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「ち……違うな」
ルヅキは長巻を支えに立ち上がる。だが痛々しいまでに多数の裂傷を負い、深紅に染まったその身体にかつての威風は感じられない。
この一連の流れで、ダメージは既に五分以上。今にも支えが無ければ倒れそうな程の。
「ど……どんな技だろうが、それは……お前自身の力。それを気に病む必要など無い!」
傷の痛みを気にする事も無く、ルヅキは気丈にもそう吼える。
勝負とは常に己の持つ力を、全て出し尽くして闘うもの。どんな理由があろうと、出し惜しみはこれ以上無い侮辱であり屈辱。
「ルヅキ……」
だがこの現状は、もはや誰の目にも勝負は明らかだった。
ユキはルヅキに向けていた刃を、一斉に下に降ろした。
「何の……つもりだ?」
勝利を目前としたユキの意外なその行動に、長巻を支えに今にも倒れそうなルヅキが、怪訝そうに問い掛けた。
「これ以上の闘いは無意味です。潔く敗北を認め、ここは退いて貰えませんか?」
それは事実上、勝負の終幕を告げる提案であった。
「なっ……何を馬鹿な!」
その突然の提案に、流石のルヅキも戸惑いを隠せない。
「勝負は既に見えています。貴女程の人を……この様な形で終わりにしたくない」
ユキのその言葉に裏は感じられない。瞳からも敵意の色が消えている。
ただルヅキのその強さも精神も、尊敬に値する人物だからこその。
“貴女程の人を……”
無駄にその命を奪いたくない想い、そのものなのだから。
「おっ……思い上がるなよ! ならば逆に返そう。お前なら……退けるか?」
ルヅキのその問いに、ユキはハッと目を見開いた。
“お互い退けない理由が有る”
「退けま……せんね。申し訳ありません。おかしな事を聞きました」
ユキは再び刀をルヅキへ向ける。それと同時に無数の虚像もそれに呼応する。
「ならば……申し訳ありませんが、勝たせて頂きます」
決着の刻。もはや勝敗は火を見るより明らか。
「それでいい……。だがお前は一つだけ勘違いをしている」
この圧倒的不利状況に於ける違和感。
「私はまだ、敗北を受け入れている訳では無い」
気丈な否、意味深な言葉と共に、ルヅキはそっとその瞳を閉じる。
それは覚悟の顕れであるとしか、取る事が出来ない。
「この期に及んで何を? それは覚悟……ですか?」
取り囲む無数のユキを前にルヅキは瞳を閉じ、ただ立ち竦んでいるだけだ。
「ではーー」
その振舞いに怪訝そうになりながらも、ユキは一斉にその刃を振り翳す。
「さようなら」
四方八方からルヅキへと放たれる無数の刃。悠久にも感じられた、この刹那の刻。
“ーーっ!!”
形容し難い鈍い破裂音が、辺りに響き渡るのであった。
それはまるで刻が止まったかの様に。
「……ぐっ!」
ルヅキの前でその無数の刃は、届く事無く直前で停止していた。
幾多の虚像は一斉にその動きを止めている。
先程の呻き声はユキの声。見るとルヅキの背後で、刀を振り上げたまま停止している彼の姿。
その腹部には、ルヅキの長巻の柄部分がめり込んでいた。
「ばっ……馬鹿な!?」
何かが折れる音と共に、ユキが弾き飛ばされながら倒れる。幾多もの虚像もそれと同時に、一瞬で氷解し消え散るのだった。
「……いくら虚像を創り出そうが、心眼を頼りに実像だけを追えば、虚像等に惑わされずに済む」
振り向き様にルヅキはそう呟く。だが第六感“心の眼”で実像のみを追う等、生半可な事では無し得ない。
ユキは腹部を押さえながら、その底知れぬ奥深さに舌を巻く以外になかった。
「ぐぅ……まさか鏡花水月が、破られるなんて」
“――しかも……折れたか?”
その断続的に続く鈍い痛みから、その手には折れた肋骨の感触が確かに伝わっていた。
「だが、お前の名誉の為にも言っておく」
腹部を押さえながら膝を着くユキの前に、長巻の刃先を向ける事無くルヅキが立ちはだかる。
「お前の技は完璧だった……。だが出すのが遅過ぎた。動きに焦りと陰りがあったからな。そして初見であったなら、私は成す術も無く敗れていただろう」
それはユキの脇腹の傷の影響と、一度シグレとの闘いで鏡花水月の特徴を知っていた事に準ずる。
それらを差し引いても、ルヅキはその力を素直に讃えた。
「お前のその強さ……見事だった。だが!」
ルヅキはゆっくりと長巻を構え、飛び掛かる勢いで膝を着いたユキへと襲い掛かった。
「くっ!」
ユキはすぐに立ち上がり、受けの体勢に入ろうとするが折れた肋骨の軋みと激痛により、上手く刀を操る事が出来ない。
「ぐあぁぁっ!!」
受け流そうとするも、その衝撃で成す術も無く弾き飛ばされる。
ルヅキは更に追撃。鬼気迫る暴風雨の如き連撃に、全てを受け流せる訳も無く、ユキの身体から断続的に血煙が上がる。
「悪いがお前には死んで貰う! 亡き兄の為にも……私は絶対に負ける訳にはいかない!!」
「えっ!?」
連撃の合間に聴こえたその言葉の意味に、浮かんでは消えていたある既視感が、一つの確信に変わる。
だがユキがそれに気付いた頃には、既に振り上げられた長巻の刃先が蒼白い輝きを宿していた。
“絶鬼 蒼天覇断”
振り下ろされたその刃先からは、衝撃波が巨大な蒼白い刃の形となって、一直線にユキもろごと大地を抉る。
刀と鞘を交差させて直撃を防いだとはいえ、その凄まじい衝撃で吹き飛ばされたユキの身体は、仰向けにその地に倒れるのだった。
「ぐっ、うぅ……」
もはや指一本動かす事も出来ない程、満身創痍なユキへ、ルヅキはゆっくりと歩み寄っていく。
「……今ので絶命しなかったのは流石と云っておこう。だが……これで終わりだ」
そしてその長巻を倒れたユキに狙いを定め、天高く振り上げたのだった。