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「柊吾ぉ」
ソファでテレビを見ていた真理子が、ふいにこちらを振り返った。
「なんか最近、ぼーっとしてることが多いわね。……好きな人でも出来たの?」
「っ、ち、違うよ! そんなんじゃないから!!」
反射的に否定する。顔が熱くなるのを感じながら、柊吾はわざとらしく目を逸らした。
「そう?」
真理子はしばらく柊吾の顔をじっと見つめてから、ふふっと小さく笑った。
「でも、気になる人はいるのよね?」
「……」
口を開こうとして、止まった。
違う、と言おうとした。ただの隣人だ、と。助けてもらっただけだ、と。
でも——言葉が、出てこなかった。
(……気になる、か)
「気になる」という言葉が、頭の中でゆっくりと反響する。好きとか嫌いとか、そういう話じゃなくて。ただ、頭から離れない。声が耳に残る。ベランダに出るたびに隣を確認してしまう。嫌われたかもしれないと思うと、胸が痛い。
それって——。
「……別に」
絞り出した声は、自分でも分かるくらい弱かった。
真理子は何も言わなかった。ただ、生温かい目でしばらく柊吾を見つめてから、また静かにテレビの方へ視線を戻した。
その横顔が妙に満足そうに見えて、柊吾はいたたまれなくなり、テーブルの上に置いてあった紙をバサッと手に取った。
「え、ええっと……明日の持ち物の確認、しとかないと。上履きに、着替え一式に、連絡帳……」
『総合介護施設 おひさま・ご利用案内』と書かれたプリントを、食い入るように見つめる。文字なんてまったく頭に入ってこないのに、指先で項目をなぞって必死に誤魔化した。
(普段はとんちんかんなことばかり言うくせに、なんでこういう時だけ変に鋭いんだよ……!)
プリントで真っ赤な顔を隠しながら、柊吾は内心で母に毒づいた。
胸の奥でドクドクと鳴る心臓の音が、自分でもうるさいくらいだった。
(……気になる人、か)
真理子の追及から逃げるように自室へ戻っても、その言葉が頭の中で何度も何度もリフレインしていた。
「好き」なんていう甘酸っぱいものじゃない。ただの隣人。助けてもらった恩人。それだけのはずなのに。
あの日、ゴミ捨て場へ向かって脱兎のごとく逃げ出してしまった後悔と、数日間ベランダに出てこなかった瑞樹への焦燥感。
謝りに行った部屋で、お茶を淹れてくれる瑞樹の横顔から目が離せなかったこと。
「一番すごいと思うのは柊吾さんです」と言われた瞬間、胸の中が信じられないくらい明るくなったこと。
これまでの自分の行動や、浮き沈みしていた感情のすべてが、「気になる」というたった一言に吸い込まれていくような気がした。
(……もし本当に、僕が黒瀬さんのことを……)
そこまで考えて、柊吾は弾かれたようにベッドの上で首を振った。
(ありえない。ありえないだろ! 相手は男だし、そもそも黒瀬さんはしっかり働いてる介護士で、僕はただの引きこもり……)
自分と瑞樹の差を突きつけられるたびに、胸の奥がチクリと痛む。
もし母の言う通り、自分があの人を「気になる」のだとしたら。この感情は、一体どこへ向かえばいいのだろう。
答えの出ない問いを抱えたまま、柊吾はその夜もなかなか寝付けない目を閉じた。
目を閉じてもなお、あの穏やかで低い声が耳の奥に残っているような気がして、柊吾は敷布団の中で深く、深く溜息をついた。
コメント
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お疲れさま〜!!第28話、読んだよ〜🌸 柊吾くん、ついに自分の気持ちに気づき始めたね…!!「気になる」って言葉にドキドキして、逃げようとしても頭から離れない感じ、めっちゃわかるよ〜😭💕 真理子ママの鋭さと生温かい目も最高だったし、プリントで顔隠す柊吾くんが可愛すぎて悶えた…!! 引きこもりと介護士っていう立場の差に悩む姿も切なくて、続きが気になって仕方ないよ〜📖✨ 次回も楽しみにしてるね!!
そあふぃー
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