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迫り来る死の刃。ユキは膝を着いたまま、完全に反応が遅れていた。
後はその身体が真っ二つに別れるのみ。
「貰った!」
完全に振り落とされた長巻。その衝撃で大地は割れ、鈍い破裂音と共に砂煙が舞い上がった。
“手応えあり”
その長巻の刃先からは、確かに捉えた感触が伝わっており、ルヅキの表情に複雑な達成感が浮かんでいる。
尋常の勝負とは常に非情なもの。必ずどちらかの死を以て決せねばならない。
勝者としての役目は、その最期を見届ける事。
「…………」
ルヅキは地面へ目を凝らし、その砂煙が晴れる瞬間を待つ。
その瞳に飛び込んできた光景。
「終わりだ……」
其処に在ったのは柘榴が割れたかの様に、頭部から垂直に断ち割られて二つに分離していた、見るも無惨なユキの遺骸。
その断面からは脳獎(のうしょう)や各部位が血液と混じり合い、地面にどす黒い染みが拡がっていく。
二つに別れた身体からは、それでも離すまいと握りしめられた各々の刀と鞘が、その最期の象徴を物語っていた。
「……っつ!」
流石のルヅキもその無惨な最期に、思わず目を背けそうになる程の。
ルヅキは瞳を閉じて、ゆっくりと背を向ける。
「さらばだ……強き者よ」
そしてその場から、離れる様に立ち去るのだった。
「う……嘘……」
アミとミオは、ルヅキが背を向けた其処に目を凝らす。
認めたくない。認めてはいけない事実。
だがその地裂の狭間からは、確かに見えたのだった。
「いやあぁぁぁぁぁ!!」
二人の悲痛な叫び声が、辺りへと響き渡った。
それは間違い無く、ユキの腕である事を認識したからだ。
「ユキいぃぃぃぃっ!!」
その不自然なまでに離れた両の腕が、更に二人の混乱を加速させる。
「…………」
その場から立ち去ろうとするルヅキは表情も変えず、その声に意も反さぬまま、その歩みを止める。
「これが……闘いの先にある末路だ」
ルヅキはそう誰に聞かせる訳でなく、そっとそう呟いていた。
もしかしたら、自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。
その凄絶な終幕に、暫しの刻が止まる。
「……お別れの言葉は、まだ早いですよ?」
“ーーっ!?”
が、その声に止まっていた刻が動き出す。
「なっ!?」
ルヅキは思わず、自身のその目を疑った。何故なら、先程己が手に掛けた筈の。
「ユキっ!?」
アミとミオも突然のその姿に、混乱したかの様に揃えて口を開いていた。
「馬鹿な! 何故……?」
満身創痍ながらも、ルヅキの前にはユキが立ちはだかっていたのだから。
「まさかっ!?」
ルヅキは先程の遺骸に目を向ける。
“ーーっ!!”
其処には遺骸ではなく、氷の欠片が散らばっているだけだった。
ルヅキはその事実に、暫し茫然と立ち竦む。
「姉様あれって!?」
ミオが思い出したかの様に声を上げた。
「確か、鏡花……水月?」
アミも思い出していた。あの時のシグレとの闘いの事を。
“星霜剣幻氷界ーー鏡花水月 ~ゴーストゼロ・ファントムミラージュ”
水面に映る月が決して掴めぬが如く、それは精巧過ぎる氷の虚像を創り出す幻惑技。
“――あの特異点との闘いの時の技か!?”
ルヅキはシグレさえも破れなかった、この技の特異性を振り切りながらも、眼前のユキへ向けて斬り掛かかった。
ユキが満身創痍である事に間違いは無い。その巨大な刃先は、再び彼を真っ二つに斬り裂く。
だが、この鏡花水月に於ける極意。
“――確かに捉えた筈……なのにっ!”
確かにその刃先はユキを捉えた。彼女の手にも斬った感触まで伝わり、血飛沫も視覚出来る。
だがそれすらも、氷の欠片へと変わっていく。
「こっ……こんな事がっ!?」
その極意は無色の氷に依る、完璧な迄の色彩及び現象再現に有る。
ルヅキが戸惑うのも無理はない。初見で無くとも、まず見分ける事は不可能。
そして鏡花水月の真価。
「くっ!!」
戸惑うルヅキの廻りには、無数のユキそのものが一瞬で姿を現し、彼女を取り囲んでいた。
「「この技を発動してしまった以上、もはや貴女に勝機はありません……」」
各々の虚像から鏡面反射する様に、ユキの声が幾重にも重なり合って響き渡る。
「何を馬鹿なっ!」
ルヅキが一つの虚像に狙いを定めて、長巻を振りかぶりながら襲い掛かった。
この鏡花水月に於ける最大の特徴。
ルヅキの長巻が眼前のユキを捉えた刹那。
「ぐっ!?」
己の背中に鈍い痛みが走った事にルヅキは気付いた。
“――それぞれが異なる動きを……だと!?”
この無数の虚像が只の幻惑では無い事に、ルヅキの瞳は驚愕を以て開かれた。
先程の痛みは、虚像の一つに背中を斬られていた事実。
そして各々の虚像がルヅキに向けて、一斉に襲い掛かって来る。
「そっ……そんな!?」
それはもはや、虚像では無く分身。その分子質量まで高次元で操っている事実に、ルヅキは驚愕しているのだ。
途端に無数のユキそのものに、成す術無く膾(なます)にされるルヅキ。
「ぐぅあぁぁぁぁぁ!!」
その身体からは、四方八方に血飛沫が吹き上がった。
同じ力を持つであろうその無数のユキに同時に襲い掛かられては、流石のルヅキも対応策が見当たらない。
『つ……強い!!』
身体に負った無数の切創。そしてその美しい五体が深紅に染まりながら、ルヅキはその膝を地に着くのだった。
「「これで分かりましたか? 貴女に勝機は無いと言う意味が」」
地に膝を着いたルヅキへ向けて、四方から幾多もの刃が突き出される。それはもはや、逃げ場さえ無い位に。
「「この幻氷界、鏡花水月の前で私の実体を捉える事はおろか、抜け出す事も防ぐ事も絶対に不可能。出来れば貴女相手に使いたくはなかった……」」
“ーーっ!?”
ユキのその言葉の意味は、この技を使用したのは本意では無く、まるで本人も予期せぬ事態であると取る事も出来る。
“使えるものなら、最初から使えた筈”
“今までは本気では無かった?”
交錯する様々な思惑。
その真意が理解出来ず、ルヅキの表情には怪訝な色が浮かんでいた。
「「……この技は神聖な、武士(もののふ)同士の尋常の勝負の粋を超えている。ただ一方的に、相手をなぶり殺す為だけの技ですから……」」
ルヅキの声の無い疑問に応える様にユキはゆっくりと、そう想いを紡いだのだった。
それはルヅキを敵としてだけでは無い、強敵として認めたからこその。尋常の勝負を、この様な技で汚したく無かった想い。
だが、これ以外に凌ぐ方法が無いまでに、追い詰めれていたのもまた事実。
尋常の勝負とは即ち殺し合い。だが殺した者勝ちの勝負にも、決して侵してはならない暗黙のルールが在る。
その幾多にも映る表情からは、たとえ幻影(かりそめ)であっても、秘めた憂いが確かに伝わっていた。