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夕食が終わって礼からの電話があり、すでに飲んでしまった俺は車の運転ができなくなっていた。


「わかった、すぐに行くから」

そう言って電話を切ったものの、困った。


タクシーを呼ぶかぁ、それでもこの時間はかなり混んでいそうだし。

電車って選択は・・・最悪そうするしかないのかなあ。


「送って行くぞ」

「へ?」

耳元で聞こえたおじさんの言葉が、とっさに理解できなかった。


「川田さんの所に行くんだろ。送ってやる」

「いや、でも」

「お前は飲んでいて運転できないだろうが」

「それはそうだけれど」


「行くぞ」

とおじさんはキーを持って玄関に向かった。


「ちょっと待ってください」


送ってもらえるのはすごくありがたいけれど、何か嫌な予感がする。


「おじさん、何か余計なことしようとしていませんよね?」

我慢できずに、靴を履こうとしているおじさんの腕を引いた。


おじさんって、仕事においては妥協を許さない鬼上司。でも、プライベートではお調子者でいつも面白いことを言って周囲を笑わせる。

知らない人間から見ればただの楽しいおじさんなのだが、本当のおじさんを知っている俺は素直には見ていられない。


この人はこう見えてすごく頭がよくて、人の心情に敏感で、かけひきが上手い。

礼に何か余計なことを言うんじゃないかと、心配なんだ。


***


「お前、そんなに自信がないのか?」

「そんな訳ッ」

「じゃあいいじゃないか。そもそも川田さんはうちの社員なんだから、話をしようと思えば俺はいつでもできるぞ」

「それはそうだけれど」


おじさんのこういうところが苦手だ。

どんなに頑張っても、今だに口ではおじさんにかなわない。

だからこそ上場企業の社長なんて務まるんだろうけれど、親父の時はその顔を出してほしくない。


「安心しろ、余計なことは言わない」

「本当に?」

「ああ。それに、川田さんのことだってお前が出会うよりずっと前から知っているんだからな」

「そうでしたね」


大地が生まれる前後の2年間を遥の家で過ごしていた礼。

そのころの俺は平石の家に行くこともなかったから会う機会はなかったが、おじさんは何度も会っていたらしい。

そう思うと、少し悔しいな。


「子供が生まれた時も、喜んだ賢介から写真を見せられてよく覚えてる。まだ首が据わらない時期に抱いたこともあるぞ」

「そうですか」

それはよかったですね。クソッ。


「まあ、そんなに怒るな。息子の彼女に横槍を入れるほど俺も暇じゃない」

おじさんはすごく楽しそうに笑っている。


***


「こうやって車に乗せるのは久しぶりだな」

まっすぐに前を見ながらおじさんが聞いてきた。


確かに、いつぶりだろうか。

学生時代の塾の迎えはいつもおじさんだったから、十年ぶりくらいかな。

当時も相当忙しかったはずなのに、塾にはいつもおじさんが迎えに来てくれていたっけ。


「俺のために、随分無理をしていたんですよね」

ぼそりと口を出た。


「まあな、子供のことだし。俺が父親だしな」


社会に出て働くようになったからわかる。

おじさんは俺のために色々としてくれていた。

当時は当たり前としか思っていなかったけれど、息子だと思えばこそできた行動だ。


「子供を見つけたらちゃんと話を聞いてやれよ」

「おじさんがしたように?」

「俺は・・・いい親父ではなかった」


そんなことありませんよと言いかけて言えなかった。

きっと悪いのは不出来な息子である俺の方。

もう少し素直でかわいげのある子だったら、違っていたと思う。


「・・・すみません」

「馬鹿」


俺はおじさんのように大地の父親になれるだろうか?

今はまだ自信がない。

でも、やるしかないんだ。


***


公園やマンションの周辺を大地を探して回った。

行く当てもないはずだしすぐに見つかるだろうと思っていたのに、結局見つけることはできなかった。

困ったなあ駅の方まで足を延ばしてみるかと思っていた時、礼からの電話。




「社長・・・すみません」

おじさんの運転する車の後部座席に座りながら、頭を下げる礼。


「礼、もういいから」

俺がいくら気にするなと言っても、聞かない。


「そうだぞ。今ここにいて運転できるのは私だけなんだから遠慮する必要はない。それよりも大地君のことを心配してやりなさい」

「はい」

礼は肩を落とし、下を向いた。


礼だってまさか大地が平石の家に行ったとは思わなかったはずだ。

遥のおふくろさんである琴子おばさんから「大地がうちに来ているわ」と連絡が入ったと伝えた礼の声は心なしか震えていた。


「とにかく、無事に見つかってよかったじゃないか」

「うん、そうね」


助手席に座った俺は他に元気付けてやる言葉がなかった。

今回のことは礼のせいでも、大地だけが悪いわけでもない。だからあまり気にするなと言ってやりたいのに、今の礼にはきっと通じないだろうな。

下手すると「適当なことを言わないで」とキレられそうだ。


「まずは大地君の話を聞いてやることだ。彼にだって言い分があるだろうからな」

「はい」


おじさんの言葉に、一見落ち着いて返事をしているように見える礼。

しかし、実際はかなり動揺して落ち込んでいることを知っている俺としては不安で仕方なかった。


***


「「「こんばんわ」」」

平石家の玄関で、三人の声がそろった。


「はーい」

家の中から駆けてくる足音。


「え、ええ?」

おじさんと俺の顔を見て琴子おばさんが固まっている。


想像していた反応ではあるんだが、さあどう説明するかと俺はおじさんの方を見た。


「琴子ちゃん突然おじゃましてごめんね。空が飲んでしまって俺が運転手をしたんだよ」

「はあぁ」

納得したのかどうか、まだ口を開けたままの琴子おばさん。


「あのおばさま、大地は?」

それどころではない礼の方は、琴子おばさんに大地のことを聞いている。


「ああ、リビングにいるわ。夕方買い物から帰ったお手伝いさんが見つけて連れて帰ってくれたのよ」

「そうですか、すみません」

「別に謝るようなことではないけれど大地に聞いても何も言わないし、心配になって電話したの」

「本当に、すみません」

「礼ちゃん?」

何度も謝る礼に、琴子おばさんも何かを感じ取ったらしい。


「大地のやつ礼とケンカしてマンションを飛び出したらしいんです」

礼はとても事情を説明できそうになくて、俺が伝えた。


「そうだったの」

ウンウント頷く琴子おばさんは、そっと礼の肩を抱いた。


「子供だって一人の人間ですからね、機嫌の悪い時もぶつかる時もあるわ。礼ちゃん、気にしちゃだめよ」

「はい」


「ところで、なぜ空君が一緒なの?」

「ああ、それは・・・」


やはり説明しないわけにはいかないだろうな。


***


「俺たち同じマンションに住んでいるんで顔を合わせる機会もあって、最近親しくさせてもらっているんです」

「礼ちゃんと、空君が?」

「ええ」


よっぽど意外だったのか、琴子おばさんは目を丸くしている。

そりゃあ、俺の子供時代を知っているおばさんには驚きでしかないだろう。

遥と違って大人の言うことを聞かない生意気な子供だったからな。


「おばさま、大地に会わせてもらえますか?」

きっと今ここでの会話なんて全く耳に入っていないだろう礼が、靴を脱いで上がろうとしている。


「ああ、どうぞ。さっき夕食も食べさせて、今はリビングでゲームをしているわ」


はあ?ゲーム?

礼も俺もこんなに心配して探し回っていたのに。

なんだかすごく嫌な予感を感じながら、俺たちは平石家のリビングに向かった。


***


「大地っ」

リビングに入った瞬間、大画面のテレビに向かってゲームに集中している大地に礼が叫んだ。


ビクンと肩を震わせてから振り返った大地は、

「お母さん」

少しだけばつが悪そうに視線をそらした。


「何で誰にも言わずに一人でここまで来たの」

「電車で」

「はあ?」


「駅からの道が分からなかったけれど、地図を見ながらちゃんと来れたし」

「そういう問題じゃないっ」

「じゃあ何だよ」


大地はわざと話をはぐらかそうとしている。

頭のいい子だから礼の言いたいことも聞きたいこともわかっているのに、ごまかそうとしている。


「俺、今日はここに泊めてもらうから」

「何言っているの」

「おばちゃまはいいって言ったよ」


「大地、それはあなたがお母さんに言ってきたって言ったからでしょ。お母さんがダメって言うならダメよ」

「何で、俺帰りたくない」

「でも・・・」

完全に巻き込まれた形となった琴子おばさんは困り果てている。


大地はマンションに帰れば叱られるけれど、ここなら大丈夫だとわかっているんだ。

琴子おばさんが叱る訳がないし、礼だって人前で怒鳴るはずがない。

要するに大地はここに逃げてきたわけだ。

でも、それを許すわけにはいかない。


「大地、いい加減にしろ」

俺は大地の前に回り込むとゲームの電源を切った。


「何するんだよっ」

「帰るぞ」

「嫌だ」

「嫌でも帰るんだ」

「絶対に嫌」

ギロリと睨みつける目つきは、昔の俺にそっくりだ。

でも、俺もここで引くわけにはいかない。


***


「大地、お母さんに言うことはないのか?」

「ない」

プイっと視線をそらし、返ってきた短い返事。


フーン、いい度胸じゃないか。


「喧嘩して飛び出して、何時間も連絡がつかなくて、お母さんが心配するってわかるよな?」

「知らない」

よほど機嫌が悪いのか、それとも引っ込みがつかないのか、大地はいつになく投げやりな口調で言い返した。


子供は皆いつかは反抗期を迎える。

反抗することで親の愛情を確かめたり、実感したりする。

だからこそ親はブレることなく、正しいことを教えてやる必要があるんだ。


「知らないなら教えてやる。親は小学生の子供が暗くなっても帰ってこなかったら心配するんだ。ご飯も食べずに探し回るんだよ」

「そんなこと、俺は頼んでない」


その言葉を聞いた瞬間、プツンと俺の中で何かが切れた。


「わかった、お前は反省する気がないんだな」

それなら、俺にも考えがある。


俺は大地の襟首を持って立たせると、引きずるようにリビングの窓まで行った。

普段開けることのない大きな掃き出し窓を開け、勢いをつけて大地を外に放り投げた。


***


「うわぁー」

叫び声とともに芝生の上に倒れ込む大地。


「いいか、しばらくそこで反省しろ。ちゃんと反省するまで入れないからな」


俺は、久しぶりに本気を出してしまった。

これでも普段は人前で本心をさらけ出すことはしないのに、今は無理だ。


「何でだよ、おじさんには関係ないじゃないか」

俺に向かって叫ぶ大地。


「関係ある。俺は大地のことを大切だと思っている。だから言うんだ。気に入らないことがあるなら逃げ出したりせずにちゃんと言え。逃げていても何も解決しないぞ」

「そんなこと・・・」


大地だってわかっているはずなんだ。

ただ引くに引けなくなっただけ。

わかっているんだが・・・


「まずは今日一日自分の行動を思い出してみろ」

じゃあなと窓を閉めて、カーテンも閉めてしまった。


「大丈夫なの?」

琴子おばさんが心配して覗こうとするのを俺は止めた。


礼は何の文句も言うことなく、ただ窓の側に座った。

そのうち外から大地の泣き声が聞こえてきて、礼も泣いているように見える。


平石家の広い庭は真っ暗できっと小学生には怖いだろう。

いくら九月とはいえ薄着のまま外に放り出したから寒いのかもしれないし、何よりも一人ぼっちの心細さはかなりつらいはずだ。

それでも、俺は大地がちゃんと謝るまで許すつもりはない。

悪いことをすれば叱られるんだとわからせないといけない。

もしも、このことが原因で大地に嫌われても仕方がない。

この時俺は腹をくくっていた。

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