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攻防戦が3分ほど続いている。
魔物でもSランク、二人でやっても意外と時間がかかるものだ。
力強く双剣を握り、ジュピターと目線を合わせる。
二つの槍が魔物の油断を誘う。
トドメを刺させてくれるんだと思いながら魔物のふところに潜り込む。
双剣の片割れを魔物の喉元に投げて切り裂く。
あたり一面が真っ赤に染まる。
落ちて来る魔物の頭をジュピターが抑えてくれている。
「さっすがジュピター!」
「いいから早く戻っておいでよ、頭落とすよ?」
「やっべ殺される。」
謎の圧をかけられてリトナはパパッと魔物のふところから出て来る。
二人で目を合わせ、リトナはグーを差し出す。ジュピターはそれに気付き同じく握り拳をぶつけた。
「「任務完了。」」
二人で同じ言葉を揃えた。
リトナはそれを確認して魔物の死体までゆったりと歩いてゆく。
彼女は自分より遥かに大きいそれにそっと手を添える。
「魔力操作。」
そう唱えると死体が一部を残して綺麗さっぱり消えていった。
残った骨を森の地面に埋めて、二人は帰路を共にする。
「やっぱ凄いな。死体をあそこまで綺麗に消せるのはリトナしか居ないってのは本当なんだね。」
「…私は、沢山の魔法を使いこなせる方が凄いと思うな。」
お互いが偽りの笑顔の仮面を被っているのに今、なんとなく気づいた。
でも、偽っているからこそ、過ごしやすいのだろう。
ふっと、リトナが本音で笑うとジュピターも同じく笑った。
「…てゆうかさ。」
「うん、俺も思った。」
「「どうやって帰る?」」
お互い足を止めて、 息ぴったりに言葉を揃える。
部下を呼ぶだけなのに、何故か馬鹿みたいに面白くて二人で声を上げて笑った。
その後、呼んだマリトーナ達に呆れられたのは二人の思い出となるだろう。
サーナルガは走る。
街の中央から東の外側まで一直線に。
途中で屋根に飛び乗って最短ルートで目的地まで走る。
街の外側、東の土地は農作業を基本としており、沢山の人が土を掘り返し、種を植え、育てている。
「すんません!遅れました!」
「大丈夫よー。いつもありがとうねぇ。ほらおいで、飴ちゃんあげる。」
「いやそれはええわ。」
農作業をしているおばあちゃんに優しく話しかけられる。
グッと体を伸ばし仕事の用意をする。
「サーナルガ兄ちゃん!あーそーぼー!」
「あーそーぼー!」
「…すまんなぁ。俺はこれから仕事やねん。また今度やな。」
表情を押し殺し、子供達の頭を撫でた。
小さな子達はそっかと笑い、離れていった。
サーナルガは胸を撫で下ろす。
ふぅ。と息を吐いて仕事をする為に農具を取りに行き、クワを借りた。
力仕事は得意分野だ。だから、彼に向いていたのかもしれない。
仕事が終わり、小さな袋に入れられた金を受け取ると彼は礼を言った後に街の中央まで歩いていった。
中央広場のさらに奥、途中の路地裏を抜けた先には小さな孤児院が立っていた。
傷がいくつも付いている扉を優しく叩く。
すると静かな顔のお婆さんが出て来て、サーナルガを見てパッと顔を明るくした。
「お待たせさん!今月分や!いつも遅くなってごめんな…」
いくつものボロボロな袋をお婆さんに渡す。
お婆さんは頭を下げながら複数のそれを受け取り、ありがとうと何度も話す。
「いつもありがとうねぇ…」
「…また、落書きされたんか…」
「あーねぇ、でも、防げへんのよ。治すお金も…あ、いや。」
「…任せろ!俺がもっともっと稼いでくるわ!そしたらもっと、美味いもんたらふく食えるし…、綺麗な家で過ごせるし…!それに…!」
呼吸が荒れながらも、息が詰まっても、言葉を喉から押し出す。
お婆さんの声は耳にすら届かない。
一通り言い切った後、彼はまた笑みの仮面を被る。
「俺に任せ!」
歪み切った顔を見て、お婆さんは言葉を失いながらも、踵を返すサーナルガの手をしわしわな手で掴む。
待って、待ってと必死で。
「せめて…妹ちゃんと弟くんの顔でも…!」
「大丈夫や。あいつらを…俺で汚しちゃいけんしな。」
その手を優しく振り払い、彼は広場まで静かに歩いてゆく。
俺が、俺が汚したら。こっちの世界に来てしまったら…
俺が関わらなかったら、あいつらは幸せに生きていけるんだ。だから…
「…ごめん、ごめんな。」
人混みを歩きながら、そう呟いた。
届くわけも無い声はただ人々の騒音に掻き消される。
あぁ、世界は残酷だな。 サーナルガはそう思った。
誰も、もう助けてはくれないのだから。
助けてくれた人は、もう居ないのだから。
美味しいものが食べたい。一回ぐらい一日中寝て過ごしてみたい。ちゃんと学校に行きたい。 泣き叫んでしまいたい。思いっきり絶望したい。この世から居なかったことにしたい。死んでしまいたい。
とっても美味しいご飯を、あったかいご飯を家族で囲んで食べたい。
誰かに、甘えて。褒められたかった。
「…サーナルガ。」
「ん、どないしたん?」
ジュピターは、古い服を着て出掛けようとするサーナルガをリビングで引き留めた。
笑っているが、悲しさと絶望が隠しきれていたい。
「最近、疲れ切って居るでしょう?少し休んでもいいと思うわ。」
「いや、大丈夫や。俺はまだ動ける。」
ヴィーナスがサーナルガの腕を掴む。
細くも筋肉のついた、彼女の手を見て、彼は異様な虚無感を覚えてしまった。
なんで、なんで。
今までこんな事思った事無いのに。 今までこんな感情感じた事無いのに。今まで、無かったのに。
なんで、こんなにも、妬ましく感じるんだろう。
「…止めんとってくれ。俺、あんたらの事ズルイなんて思いたく無い。」
「なら…一緒に甘いものでも食べに行こーぜ!」
「…なんで今の会話の流れでそうなるん?」
サーナルガの肩を叩いたのはリトナだった。
よくわからないと言う表情を浮かべる彼を見ても、普段と変わらない顔でリトナはサーナルガの腕を引っ張る。
「あ…あの…?」
「あー!安心してヴィーナスちゃん!少し遊んでくる!だから、任せて。」
不安そうな二人の男女を置いて、彼女は半ば強引に彼を街連れ出した。
自分より小さなリトナに腕を掴まれているからだろう、サーナルガが足が辛そうだ。
「…離してくれん?」
「あー足しんどかったよね!ごめん!」
パッと手を離して、二人は目的地であるお店の前で立ち止まった。
サーナルガがそれを見て少し困惑している。
「…洒落とるわぁ…俺こんな服装やけどええの?」
「ただのスイーツ屋さんだし大丈夫!サーナルガは何食べる?私はフルーツタルト!」
「…じゃあ、あるなら…ドーナツがええ。」
「いいねいいねー!じゃあ早く行こー!」
リトナはおしゃれな扉を躊躇なく開ける。
そこは柔らかい雰囲気の広がる。妙に落ち着く甘い香りが広がる店内だった。
店員に促され席に座る。
自分に似合わない様な感じがしてサーナルガがついソワソワしてしまう。
「お待たせ致しました!コロコロドーナツとマスカットタルトです!」
しばらくすると店員さんがスイーツを持って来てくれた。
サーナルガの目の前に置かれた小さな丸いドーナツは可愛らしいケースに入れられ彩られていた。
「食べていいよ。今日は私の奢り!」
「…」
ニコッと笑うリトナの善意を踏みにじりたくなくて、遠慮ながらもそっと口に小さなそれを含む。
ボロッと涙が溢れた。
美味しくて暖かい、優しい甘い味。
ずっと食べたかった味。
思い出の中にある、曖昧な記憶の中に残る、一時的な幸せな記憶。
「違うんや…不味いわけやない…むしろ美味い…やから…」
「大丈夫。わかってるよ。」
ゆらゆらと揺れる視界でもわかる。
我が子を見る母のように笑う。リトナの顔が嬉しかった。
二人は、無言で自分の目の前にある美味しそうなそれを食べる。
一口一口、味わって。