テラーノベル
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とあるテレビ局の収録スタジオでは、二人の男が密かに息を弾ませていた。
大掛かりかつ豪華なセットの向かいからかかる高らかな「OKです」の声を、彼らは今か今かと待ち侘びている。
「引っ張りだこ」と言う言葉が最もしっくり来るであろう彼らにとって、ゆとりある時間を作ることはとても難しい。
しかしそんな二人にも、今日だけは絶対に外せない予定があった。
間も無く時刻は夜の八時半を迎える。
彼らが臨むバラエティー番組の撮影は、幸いにも順調に進んでいるようだ。
「これならちょっと早いぐらいで集まれるやろ」
「もうすぐ終わる!やったー!楽しみ!」
彼らは目の前の仕事に集中しつつも、頭の片隅で湧き起こる「このあと」にも思いを馳せる。
「待ちきれない」という声がこちらまで聞こえて来そうなほどに、彼らの声音と体は始終弾んでいる。
最早バラエティー番組の企画を楽しんでいるのか、これから始まる彼ら二人の「お楽しみ」に気を逸らせているのか、その境目が曖昧な程であった。
リーダーと最年長のテンポの良い会話によって、次第に収録は締めの流れを辿っていく。ここまで来れば意識はより一層「この先」へと強く向かう。彼らは話を合わせるように笑い、話題に即した相槌をスレスレの集中力で打った。
それから程なくしてようやく「OKです!」の声がかかると、彼らは即座に立ち上がった。
「お疲れ様でしたー!」
「ありがとうございましたー!」
周囲の関係者への挨拶をひとしきり済ませた後で一目散に楽屋の方へと走り去っていくは、橙と純白のツナギ。
人もまばらなスタジオの廊下を駆け抜けながら、彼らは「早く早く!」とはしゃいだように声を弾ませる。
彼らが向かうは何処か。
「今日どこにしよか!なんする?!」
「僕ね!今日やりたいことあるの!」
「お!なんやなんや!教えてや!」
「着いてからのお楽しみーっ!それより早く着替えてよ!」
彼らが企むは何か。
「あれ?珍しいね、康二とラウールがそんなに急いで帰るなんて」
かけられた言葉に二者が振り返った先には、燃えるような赤を湛えた一繋ぎの衣装に身を包む一人の男の姿があった。
なかなか腕が出てこない袖と格闘していた男、向井。
そんな向井を急かすように腕をばたつかせていた青年、ラウール。
彼らは柔らかく気品ある雰囲気を湛えた男、宮舘に向かって間に合わせの返答でもって会話を繋げた。
「こッ、これから二人でご飯行く約束してたの…っ!」
「そっ、そやねん!腹減ったから早よ行こ言うてたんよッ…!」
彼らが取り乱す様は、誰の目にも明らかであった。
しかし、宮舘は特段気に留めていない様子で、向井とラウールを穏やかな眼差しで見つめていた。
「そう。明日も早いんだから、あんまり遅くならないようにね?」
面倒見の良さそうなその言葉に向井とラウールは安堵の色を顔に滲ませると、鞄を提げて立ち上がった。
「ほんならまた明日な!お疲れさん!」
「舘さんまたねー!おやすみ!」
「うん、お疲れ。おやすみ」
向井とラウールが楽屋を出て行くと、宮舘は 唇に人差し指を当て「ふむ…」と息をつき、考え込むように視線を下げた。
伏せられた瞳は何を思い、何を視るのか。
宮舘は遠くから聞こえてくるメンバーの声に気が付くと、その思慮を悟られる前に思考を切り替えようと、ぽそっと一言呟いてからツナギのファスナーを下ろしにかかった。
「しばらくは様子見かな」
黄金色の月の光を背に受けながら彼らが向かった先は、向井の自宅であった。
コンビニエンスストアで食料と飲み物を買い込んだ二人は、それぞれビニール袋を提げて誰もいない街路を歩く。
「今日晴れててよかったね!」
「ほんまやね!絶好の日やわ!」
「今日こそ分かるかもしれないね!」
「そやね!あ、せや。今日なんするん?」
「あ、そうそう、僕ね閃いちゃったの」
彼らの足取りは軽い。
弾んだ声は、この先に控えている二人だけの秘め事がより良いものになることを期待しているようだ。
しばらく歩き続け、目当ての場所まで到着するとエントランスの扉とエレベーターのスライドを順番に潜り、流れるようにその一室へと入っていった。
今しがた購入してきた軽食や菓子をテーブルに広げ、それらを摘みながら清涼飲料水で喉を潤す。
一見「おやつパーティー」でも開催しているのか?とも見受けられるその天板の上には、一つだけ異様なものが置かれていた。
「今日はこれやってみよう!」
声高に宣言するラウールが指差した先には、幾重にも積み重ねられた縦長のカードがある。
「何やこれ?」と向井は率直な疑問をラウールへぶつけた。
ラウールは得意げな顔で「ふふん!」とわざとらしく笑って見せてから、口を開いた。
「これはね、タロットカードだよ!」
「タロットカードぉ?」
「うん!占いで使うやつだよ!見たことくらいあるでしょ?」
「おー、やり方全然わからんけど、そういうんがあるんは知ってたわ」
「僕やり方調べてきたから、今日はこれに挑戦してみよー!」
ラウールはスマートフォンを左脇に置き、昨日調べてきたというサイトのページに目を通していった。
チラチラと液晶を見て手順を確認しながらカードをまばらに広げ、右周りにカードを混ぜていく。
「康二くんは何が知りたい?」
「何がって何がや?」
「占いで何を知りたい?って」
「そんなん言うまでもないやん、毎回おんなじやろ」
「それはそうだったね」
確認せずとも互いの真意はわかっているのか彼らの会話に主語は無く、ぼんやりとしていた。
「これは正位置の『吊るされた男』で、これは逆位置の『運命の輪』だね」
「それは良いんか?悪いんか?」
「えっと…『吊るされた男』で困難とか試練がやってくるって暗示が出てるけど、『運命の輪』でその状態は長続きしないことが指し示されてるから 、「悪いことは長くは続かないから頑張れ」って感じだと思う…」
「どゆことや…?」
「タロットカードって人の数だけ解釈があって、僕もざっと調べただけだから上手く言えないけど、 僕たちの行動次第で、まだなんとでも未来は変えられるってことなんじゃない?」
「そゆことなんかな?」
「そう思うことにしとこうよ!いつでも前向きじゃないと、なんでも良い結果は出ないでしょ」
「そらそうやな!ほんなら今度は俺がラウ占ったるわ!やり方教えてや」
「おっけー!ありがと!」
向井はラウールからカードを受け取ると、口頭で伝えられていく説明通りに手を動かしていった。
満遍なくシャッフルしたカードを全て重ねて山を作り、上から七枚目のものを右に、更に残った山から七枚目のカードを左に置いた。
「どっちから捲るん?」
「どっちでもいいよ!」
「ほうか。…お、これはなんや?」
「あ…正位置の『悪魔』だ…」
「…悪いやつなんか…?」
「うん…。良くないことが起きる暗示…」
「まだ一枚残ってんねやから落ち込むなて、「いつでも前向き」なんやろ?」
「そ、そうだね!よーし!次のカードお願い!」
「おう!任しとき!」
カードを捲るたびにラウールと向井は一喜一憂し、子供のようにはしゃいでいる。
互いにし合った占いが一巡し、ひとしきり二人だけの秘め事を楽しみ終わったところで、ラウールは席を立った。
「じゃあ、僕そろそろ帰るね」
「おー、遅いし送ってこか?」
「ううん!大丈夫だよ!」
「気ぃ付けてな?」
「大丈夫だって!タクシー呼ぶし!」
「それでもや。大事な“相棒”なんやから」
「えへへ、ありがと!」
向井はラウールと共に玄関を出ると、エントランスでタクシーが到着するのを待った。
「次はなんしよか」
「やっぱり第三者の意見が必要かなぁ」
「ん?どゆことや?」
含みを持たせたラウールの物言いに、向井は首を傾げた。
一方のラウールは楽しそうに笑うと、向井をちらと一瞥してから夜空を仰いだ。
彼の大きな瞳は、闇を支配し夜に君臨するかのように煌々と輝く満月をまっすぐに見つめていたが、ふと何かを想うかのように切なげに細まった。
「僕たちじゃ難しいこと、あるでしょ?」
ラウールの寂しそうな声音にはっとすると、向井もまた月を見上げた。
「せやなぁ。俺らにはできんこと、ぎょうさんあるなぁ」
月の先にある何かをじっと見つめながら、向井はラウールへ言葉を返した。
「でも、こうやってたくさん頑張ってたら、きっといつかは辿り着けるよね」
「おん、きっとそうやな。諦めんと次も頑張ろや」
「うん!僕たちならきっと大丈夫!なんでもうまくいくよ!」
「ほんで次はなんすんのやって」
「あ、そうだった。その話だったね。今日はさ、タロット占いやってみたでしょ?」
「おん」
「でも、ネットで調べただけだったからハッキリしたことはわかんなかったじゃん?」
「ほやね」
「だから、今度は僕たちじゃない誰かの意見を参考にしてみたら良いんじゃない?って思ったの」
「ほぉ、そゆことか。んで、誰の意見聞くんや?」
「それは、また次の時まで内緒」
「えー!なんなん!俺ら秘密の共有者なんやから、そんくらい教えてくれたってええやんか!」
「僕もまだ噂程度でしっかりリサーチできてないんだよー!信憑性があるか調べてから、やるかやらないか決めたいんだもん!」
「その気持ちは分からんくもないんやけど、なんや落ち着かんわぁ…」
「まぁまぁ。じゃあ、この次の次のときは康二くんがやること決めてよ!それなら気が紛れて良いでしょ?」
「…まぁ、ええけど…」
「じゃあ宿題ね!ちゃんと考えてきてね!」
「わかったで」
春の訪れを待つひんやりとした夜の空気に、二つの楽しげな声が浮かんでは溶けて消えていく。
彼らの眼差しは、一心に遥か彼方の黄金へと向かっている。
何かを慈しむように。
何かに恋焦がれるように。
そこには優しさと憧憬、そして渇望とが滲んでいるようである。
強い気持ちに満ちた二つの双眼は、いつまでも天高く昇る金色の満月を見つめていた。
彼らの会話がひと段落ついたところで、ヘッドライトが二人の体を照らした。
「もう来たみたいやな」
「早かったね!すごいや」
「便利すぎる社会やな」
「ほんとにね」
軽口を交わしながらタクシーに乗り込もうとしていたラウールの背中に向かって、向井は声をかけた。
「なぁ、ラウ」
「ん?」
「今日はなんで占いやったん?」
その問いかけにラウールは無邪気な笑顔を讃え、溌剌とした調子で「降りてきたの!」と答えた。
想像の遥か上を行くラウールからの回答に向井は目を丸くさせてから、「んん?」と唸り怪訝そうに眉を顰めた。
困惑している向井の様子を見ると、ラウールは控えめながらも甲高く「きゃは」と一笑し、先程の端的な答えに補足するようにもう一度口を開いた。
「この間、夢を見たの。僕が占い師になる夢」
「お…?」
「お告げだったのかもしれない思ったから、やってみなきゃ!って。実は昨日までこっそり勉強してたんだー」
「なるほどなぁ。いつもと毛色は違かったけど、これも似たようなもんか」
「うん!これも科学では証明できないもの!僕たちが追い求める不思議!僕たちが目指す場所!」
「せやな!ほなまた明日な!」
「うん!また明日!お仕事頑張ろうね!」
「あ、今度の会合もいつも通りでええか?」
「大丈夫!じゃあ、そっちの方はまた……」
ラウールと向井は目を見合わせ、二人だけの合言葉を交わしてから手を振った。
「「次の満月の夜にっ!!」」
日の出と共に活動していた者が寝静まり、この世在らざる者が目を覚ます真夜中に佇むは一人の男。
ひっそりと静まり返るマンション群のとある一角を自身の棲家としている宮舘は、闇夜にざわめく数多の囁きに耳を澄ませていた。
ベランダに降り立ち、爛々と輝く街灯の光に溢れた都会を一望しながら 物憂げなため息を吐いては、空に立ち込めつつあるどんよりとした重たい雲を眺める。
それは月に吸い寄せられるように棚引いては面積を広げていき、次第にその球体を包み隠していった。
「今夜はひとまず何も起こらずか。よかった」
華やかに彩られた世界と、暗く澱んだ世界とが交わる時間の中間に立つ宮舘は、何を思うのか。
「夏からだったから、もうすぐ一年か」
過去を懐かしむように細められた瞳は、楽しそうな明るい光が僅かに 見えるも、どこか寂しげであった。
「そろそろ止めた方がいいのかな、でもな…」
自身が取るべき選択肢に惑う呟きは、誰に届くこともない。
それでも宮舘は、思考を整理するように自問自答を声に出し繰り返していった。
「本人たちはすごく楽しそうだし、、」
「今の状態でそれを言って変に思われるのもな…」
「二人とも怖がりだし、そこまで酷くなることもないか…」
「やっぱり今のところは様子を見るだけにしておこう」
しばしの熟考のあと、当面の方針を決めると宮舘は嘆息してからベランダの塀に背を向けた。
窓ガラスの引き戸に手をかけた瞬間に聞き取った「声」に宮舘は俯くと、切なそうに眉を寄せてから、諦観するように力無い笑みを浮かべた。
「…満月の夜はいつも騒がしいなぁ…」
コメント
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また❤️が鍵を握るんですね…!✨🤭