テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
そあふぃー
494
28
あの日、ゴミ捨て場へ向かって脱兎のごとく逃げ出してからの数日間。
柊吾はずっと、胸の奥を重く押し潰すような罪悪感と不安を引きずっていた。
『黒瀬瑞樹』
画面に並ぶ緑色のトーク画面。LINEを送れば、瑞樹からは今まで通り普通に返信が返ってくる。デイサービスに関する相談や母の様子について尋ねれば、いつもと変わらず丁寧で的確なアドバイスをくれた。
けれど――瑞樹はあれ以来、ベランダに一度も出てこなくなっていた。
以前なら、真理子を寝かしつけた後の時間、静かにサッシを開ければ隣の気配を感じることができたのに。約束していたわけでもない。それでも、柵越しに交わすわずか十数分の会話が、いつの間にかかけがえのない時間になっていた。
部屋の中からはわずかに生活音が漏れ聞こえてくるから、いないわけではないのだろう。それなのに、なぜ出てこないのか。
夜、ベランダへ出ては隣の柵を確認し、誰もいない暗闇と湿った夜風だけを浴びて、またトボトボと部屋に戻る。そんなことを毎晩のように繰り返していた。自分でも呆れるくらい、懲りずに。
(LINEは返ってくる。でも……なんで出てこないんだろ。やっぱり、あんな不躾な態度を取ったから怒らせたのかな。……嫌われたのかな……)
そんな不安が、日増しに大きく膨らんでいく。
考えれば考えるほど、頭の中が瑞樹のことで埋め尽くされていく。
あの低く穏やかな声。眼鏡の奥で静かに細められる目。何を言っても責めず、急かさず、ただ静かに聞いてくれる姿勢。四年間、誰にも頼れずに一人で背負ってきた重荷を、初めて「大変でしたね」と受け止めてくれた人。
それなのに——柊吾の頭の中にはもう一つの瑞樹の像が、どうしても重なって離れない。
画面の中で誰かを抱いている男。あの声と、あの手と、あの目が、自分をぐちゃぐちゃにしていくイメージ。
(やめろ……考えるな)
頭を振っても、消えてくれない。
別人だと思いたかった。ずっとそう思い込もうとしていた。なのに、あの夜から——自分が勝手に変換してしまっている。あの声を聞くたびに、あの手を見るたびに、脳が「あの動画の男」と繋げてしまう。「柊吾さん」と呼ばれるたびに、背徳感と羞恥が津波のように押し寄せてくる。
全部、自分のせいだった。
だから逃げた。だから避けた。
なのに——嫌われたかもしれないと思うと、胸が痛くて仕方がない。
(……っていうか、避けたかったはずなのに、なんで僕、こんなに気にしてんだよ……)
怖いから遠ざけたい。でも遠ざかると苦しい。近づけば羞恥で死にそうになる。でも嫌われるのは嫌だ。どこにいても苦しくて、どこにも逃げ場がない。
自分の矛盾した行動に対する自己嫌悪も合わさり、柊吾の気分はどこまでも鬱々としていた。
コメント
1件
うわああ柊吾くんの心情がぐちゃぐちゃで胸が痛いよ〜😭💔 逃げ出したくてベランダに出ないのに、いざ出てこない瑞樹さんに嫌われたかもって不安になるの、めっちゃわかる…!自分でも矛盾してるって自覚してるところがリアルすぎて苦しい。LINEは普通なのにベランダに来ないって、なんかそういう距離感の変化がじわじわ来るんだよね…。次、どうなっちゃうんだろう、続きが気になりすぎる!