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昨日の友人は面白かった。
近しい者の恋路というのは、どうしてこうも興味をそそられるのだろうか。
本人でも気付いていない、心の奥底の感情。
傍から見れば判りやすいものなのだが、自分のこととなると判らなくなるのだろうか。
——小生も、そうなんですかねえ……
口から零れた言葉に、煙草の葉が口に入った様な気分になり顔をしかめた。
別に、自分には恋愛事など無関係の話だ。
他の誰かを俯瞰して見るから、物語は面白いのだから。
くしゅん。
「おや、誰か噂でもしているんですかねえ……」
喉の奥の苦味を消すように呟く。
二の腕を擦りながら羽織を手繰り寄せて肩にかけ、幻太郎は卓上で光るスマートフォンに目を遣った。
『たすけて』
陽葵からのチャットだ。どういう事だ?またトラブルにでも遭ったのだろうか。
あの凛とした彼女が助けを求めるとは、些か尋常では無い。
幸い、電話にはツーコールで出た。
「何か事件ですか?俺に出来ることは?」
焦らせないよう、慎重に話しを進める。
『今すぐ、来て欲しいの』
陽葵が言い終わらないうちに、荷物を掴み家を飛び出した。
「風呂サンキューな。なあ、なんか着るもんねえか?」
着ていたものは下着まで洗濯されてしまっているので、仕方無く全裸でリビングに戻ってみる。
隠しても意味が無ぇ。
何も用意して無い方が悪い。
「だ、帝統、そのままで出てこないで……」
目を逸らして慌てている様になんだか可笑しくなって、わざと近くに寄る。
ソファに腰掛ける陽葵の前に恭しく跪いて、手を取る。
「なあ。こっち見ろよ」
どうしてそんな事を言ったのかは自分でも解らない。
ただ、顔を背けられたのが気に食わなかった。それだけだ。
「帝統……?」
戸惑う瞳を真っ直ぐ見据えて顔を近づけると、ふわりと甘い香水の香りがした。
——ああ。今すぐこいつにキスしてえ。
視界と、頭と、心臓が、どろどろにとろけそうだ。などと言ったら、自分のダチは悦んでメモを取るのだろうか。
風呂上がりだからでは無い掌の熱を薄い肩に移して、吐息を吐く。
「なあ、キス。していいか」
駆け引き?そんなモノは博打でもしねぇ。
それに。こいつとの間に、そんな生臭いモノは要らない。
「だ、帝統?ちょっと待って」
「待たねぇ」
待っている間に、誰かに盗られてしまうかもしれない。あのシンジュクの、アイツとかに。
別の男とそういう仲になってしまう陽葵を想像して、喉の奥が焼けそうに熱くなる。
「陽葵。俺は、待てねぇ」
小さな唇に噛み付くと、視界がぐにゃりと歪んだ。
どうしてこうなったんだっけ?!
全裸で胸に凭れ掛かる男の股にクッションを押し付け、横にあったブランケットを掛けてやる。
「んー!よし」
何も良くは無いのだが、一応ピンチは免れたという事にした。
素早く頭を回転させる。
『たすけて』
片手でチャットを打って数秒後、幻太郎から連絡が来てスピーカー通話にする。
『帝統が倒れちゃった。今すぐ、うちに来て欲しいの』
熱があるみたい。と言うより先に、走っているだろう音がスマホから聴こえてくる。
頼りになる友達だ。
乱数も直ぐ来るだろう。
なんせ、リビングは監視されている。
先程の事件には目を瞑ってくれるだろうか。いや、それどころではないな。
ふうと溜息を吐き、胸の中で苦しんでいる男の髪を撫でる。
「髪、乾いてないじゃない」
——これは、言い逃れ出来るのだろうか。