テラーノベル
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桜の開花を待つ三月の夜は、まだ少し肌寒い。
コートは手放せるようになってきたが、長袖一枚ではまだ心許ない。
厚手のカーディガンに首を埋めて、目的の場所まで歩いていった。
遥か向こうの空にかかる月は、今日も丸々とした姿を僕の前に見せてくれていた。雲一つ翳っていないその黄金を一か月に一度見るたびに、僕の気持ちは自然と弾む。
どれだけ手を伸ばしても届きそうにないそれを愛おしく眺めては、ぽつりと呟いてみた。
「いつかきっと、そばに行くからね」
脳裏に浮かぶあの優しい微笑みに釣られて、僕の頬も自然と緩んでいく。
僕の中にある大切なもの、無くしたくない想いを抱き締めることができる今この瞬間が、何よりも楽しくて、何よりも幸せだ。
それと同時に、僕の頭はこの先に待っているかもしれないおめでたい展望にも期待を持っていて、わくわく、そわそわと心は跳ね周り、足取りはふわふわと浮かんだ。
月が照らした一条の夜道を辿り、とあるマンションのエントランスに取り付けられているインターフォンを押した。
「僕だよー、お疲れ様ー」とスピーカーに向かって声をかけると、間髪入れずに目の前のガラス戸は左右に分かれて、僕を受け入れた。
室内と外の中間地点とも言えるここは、深夜間近だからかシンと静まり返っている。
上向きの矢印が浮き出ているボタンを押して、エレベーターが僕を迎えにきてくれるのを待った。
「今日は良い収穫があるといいな」
今の気持ちを声に出してみれば、それは希望に満ち溢れているように聞こえた。
僕が向かった先は康二くんの家である。
毎月満月の夜になると、僕たちはメンバーのみんなには内緒で、こうしてこっそりと集まるのだ。
なぜ、満月の夜なのか。
僕らのこの行動は、とある人から聞いた持論に基づく。
いつかに言っていたその人の言葉が、僕たちをずっと突き動かし続けている。
目指すべき理想。
求めている未来。
叶えたい気持ち。
胸の中に大切にしまっているそんな想いの一つ一つが叶いますようにと祈ってみれば、今この夜空を明るく照らしている月が微笑んでくれているような、そんな想像が浮かぶ。
都合が良いかもしれない。
楽観的で、地に足がついていないような絵空事を描いているのかもしれない。
それでも、何もしないままで終わってしまうことだけはしたくなかった。
僅か、0.0000……1パーセントでも望みがあるのなら、それに賭けたかった。
この先、少しでも可能性が広がるのなら、できることはなんでもしたかった。
挫けそうになることなんて、たくさんあった。
僕も康二くんも、大人になるまで出会ったことのないものに対して理解を深めていくことに、頭を悩ませることばかりだった。
それでもめげずに頑張ってこられたのは、まず第一に諦めたくなかったから。
絶対に実らせたい想いがあったから。
そして、いつも隣に康二くんがいてくれたから、苦しくても投げ出さずにいられた。
僕も康二くんにとってそんな存在でいられていたらいいな、と思う。
僕たちは良い関係だ。
良い仕事仲間で、良い友達で、最高の相棒。
そんな風に思う。
自惚れかもしれないけれど、これまで康二くんと過ごしてきた時間が、僕を自然とそういう気持ちにさせるのだ。
「僕たちって最高の相棒だよね」なんて、どこかの青春ドラマのような暑苦しい確認をいちいち取りはしないが、そうであってくれたら嬉しいとは常に思っている。
そんな存在がいつだってそばにいてくれるのが、とても心強いと思うのだった。
すっかり行き慣れたとある階下に降り立ち、エレベーターホールから渡り廊下まで足を進めていくと、少し先に人影を見つけた。
今日の収録で会ったぶりのそのシルエットに向かって大きく腕を振れば、こちらの動きを視界の端で感じ取ったのか、彼もまた手を振り返してくれる。
小走りで駆け寄り、すぐさま声をかけた。
「康二くん!お疲れ!」
「お疲れさん!迷わんかったか?」
「何回ここ来てると思ってんのっ?!もう覚えたよ!」
「ほうかほうか、やっぱラウは賢いなぁ」
「きゃははッ、久しぶりに遊びに来てくれた孫に、おじいちゃんが言う感想みたいなこと言わないでよ」
挨拶もそこそこに取り止めのない会話をしながら、康二くんが開けてくれた玄関のドアを遠慮なく潜った。
「ほんで、こないだはタロットで、今日はなんするん?」
「今日はー…」
リビングに入るなり早速本題に入るせっかちな康二くんの声を背中で受けながら、鞄に詰め込んできたグッズをまとめて掲げた。
「これっ!!」
毎回のことではあるが、今日も康二くんは僕が手にしているものと僕の顔とを交互に見ては、きょとんとしながら首を傾げた。
「なんそれ?」
「これはエンジェル様!」
「エンジェル様ぁ?」
「こないだと全く同じ反応だね」
「ラウが毎回毎回珍しいモン持ってくるからやろ!」
「だって調べたらこういうのがいつも出てくるんだもん!」
こうして軽い言い合いはするが、決して喧嘩している訳ではない。
こうして二人でじゃれ合っているのだ。
気兼ねなく自分たちの言いたいことをぶつけ合えるこの感じを、僕はとても気に入っている。
「まぁええけどな。考えてきてくれておおきにな」
「いえいえ!じゃあ早速始めよう!」
「これはどうやるん?」
「えっとね、まず紙を広げて…」
前回の会合の後に密かに何度も見ていたネットページをもう一度開き、順に沿って手を動かしていく。
事前に準備していたその大きめの紙には、上の方に鳥居のマーク、そのすぐ下には「はい」「いいえ」の言葉と数字、そしてひらがなが連綿と記されている。
小学生の時によく目にしていた「あいうえお表」のようにも見える。
「この上に十円玉を置いて、人差し指を二人で乗せるの」
「ほぉん」
「それで、エンジェル様を呼ぶの」
「呼ぶ?呼ぶってどゆことや、来てくれるんか?」
「もう…康二くん…こないだ言ったじゃない…」
「ん?」
「僕たちの力だけじゃ難しいこともあるから、誰かの力を借りようって」
「あー、そやったな。てことはエンジェル様になんか聞いてくってことか」
「そうそう!」
「よう考え付いたな!やっぱラウは頭ええな!」
「えへへ…これで僕たちの叶えたかったことに希望が見えるかもね!」
「せやな!ほんなら呼んでや!」
「任せて!」
液晶をスクロールして次の手順を確認し、一つ深呼吸をした。
「エンジェル様、エンジェル様、おいでください」
画面の中に書いてある言葉通りにおまじないを唱えて、十円玉を押さえている人差し指にグッと力を入れた。
「ここにいらっしゃいましたら、「はい」と返事をしてください」
目には見えない存在が近くにいると仮定して呼びかけると、少しの間を置いてから十円玉がピクッと揺れた。
それは、ズッ…ズズッ…、と重たい動きをもって鳥居から「はい」の場所を目掛けて進んでいく。
正直、うまくいくかどうか半信半疑だった。
だが、今こうして十円玉は、僕たちの意思に反して勝手に動いていく。
緊張と興奮がドクドクと鼓動を高鳴らせる。
弾む息はそのままに人差し指の動向を見守っていると、隣に座っていた康二くんの肩が動揺したように大きく震えたのが見えた。
「らッ、らうッ!!動いてんで!!?ラウが動かしてるんか!?」
「ううん、僕はなんにもしてないよ」
「ホンマか!?なら、ほんまにエンジェル様来てくれたんか!」
「そうみたい!すごいね!やったね!」
「おん!!いろんなこと聞いてみようや!」
「そうだね!なにから聞こっか!」
僕たちは「はい」に辿り着いた十円玉に大喜びして、お互いに顔を見合わせながらはしゃいだ。
学生の頃に戻ったような気分だった。
知りたくてもこれまでどうすることもできなかったこと、この先の未来に起こったらいいなと思う期待を一つ一つ頭の中に浮かべて、康二くんと順番に声に出していった。
この儀式は、霊との交信を図るものである。
これが僕たちの「秘密」の全てだ。
前回のタロットカードは少し趣きが異なってはいたが、追い求めるものと近しい部分もあった。
普通の人の目には見えないもの。
科学では説明できないこと。
そのまま生きていれば、感じ取ることさえできない気配。
そんなものに一目でいいから、出会いたかった。
掠るくらいでもいいから、触れたかった。
本当の本当の、奥の奥までは理解できていなかったとしても、近付きたかった。
「まずはお仕事のこととか聞いてみようよ!」
「せやな、そういうんも気になるわ!」
「僕たちはこれからもずっと忙しくお仕事できますか?」
「…ぉぉ…!動いたで!…「はい」やって!」
「よかったぁ!」
「俺も俺も!俺らこれからどんな新しい仕事来ます?!」
「また動いた!…え……い……?」
「…が…。え、い、が…、映画やない!?ホンマ!?」
「うっそー!また僕たちみんなでできたら嬉しいね!」
「せやね!」
聞きたいことなんてたくさんあった。
ありすぎて、溢れていた。
しかし、聞ける準備は全て整っているというのに、途端に声が出てきてくれなくなってしまった。
なんと言うか、怖いのだ。
心が沈むような答えが返ってきたら…と思うと、言いたかった言葉がたちまち萎んでいく。
康二くんはウキウキといった様子で「エンジェル様」に質問を繰り返していた が、急に黙りこくってしまった僕に気付いたのか、僕の左手に自分の右手を重ねて笑いかけてくれた。
「康二くん…」
「大丈夫やって」
「え…?」
「どんな時でも前向き、やろ?」
「! うんっ!」
安心させるように、康二くんはポンポンと僕の手の甲を叩いてくれる。
それに勇気付けられたおかげで、僕は次なる質問を前に出す覚悟が決まった。
「じゃあ聞くね…」
「おん!いったれ!」
「すぅ……はぁ………」
バクバクと、先程よりも忙しない鼓動を感じながら一つ深呼吸をして、もう一度深く息を吸い込んだ。
これまでの想いの全てを一息に込めて、慎重に、丁寧に言葉を選び、唱えた。
「僕たちは、舘さんと同じ世界に行けますか?」
これが、僕たちがずっと知りたかったことだ。
優しくて、暖かくて、とっても頼もしくて格好いい舘さんが、僕たちが普段いる現実とは全く別の世界を生きていることには、大分前から僕も康二くんも気付いていた。
ふとした時に見るあの人は、いつもどこかを見ていた。
舘さんが楽しそうに姿の見えない誰かと会話をしたり、僕たちには聞こえない何かを聞き取ったのか悲しそうに顔を曇らせたりすることはしばしばだった。
それを初めて見て不思議に思った僕は、すかさず康二くんに声をかけた。
「ねぇ、舘さん誰かと話してるみたい」と。
僕が驚きのままに声を上げると、康二くんは頬杖をつきながら「あー」と感嘆した。
「まぁたやってんのかい。舘はホンマに…。隠さなあかんやろ」
それはなんだか、呆れているように聞こえた。
舘さんのその行動に何か知っていることがあるのかと思った僕は、声を顰めて康二くんに尋ねた。
「康二くん何か知ってるの?」
「おぉ、いっつもあーして、どっか見てニコニコしたり寂しそうにしたりしてるわ」
「そうだったんだ、僕今まで気付かなかったや」
「そういうこともあるやろ」
「うん…」
「ん?ショック、っちゅーか、引いたか?」
「ううん。そうじゃなくて、舘さんのことはずっと見てきたつもりだったのになぁーって…」
「そん人のことなんか、よぉ見てもわかりきれんこと、ぎょうさんあるて」
「それはそうだけどさ…他の誰でもない舘さんのことだよ?気付けなかった自分が悔しいっていうか…」
「それでこそ、俺が認めたライバルやな」
「ん?」
「ここで引いてくような奴なら、一緒に追いかけたりしてへんもん」
「そんなことしないよー!僕、諦め悪いもん!」
「そんなあっさいもんやのうて!どんな姿でもええって受け入れられるんが、愛やろ?」
「うん!今も変わってない!むしろ、舘さんのこともっと大好きになっちゃった!」
あの日の会話は、今でも一言一句事細かに思い出せる。
僕の心の中に、ずっと大切にしまっている。
大好きなんだ。
舘さんのことが。
あんなに優しく包み込んでくれる人を、僕は舘さん以外に知らない。
出会ってからこれまで色々なことがあったけれど、一緒に過ごすうちにあの人のことがどんどん好きになった。
いつからだったのかとか、どんなところがとか、そんなこといちいち気にしている暇もないくらいだった。
目が合うだけで、言葉を交わすだけで、舘さんが僕に微笑みかけてくれるだけで、それだけで毎日好きが溢れた。
言葉じゃ言い表しきれないほどの強い気持ちが込み上げてきて、心臓がきゅうぅぅ…っ、と締め付けられて苦しくなった。
でも、それすら愛おしくて心地よくて、気付いた時にはもう、僕は舘さんに夢中だった。
喜びも苦しさも、幸せも切なさも、舘さんが僕にくれるものなら、なんだって嬉しかったんだ。
有り体に言えば、僕は舘さんの虜。
だからこそ、僕は知りたかった。
舘さんがいる世界を。
舘さんが見ている「何か」を。
舘さんが声をかける存在がどんなものなのかを。
舘さんはいつも、どこか寂しそうだった。
これは、好きになってからどんな時も目を離さずに彼を見つめ続けてきた僕が言うのだから、間違いない。
みんなでいる時、舘さんの顔は笑っているのに、体はここには無いみたいに思えた。
話していても、ここにいるみんなとは全然違う方向を向いているような気がした。
近いようで、遠い。
それはすごくすごく距離があって、どうしてか僕はとても心細くなった。
こっちに来てよ、寂しいよ。
そう思っていたって、舘さんはいつまでも僕たちのところへ来てくれる気配がなかった。
そのことに、どうやら康二くんは僕よりも先に気付いていたようだった。
なら、僕たちから舘さんのところに行こうと持ちかけたのは、僕だったか、はたまた康二くんだったか。
朧げだったが二人で決めたことだけは確かだった。
舘さんがもし、人と違うことに引け目とか疎外感のようなものを感じて、みんなに遠慮をしているのなら。
もし、それを僕と康二くんだけでもわかることができるのなら。
きっと、舘さんは今以上に幸せを感じられる。
傲慢な考えだけど、そう直感したんだ。
それに、僕たちの想いも一緒に届いたらいいな、ってそんな「あわよくば…」みたいな不純な期待もあった。
どんなに綺麗な言葉を並べたって、所詮僕たちは男の子なのだ。
僕ら生き物は何千年経っても、種族が異なっていても、どんな生態だったとしても、好きな子を追いかけ回す性を持って生まれてくる。
好きになって欲しい。
振り向いて欲しい。
少し下世話な話をするならば、どこまでも深く交わって一つになりたい。
これは、この世に生きる全ての雄に課せられた、いわば使命なのだ。
こんな気持ちをきっと、人は恋と呼ぶのだろう。
一向に振り向いてはくれず、なんなら僕たちの気持ちに気付いてもいない舘さんを康二くんと追いかける毎日は、とても楽しくて、とてももどかしい。
一歩一歩舘さんの世界に近付いているような気がするときは、心が弾む。
二人で考えたアプローチが何一つうまくいかなかったときは、悔しくなる。
また少し近付けた。
またダメだった。
その一喜一憂の場面には、いつだって康二くんがそばにいてくれた。
なんでも康二くんと分け合ってきたからこそ、嬉しさは倍以上になって、切なさは半分以下になった。
康二くんとこんな風に秘密を共有して結託するようになったのは、かれこれ一年くらい前からのことだったと思う。
いつだったかに二人で仕事終わりにご飯を食べに行った時、僕が思い余って自分の気持ちを康二くんに打ち明けたことがきっかけだった。
あの時の僕は大袈裟に言うなれば、気が動転していた。
興奮していたのだ。
誰かを好きになった、ということに。
ただそれだけのことが、僕にはとても嬉しかったんだ。
人生の中でこんなにも尊いことって他にあるだろうか、なんてことを大真面目に考えていた。
その間にも、ドキドキ、ワクワク、なんて擬音が体の中に溢れていて、高鳴る心臓を落ち着かせることができなかったのだ。
「僕、好きな人ができたの!」
お兄ちゃんに報告だ!くらいのテンションで康二くんに近況を話すと、康二くんは興味津々と言った様子で身を乗り出してその相手は誰だと尋ねた。
理解してもらえるか、それは微妙なラインだった。
時代は日々新しくなってはいるけれど、まだまだ今までの価値観というものが根強く残っている部分もあるだろう。
それでも、康二くんならきっと…。という期待はあった。
いつだって僕の話を聞いてくれる優しい康二くんならきっと、僕の想いをコテンパンに全否定することはないだろう、なんてそんな根拠のない自信が僅かにあった。
しかし、どう転ぶかはわからない。
この気持ちを受け入れてもらえるだろうかと緊張しながら、どこか得意げな気持ちも含ませながら、内緒話をするように声を顰めて「舘さんっ!」と答えた。
その直後、康二くんはたちまち後ろに飛び退いて「えぇっ!!ラウも!?」と大絶叫した。
今思えば不思議な話だが、どちらが諦めるか、という話は一切出てこなかった。
譲る気はないぞ、という意思が双方にあったかというと、そうではなかった。
というよりも、二人である程度のところまで頑張ってアプローチをして、手応えが掴めた瞬間が来たら、二人で一斉に告白しよう、という色が強かった。
ただのご飯会は、いつの間にか作戦会議に変わっていた。
テーブルにお皿ではなく、たまたま鞄に入っていた僕の大学ノートを広げて、あーでもないこーでもないとお互いの意見を建設的にぶつけ合っていった。
幾重にも議論を交わしてお店が閉店時間を迎えようかという頃、やっと僕たちの方向性が定まった。
一つ、片想い中は、切磋琢磨し合える仲間であり、相棒であり、最高のライバルでいる。
二つ、どちらかがうまく行ったら、振られてしまった方は潔く身を引く。
三つ、どちらもうまく行かなかったら、その時は目一杯飲み明かそう。
この三箇条を、使いすぎて残り僅かになっていた綺麗なページに清書しスマホで写真も撮って保存した後に、指切りげんまんをした。
そのおかげか、僕たちは今までずっと、舘さんのことで喧嘩をしたことがない。
告白した途端、この三つがただの理想か机上の空論になってしまう可能性も否めないが、この約束のおかげで僕たちが良い状態で恋ができているのもまた事実だった。
変に焦ってイライラすることもないし、お互いしか知らなかったことも情報共有ができるのだ。
だから、僕はバランスの取れたこの関係性をとても気に入っている。
只今絶賛勤しんでいるこの交霊術も、アプローチの一環だ。
と言っても、これをすることによって舘さんに直接僕たちの好意が伝わるわけではない。
これは、不思議な力を持った彼がいる場所へ少しでも近付きたいね、とどちらかが言い出したことで始まった取り組みである。
自分は僕たちとは生きている世界が違う、なんて寂しいことをきっと考えているのであろう舘さんに真正面から突っ込んで行ってもダメだと思ったから。
少し齧ったくらいでわかった気になるのも烏滸がましいというか、失礼なのかもしれないけれど、何もしないままではいられなかったんだ。
だが、少しだけ正直な話をすると、本当は毎回怖くて仕方がない。
お化け屋敷も苦手だし、今この瞬間にも幽霊が出てきたらどうしようと、内心気が気でない。
前回はタロットカードだったので全然余裕だったが、今回は実際に霊を呼んでいるのだ。
ふとした瞬間に康二くんの肩の向こうにぼんやりとした影を見てしまったらと思うと、怖すぎて失神するかもしれない。
でも、僕は今日も歯を食いしばって超常現象に挑む。
そこに、僕が、僕たちが目指す理想がある限り。
何度だって諦めずに挑戦するんだ。
僕が発した問いかけの後、長いこと十円玉は動かなかった。
故にこれだけの長い間、一人物思いに耽ることができたわけだが、肝心の聞きたかったことにだけはなんの答えももらえそうになくて、深いため息が出た。
「やっぱダメかぁ…、、動かなくなっちゃったね…」
「まぁこんなもんちゃう?」
「でも、お仕事のことはあんなに教えてくれたのにー…」
「駄々捏ねたってしゃあないやろ。また今度やってみようや」
「…そうだね。じゃあ最後に挨拶だけしよっか」
「挨拶?」
「なんかね、はじめと終わりにはエンジェル様にちゃんと挨拶するのがルールなんだって」
「そうなんか」
「じゃあ僕が言うね。エンジェル様、エンジェル様、お帰りください」
僕がそう唱えると、十円玉はまたピクッと揺れてから、ゆっくりと鳥居まで帰って行った。
それが完全に動きをやめた後、康二くんが「おおきになー」と紙に向かって声をかけていた。
「今日はこれで解散やな」
「そうだね。今日もお疲れ様ぁ…ふあぁ…」
「結構遅なってしもたな、今日泊まってくか?」
「え、でも、悪いよ」
「こん時間から帰るんかったるいやろ。明日も現場同じやし、一緒に家出よや」
「じゃあお言葉に甘えて!ありがと!」
「風呂入ってき」
「うん!行ってきまーす!」
「こないだ泊まった時に置いてった着替え出しといたるわ」
「ママ優しい!」
「誰がママやねん」
十円玉を財布の中に戻し、テーブルの上に広げていた紙を四つに折り畳んでカバンの中にしまい込んでから、脱衣所へ向かった。
風呂場のサッシを閉める瞬間、誰かが僕の背中を撫でたような気がした。
本当に僅かな感触だったので気のせいかとも思ったが、危険な秘め事の直後ともなると少し怖くて、僕は体をぶるっと振るわせながらシャワーのつまみを捻り、頭から熱めのお湯を被った。
コメント
2件
❤️に助けられちゃうんじゃないの?🤍🧡さんたち笑

おおっと、いよいよ…?