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エマ
302
椥守 蕊月
36
みーる
88
51
ザァァァ……。
放課後の下駄箱。
外は見事なゲリラ豪雨で、灰色の雨幕が地面を激しく叩きつけていた。
「うわ、最悪……。完全に油断してた」
カバンの中をいくらかき回しても、折りたたみ傘は見つからない。他の生徒たちが次々と傘を広げて帰っていく中、私はただ立ち尽くすしかなかった。
「……何してんの」
背後から、低くて聞き馴染みのある声。振り返ると、カバンを片手に持った蒼が、いつも通り気怠げに立っていた。
「あ、蒼。雨すごくて、傘忘れちゃって。お母さんに迎えを頼もうか迷ってて……」
「いいよ、そんなの。俺のに入れば」蒼はそう言うと、手元にあった大きめの黒いビニール傘をパサッと広げた。
「えっ、でも、学校の周りで2人で歩いたら……」
「こんな雨だし、誰も見てねぇよ。ほら、行くぞ」
蒼はめんどくさそうに頭をかきながら、私の腕を引いて傘の中へと招き入れた。一歩、外へ踏み出す。バチバチと傘に当たる雨音が、私たちの沈黙を埋めてくれる。
ひとつの傘に入ると、驚くほど蒼の存在が近かった。すぐ隣から伝わってくる体温。肩が触れそうな距離に、心臓がうるさいくらいに跳ねる。
「……紬」
「ふぇっ!? な、なに!?」
変な声が出てしまい、慌てて蒼を見上げる。蒼は少し呆れたような目で、私の右肩を見つめていた。
「お前、外側行きすぎ。制服濡れてんじゃん。もっとこっち寄れ」
「でも、そうしたら蒼が濡れちゃうよ」
「いいから」ぐいっ、と強い力で肩を引き寄せられた。蒼の広い胸の近くに、私の体がすっぽりと収まる。彼の制服から香る、清潔な柔軟剤の匂いが鼻先をくすぐった。近すぎて、息ができなくなりそう。
(……学校では、あんなに遠いのに)
女子たちに囲まれて遠くにいる蒼を思い出す。
今こうして腕を引かれているなんて、夢みたいだ。
うれしくて、でも切なくて、私は泣きそうな気持ちをごまかすように傘の柄を握りしめた。家の前までたどり着き、私たちはようやくお互いの体を離した。
「送ってくれてありがとう、蒼。……あれ? 蒼の左肩、ビショビショじゃん!」
見ると、蒼の左半分は雨で完全に色が変わっていた。私を濡らさないように、ずっと傘を右側に傾けてくれていたのだ。
「風邪ひいちゃうよ。本当にごめん……!」
焦る私をよそに、蒼は濡れた前髪を無造作にかき上げ、めんどくさそうにふっと笑った。
「別に。……お前が風邪ひくよりマシ」そう言い残して、蒼は「じゃ」と素っ気なく自分の家へと入っていった。
バタン、と閉まるドア。私は赤くなった顔を両手で覆いながら、激しく脈打つ胸を抑えるしかなかった。
――でも、この時の私はまだ知らなかった。自分の家に入った瞬間の蒼が、壁に背中を預けて、限界を迎えたように深くため息をついていたことを。
「……あんなに近くにいて、よく平気な顔してられるな。マジで心臓に悪い」
赤くなった耳を押さえながら、蒼が誰にも言えない独占欲に身悶えしていたなんて、やっぱり私は気づいていなかった。
コメント
11件
ああ、めちゃくちゃ良かったです……! 雨の日に傘に入れるって、それだけで胸がきゅっとなるのに、蒼の「お前が風邪ひくよりマシ」が刺さりました。紬ちゃんが気づかないところで蒼が一人で心臓バクバクさせてるのも、もうたまらないです。両片思いのこのもどかしさ、大好きです。続きが気になって仕方ない……!