昨今、みんな携帯電話を持っているのが主流で、家に固定電話を設置している家庭の方が少なくなっているだろう。
だが、御庄家では少し違っていて。
「はい、御庄でございます」
御庄偉央の妻である結葉は、夫から携帯電話を持たせてもらっていない。
彼女の旦那の偉央が、妻が自分の預かり知らぬところで誰かと繋がることを許さないからだ。
独身時代には持っていた携帯電話も、結婚して専業主婦になった時に「結葉は家にいるんだし、必要ないよね?」と解約させられた。
以来、結葉は自分名義の携帯電話を持っていない。
外出する用がある時だけ、偉央から〝子供用携帯〟を渡される。
偉央が〝管理者として〟ロック番号を管理しているそのキッズ携帯は、ネットサーフィンをすることはおろか、偉央が認めた人間――アドレス帳に登録された番号――からの着信しか受け付けないように設定されている。
ちなみにアドレス帳に登録されている番号は、自宅の番号と『みしょう動物病院』の番号、それから偉央の携帯番号と結葉と偉央の両親の携帯番号、両家の自宅の固定電話の番号のみ。
電話帳に登録されていない番号からの着信は端から拒否されるし、結葉が勝手にアドレス帳をいじることも偉央から固く禁じられている。
もし何か新しい番号を追加したい場合は偉央に許可を求めなければならないのだけれど、今まで一度だって了承されたことはないのが現実だ。
いわく、「自宅の電話からかければ済む話でしょう?」と。
その固定電話にしても、毎日偉央に発着信の履歴をチェックされているし、通話の明細書も動物病院宛に届くようになっていて、全て偉央が管理している形だ。
だから結葉には勝手なことが出来ない。
友人たちからは偉央と共有で使っているパソコン宛にメールがくるか、こんな風に昼間、偉央が居ない時に家の方に電話がかかってくるかのどちらかでしか連絡を取り合うことができないのだ。
もちろんそのパソコンのメールにしたって一日の終わりには逐一偉央にチェックされてしまう。
結婚してから数年。
結葉は、あんなに身近に感じていたはずの幼なじみの想とも全く話せていない。
結葉が実家に行く時は必ず偉央も付いてくるし、一人で実家に行きたいと言えば、「昼休みに僕が送って行くから待ってて? 帰りは僕が迎えに行くまでご両親とゆっくりしているといい」と有無を言わせぬ調子で言われてしまって、結果何となく山波家に顔を出すのも憚られる雰囲気を作られてしまう。
出かける際に持たされるキッズ携帯にGPSが付いていて、結葉の居場所が偉央に筒抜けなんだと知ったのは、一度だけ結葉が実家を出て近所をお散歩した際に偉央から指摘を受けたからだ。
外出時にはキッズ携帯を持たないことは許されないし、偉央からいつ抜き打ちの連絡があるか分からない中、それを置いて出かける勇気は、数年間で偉央に飼い慣らされてしまった結葉にはなかった。
もちろん付き合っていた頃はここまで締め付けは強くなかった。
何なら「僕は結葉を信じてるから」と結構自由にさせてもらえていたのだ。
合コンこそ偉央と付き合い始めてからは誘いを断っていた結葉だけれど、友人たちとの夜の女子会などは「息抜きは大事だよ」と笑顔で送り出してもらえていた。
帰る前の連絡は必須だったけれど、例えば0時を回ったからと言って叱られることもなかった。
それが一変したのは、結婚をして一緒に暮らすようになってから。
前述したように仕事は寿退社をせざるを得ない雰囲気にされてしまったし、家にいるなら必要ないよね?と携帯電話も取り上げられた。
それでも結婚してすぐの頃はお伺いを立てれば友人たちと出かけることも渋々ながら許してもらえていたし、夜だって0時を過ぎないことを条件に出してもらえていた結葉だ。
キッズ携帯を肌身離さず持っておくことは義務付けられていたけれど、それさえ守っていれば偉央は結葉の手綱を少しだけ緩めてくれた。
それが許されなくなったのは、結葉が偉央との約束を違えて、0時までに帰宅することが出来なかった時から。
加えて女子会だと話していたのに、たまたま居酒屋で同級生の男の子たちと出会ってしまい、男女混合で飲んだのが偉央にバレてしまって、彼の逆鱗に触れてしまい。
嘘つき女、お前のこと、信用できなくなった、と口汚く罵られた挙句、結葉は今の窮屈な生活を強いられるようになったのだった。
***
『たまにはいいじゃない? ね? 昼間2時間ぐらいの会だし、ご主人が帰ってくるまでには家に戻れるって』
結葉の同級生から、家の電話に中学の同窓会の誘いの電話が掛かってきたのは、今日の昼下がりのことだ。
同窓会といえば当然男の子たちもくる。
到底偉央が許可してくれるとは思えず、「旦那が許してくれっこくれないから」と渋った結葉に、結葉と同じく地元に残っている幼馴染みの加賀美琳奈が畳み掛けてきた。
『結葉、もう2年以上遊びに出てないじゃん? いつだっけ。あの門限破っちゃった日。あれからでしょう? 出してもらえなくなったの』
言われて、結葉はブルッと身体を震わせた。
***
結婚して初めて門限を過ぎてしまったあの日。
過ぎたと言ってもたったの五分だし、と軽い気持ちで帰宅した結葉を待っていたのは、玄関先でにこやかに微笑む偉央だった。
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