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あの雨の日から数日が経った。
俺の疲労はいつも通りで、なんとか毎日を乗りきっていた。
メンバーも似たり寄ったりのようだった。
それぞれが毎日を通して自分のフィジカルと相談し様々なやり方でモチベを保つ日々。
気持ちの良い疲れの日もあればコテンパンにやられる日もある。
食べて寝て動く。あと太陽を浴びる。
人間上手くできていて、このひとつでも欠けると一気に回らなくなるんだ。
「…」
…またヤバそうな奴がひとり居た。
勇斗だ。
食ってる?寝てる?なんていちいち聞くことはない。俺はメンバーの専属トレーナーでもないし保護者でもない。
ただ少し気になる。それだけだ。
「勇斗それなに食べてんの?」
「あー、フォー」
「え?」
「フォー!じゃねえよ、フォーな」
「フォー!じゃないの!?」
「違う違う笑」
あ、食べだした。
あんな軽いもの食うのにどんだけ時間かけてんだよ。
だる絡みする大智に対応しつつまるで女子の麺の量を啜る勇斗。
大口でいく方なんじゃないのかよ。
あー見てるとやけに気になってくる。
と、俺も麺を啜りながら観察する。
「今日すげー疲れてるわ」
「まじ?お疲れ様、勇ちゃんハードスケジュールやもんね」
「うん。ここんとこしんどいまじで」
「うんうん」
「はあー」
え、今更?
明らかに、見るからに疲れてんだろ。
今なのそれ気付くの。というか疲れたとか言ってるし。俺には何も言わねえじゃん。
あの日以来、あんな顔しないじゃん。
もしや他のメンバーは勇斗の日常の変化にあんまり気付いていない?
……日常の変化……はおかしいだろ。
ここで初めて自分が勇斗を日々、目で追っていることに気が付いた。
ん…?他のメンバーのことは?
いや、なんとなくわかる。
それぞれが元気でなんとか持ちこたえながら仕事して……
本当にそうか?
勇斗のことだけわかっている気になっていた。
何故かはわからない。長年の付き合いだから?
それでもここのところの勇斗はなんだかおかしい。
あの雨の日から………
雨の日……
俺が勇斗の家で、勇斗のベッドで勇斗の体温を感じながら眠った日。
何故か安心して眠れたんだ。
何故って…そんなの人がいたからで…
たまたまそれが勇斗だったから…
「仁人」
「えっ」
目の前に勇斗がいた。
ビックリし過ぎて固まる。
「全然食べてないね」
「…ああ…いや、食べてる」
「そう?」
「…うん」
「なんか今日変じゃね?」
「お、れ?」
「うん」
「いや…全然、普通だよ」
「んー。まあそれなら」
「…うん」
ビックリした……。
さっきまで疲れてると言っていた勇斗が平気そうな顔で俺に話しかける。
なんだろうこの違和感は。
……………考えても無駄だ。
思考が止まらなくなっていた自分に気付いて考えを止めた。
答えの出ないことを考えるのは癖みたいなものだけど、他人のことをわからないと考えるのは性にあわない。
自分だってそうだろう。
分かられたところで認めたくない。
だから俺もしない。
やめよう。
考えを振り払うように至って普通に、残りの麺を大口で平らげた…。
…………
また雨が降っている。
最近多いな……。
季節が変わっていく目印みたいに、静かに雨が降る。
少しひんやりとした湿った空気にさらされて心が沈む。
「…雨、ヤダ…」
空を見上げて独り言ちた。
見上げた視界を黒い傘が覆った。
「…勇斗」
「…雨、ヤダね」
「…」
聞かれていたのか…。
外と中の境目で相合傘をする俺たちの横をいつかの雨の日のようにメンバーが通り過ぎた。
「お疲れー!」
雨を避けるように大声で勇斗が言った。
いつの間にか二人だった。
「…」
「…今日もうち、くる?」
傘のなかで勇斗がそう聞く。
ボンヤリしているのは今日は俺の方かもしれない。
「…いく」
「…そっか」
「…」
「車、乗るよ」
肩口を軽く掴まれて歩き出す。
前とは逆だな……。
どうしてこんなに感傷的なんだろう。
雨は嫌いだ。
普段蓋をしていた気持ちに気付かされる。
嫌なことや目を背けたいこと。全部。
そのあとは車の後部座席に肩が触れる距離で二人で乗った。会話はなくて、ただ少しだけお互いを感じる距離。
なんにも話さないけど、心地いい。
そんな空気だった。
―――
「どうぞ」
「…おじゃまします」
「…ただいまでしょ?」
「…ただいま」
「…」
「…」
妙にボンヤリする。
低気圧のせいかな、少し額に頭痛を感じるのもきっとそのせい。
勇斗の部屋の中は既に少し暖かくて、親しみ慣れた匂いがした。
ホッ、と息をついた。
さっきまでの外の暗い景色や雨の音から解放されて、暖かくて柔らかな照明のある部屋に勇斗と居ることに安心を感じる。
「…座ってて」
「…うん」
しばらくするとチン、という音が聞こえて、勇斗がホットミルクを持ってきた。
「ちょっと甘いから」
「…ありがとう」
口をつけるとほんのり甘くてあたたかい。
じんわりとカラダに染み渡る。
「…ハァ」
「…今日は仁ちゃんのが弱ってんね」
「…そんなことないけど」
「こういう日は俺といたら?」
「…こういう日って?」
「ちょっとしんどい日。雨だしね」
「……うん」
やけに素直になる。
疲れてるんだ、きっと。
「…勇斗も、疲れてるっしょ」
「まあ…俺はなんとかやってるよ」
「…」
この前の雨の日のことを聞き出したくなるのを抑えた。
あんな勇斗は見たこと無かった。
一緒に眠った。
そして今日も二人で眠りにつくんだろう。
「…眠い?」
「…ちょっとだけ」
「ごはん食べる?」
「いや…昼飯まだ居るからいいや」
「そっか…」
少しづつ言葉が足りなくなってくる。
省略して話してもなんとなく伝わる。
何度もあった事だから、今更気にしない。
勇斗もそうだろう。
「じゃあ…歯磨きして寝よっか」
「…うん」
ぬるくなったミルクを飲み干して洗面所に向かう。
もうすぐあったかい布団でなんにも考えずに眠れる…。
それだけでいい。
隣に勇斗がいる、なんで、とかは考えない。
寝室に入ると勇斗のTシャツを借りて着替える。もう今日は雑でいい。朝にシャワー借りるか…
思考停止……。
「…おやすみ」
「…おやすみ」
布団を被り目を瞑った。
ベッドの真ん中に体を向けて胎児のように丸くなる。
呼吸の音と少しの衣擦れの音だけが聞こえる。
…それと、微かな雨の音。
「…」
「…」
なんとなくゆっくり目を開けると近くにまだ起きている勇斗の顔があった。
「…どした」
少し掠れた声で聞く。
「…」
「…」
返事はなかった。
その代わりに身体が、顔がもっと近くに来る。
「…」
「…」
顔近いな…って思った時、
「…」
「…」
ほんの少しだけ唇が触れた…。
「…」
…目と目が合う。
オレンジの僅かな光ではこんなに近くの瞳の中まではわからない。
「…ん」
もう一度唇が触れた時にやっと、キスをされたんだと理解した。