するようなヘマはしない。テスト明けの寝不足と、真尋に会いたいという焦燥感が、沙織の注意力をほんの少しだけ鈍らせていた。
「それって、位置情報共有アプリ?……え、待って、真尋のも見えてるの?」
美咲の目が細くなる。普段なら「仲が良い」で済む話だが、その画面に表示されているログの細かさは、明らかに度を越していた。過去の移動履歴、滞在時間、バッテリー残量までが、お互いに筒抜けになっている。
「う、うん。ほら、私たちよくはぐれちゃうから、便利で……」
沙織はいつもの「おっとりした良い子」の笑顔を作ろうとした。けれど、引き攣った笑みは美咲の不信感をさらに煽るだけだった。「……沙織、もしかして真尋に強要されてる? 前から二人の距離感、ちょっとおかしいって思ってたんだよね。なんでも真尋の言う通りにするし、真尋がいないと何も決められないみたいだし」
美咲の言葉は、純粋な「心配」だった。周りのみんなが「理想の親友」と公認していた関係の裏側にある、底なしの暗闇。その端っこを、美咲は掴みかけていた。
「違うの! 私が、私がやりたくてやってるの!」
沙織は思わず声を荒らげてしまった。それ自体が、何よりの異常性の証明だった。慌ててスマホをバッグに押し込み、
「ごめん、体調悪いから先帰るね」
と、逃げるようにラウンジを後にした。
その日の夜、真尋の部屋。
沙織は冷たいフローリングの上に、膝を揃えて正座していた。部屋の明かりは消され、デスクライトの鈍い光だけが真尋の影を大きく壁に映し出している。
「……ごめんなさい、真尋」
沙織の声は震えていた。美咲にバレたことへの恐怖ではない。真尋を怒らせてしまったこと、真尋の完璧な「カモフラージュ」に泥を塗ってしまったことへの恐怖と、そして奇妙な悦びが混ざり合っていた。真尋はベッドの端に腰掛け、感情の消えた瞳で沙織を見下ろしている。
「沙織。私は、外では『ちゃんとした大人』でいようねって、何度も言ったよね」
「うん……」
「美咲に怪しまれた。私たちの綺麗な関係に、ヒビが入ったの。どうしてそんな簡単なミスをしたの?」
真尋の声は低く、どこまでも冷徹だった。怒鳴られるよりも、この静かな拒絶の方が、沙織にとってはどんな拷問よりも恐ろしい。「ごめんなさい、真尋、私、真尋に早く会いたくて、焦っちゃって……」
「言い訳はいらない」
真尋は立ち上がり、ゆっくりと沙織に近づくと、その前にしゃがみ込んだ。そして、沙織の顎を指先でクイと持ち上げる。
「悪い子には、ちゃんとお仕置きをしなきゃね」
真尋はポケットから、沙織のスマホを取り出した。真尋の手によって、パスコードが解除される。
「今から一週間、このスマホの電源を切ります」
「え……っ!?」
沙織の顔から血の気が引いた。
「位置情報も、メッセージも、通話も全部なし。大学ではいつも通り美咲たちの前で『仲の良い親友』を演じること。でも、二人の時間は一切なし。もちろん、私の部屋に来るのも禁止」
「嫌……! 嫌だよ真尋! それだけは無理、私、死んじゃう……!」
沙織は真尋の膝に取りすがり、涙をボロボロと流して懇願した。真尋と繋がっていない一週間なんて、生き地獄以外の何物でもない。美咲に何を言われようが構わない、ただ真尋に拒絶されることだけが耐えられなかった。
「自分で犯したミスでしょ。美咲には明日、私から『沙織が最近ストーカーに悩まされてるから、防犯用に位置情報を共有してたんだ。心配かけてごめんね』って言っておく。美咲は私を信じるから、これで疑いは晴れる」
真尋は沙織の涙を親指で優しく拭いながら、残酷に微笑んだ。
「でも、沙織。これはペナルティだから。一週間、私の体温も、言葉も、一切与えない。自分がどれだけ無力で、私なしでは息もできない抜け殻なのか、その身体にじっくり教え込んであげる」「あ……あぁ……っ」
沙織は絶望に打ちひしがれながらも、真尋のその圧倒的な支配に、ゾクゾクとするような快感を覚えていた。お仕置きされることで、自分が真尋の所有物であることを、これ以上ないほどに実感できるから。
「……分かりました。頑張る、頑張って耐えるから……だから、一週間終わったら、いっぱいいっぱい、私を愛してね……?」
床に伏せてすがる沙織の頭を、真尋は「よくできました」と、まるで愛犬を褒めるように優しく撫でるのだった。周りの目を欺くための、完璧な事後処理。そして、二人の間でだけ行われる、より深く暗い依存の儀式。ミスすらも肥やしにして、二人の共依存はさらに強固になっていく。
1,368
ね む 湯 。
7,919
コメント
1件
え、待って待って待って待って……!! 第4話、やばすぎじゃない!?😭💦 沙織の「スマホ放置のミス」から始まる転落が、もう恐怖とキュンが混ざりすぎてて頭おかしくなりそう!!美咲の心配がむしろ地獄を加速させる構図、エグいけど大好きです……「お仕置き=一週間の断絶」宣告されたときの沙織の「死んじゃう」って泣きと、それでゾクゾクしちゃう歪んだ快感の描写がエモすぎる!!真尋の「よくできました」の撫で方、優しいのに支配的すぎて背筋凍る……💀💕 この共依存、どんどん深まってくの見てて目が離せないよ!!次話も待ってる!!🔥