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彼女は死んだ。
僕の手を握り、へらりと笑ったままゆっくりと冷たくなった。
それは「戦死」と括られる死に様の中で、まだ幸せなものだったのだろうか。
相変わらず僕の左手には、君の小さくて、愛おしかった手のひらが重ねられていて、
ギリギリまで感じていた僕を握りしめるような感触は消えていた。
もう息をしない彼女の背を支えている右手には、さっきよりずっと重みを感じて、
魂に実体なんて無かったんじゃないかと思う。
人間には「忘却」という能力があるらしい。
刀剣男士という存在の頭はよくできていて、一度聞いた情報を半永久的に忘れられない。
心も、身体も、人間のそれとは比較できないほど強く造られた。だからだろう。
ぼんやりとした頭に、彼女の笑顔だけが貼り付いて離れない。
「全部、私のもので居てね」
と言った彼女の言葉が何度もフラッシュバックして、意味もなく視線を彷徨わせる。
喪失に痛みは無いようだ。
痛いのは、苦しいのは、死んでしまった彼女、そして失った仲間たちだけで、
取り残された僕は、ただ呆然と、彼女の体が僕の腕から引き上げられていく様子を見ている他なかった。
そうして空っぽになってしまった僕の腕と、すっかり軽くなった膝。そして柔軟剤の甘い残り香。それだけが
彼女の生きていた証のようで、足が動かなかった。
重たいような、軽いような、実体のない何かを再び失ったような気持で手を合わせている。
葬儀は初期刀殿と、彼女がご母堂の本丸から連れてきた懐刀殿が中心となって行われた。
彼女はまだ幼く、審神者としての才もあったと思う。だというのに。
白く、細くなった彼女を拾おうとする度に手が震え、膝が嘲笑ってきた。
つまんで、移す。それだけなのに、それすら出来ない。
隣席の彼に後ろで休むように言われ、壁へもたれてへたり込んでしまった。
葬儀帰り。カラッと晴れた晴天だった。
天まで突き抜けるような青空なんて意味は無いのに。
彼女は、審神者だった。僕を顕現し、本丸に置いてくれた審神者だった。
審神者は物を使役する存在。
僕達は、僕達の意志で遡行軍を斬っているのでは無かった。
僕達は、審神者の意志で遡行軍を斬っていた。
実際はどっちだったか分からなくなってしまったが、時の政府ではそういう事になっている。
つまり、僕達の殺しは、彼女の殺し。
殺しを赦してくれるほど僕らの神々は優しくは無いらしい。
彼女は今頃、暗い中に一人で怖くないだろうか。
そればかりが頭に浮かんで、うまく泣くことも、思い出すことも、言葉を発することすら、できなかった。
葬儀中に「思い出す」という言葉を聞く度、彼女がいなくなったことが鮮明になって、どうすれば良いかわからなくなる。
つい49時間前まで、僕の腕のなかで笑っていた彼女はもう、過去のようだ。