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刀を鞘へ納め、階段を上がっていく。
いつもこの廊下を渡るときは浮足だっていたのだと、ようやく気付いた。
重たい身体を引きずるように、廊下を抜る。
八つ当たりのように、血まみれの手袋を床へ投げつけ、扉をノックする。
「君がため、惜しからざりし、命さえ」
彼女の鈴が転がるようなか細い声が聞こえた。
二人で決めた合言葉だ。
声が震えてはいよいよ格好が付かなすぎるからすうっと息を吸って応える。
「長くもがなと思いけるかな」
カチャリ。彼女が鍵を開けたと同時に僕の胸へ飛び込んで来た。いや、へたり込んできたという表現のほうが正しいかもしれない。
愛おしい君は目をせいいっぱいに開いて、僕の顔をじーっと見上げて、ぺたぺたと触れている。
ゆっくり十数え切る頃には、彼女は満足気に僕の服に顔を埋めてくる。
「本物の燭台切で良かった。だって、もう死んじゃいそうなんだもん」
「あの卵焼き、毒だったみたい」
ごめんね。
そう呟いて、彼女はこてんと首をかしげ、こちらを伺っている。
確かに、傷一つない彼女の頬は出会ったあの日より青ざめていて、
服越しに伝わる熱は、いつか抱きつかれたときよりも、ずっと冷たい。
その現実を見たくなくて、嘘だと言ってほしかった。だというのに退路は絶たれた。
全てに代えてでも守りたかった彼女は、今にも僕の手のひらからこぼれ落ちてしまう。
だというのにへらりと笑って見せる彼女が憎らしくて、
なにか言い返そうとして、声になりきれなかった空気が喉を鳴らしただけだった。
「そんなに格好いいのにだめだよ、そんな顔。」
彼女はおかしそうに笑う。いつもそうだった。
「みつただ。よおっく聞いてね」
「わたし、貴方のこと大好きなの。
貴方のためならずっとずうっと生きてもいいって思えたくらい。燭台切はそうしない、できないでしょう?」
「そう、だ。僕は君を人のままで幸せにしたい、そうだった」
「わたし、燭台切のそういうところだいすき。」
「わたしの燭台切光忠は、誰より格好良いから。
……だから、全部、私のものでいてね。」
そう言って彼女は僕の手を握り、微笑んでいた。