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「では、契約書はこれで」
「はい、ありがとうございます」
ラミア族との模擬戦から10日ほど後―――
私は町の御用商人の館で、カーマンさんと
新たな契約を交わしていた。
セッケンの代用品、ムクロジの実……
こちらでは『アオパラの実』と呼ばれる物の
取引についてだ。
本来、ラミア族の利権というかエイミさんたちが
持ち込んだ資源と知識なので―――
商人との取引を彼女たちに勧めたのだが、
ラミア族『ドラゴン様の指示に従います』
アルテリーゼ『どうしたものか、メルっち』
メル『ここはやっぱりぃ~……♪』
……という事で、全責任と権限を一任され、
私が『アオパラの実』に関しての商売や
交渉を代行する事となった。
ただし、ラミア族にとってもお金は、
人間と取引するにあたって多く持っておくに
越した事は無いので―――
利益の1割は手数料として自分がもらい、
9割はラミア族へいくよう調整している。
「そういえば、シンさんはラミア族と訓練場で
戦ったとか……
ぜひ見たかったですなあ」
「ハハハ……
まあ、子供たちには不評でしたけどね」
エイミさん・タースィーさんとの試合が
終わった後、観客たちはそれなりに拍手と
歓声を送ってくれたが、
『シンおじさん、何もしてねー』
『壁壊しただけー』
という心ない言葉をお子様どもから送られ、
複雑な気分になった。
「えーと……
それは何と言いましょうか―――」
「あ、いえ。
別にお気になさらず……
それはそうと、商売のお手伝いをさせている
人たちは、うまくやってますか?」
この世界、魔法が前提だが―――
当然、商売がある以上は頭脳労働も必要な
時がある。
読み書き、計算、手続き、書類整理など、
こればかりは魔法では出来ない。
ミリアさんのような記憶魔法はともかく、
それだって計算とは別物だ。
そこで、事務処理に長けた人を選出、
ギルドや町で身元保証をさせて、
カーマンさんのところで働かせる、
という事も雇用対策としてやっていた。
「ええ、それはもう!
シンさんのおかげで、商取引する品物の
種類も拡大しておりますし……
この前も魚醤用の壺を1千個も注文して頂いた
おかげで、臨時に運搬役を募集するほどでした。
しかし、こうまで人手不足になるとは思いも
しませんでしたよ。
ましてや、今では冒険者ギルドに護衛や
力仕事以外の依頼だって出来ますからね。
これは非常に画期的な事です!」
冒険者ギルドのイメージもかなり好転したので、
依頼内容も簡単な物や荒くれ者前提の仕事では
なく―――
いわゆる知的労働も頼めるようになったのである。
ただこれはどちらかというと、労働の質は
もとより、信頼性の部分も大きいと思う。
「しかし、人手不足といえば―――
新規開拓地区の方は足りておるのですかな?」
「そっちは何とかなってます。
ちょうどこの前、町の人口が900人を超えた
とかで……」
子供を預けているだけの人たちも、
仕事があるのならと、ここを拠点として
移ってくるようになったので、今のところ
町の拡大開発も順調だ。
問題はその開発が終わった後の雇用対策だが、
それはその時考えよう。
カーマンさんは書類をトントン、と揃えると、
「では、シンさん。お疲れ様でした。
それではわたくしはこれで」
心無しか、どこかウキウキしているような
カーマンさんが気になり、
「お疲れ様でした。
……あの、何かいい事でもあったんですか?」
「いやいやいや。
この町で仕事が終わったんです。
つまり、この後は―――
お風呂が! 足踏み踊りが!
そして冷やしうどんが!!
他にも冷たい料理が……!
もうわたくし、今年の夏はずっと
この町で過ごしたいくらいですよ!」
そういえば、氷魔法の使い手も―――
ファリスさんの知人が加わった事で、
氷がふんだんに使えるようになったんだっけ。
私は、心の底から嬉しそうにしている
カーマンさんに挨拶して、契約書を手に
退室した。
「あのー、女将さん。
また人数分の食事の配達を―――」
宿屋『クラン』に到着すると、夏の日暮れは
長いながらも、薄闇に近付いており―――
外灯の魔導具が辺りを照らし始めていた。
クレアージュさんに夕食の配達を頼もうと
店の入り口をくぐると、
「あ、シンさん!」
「こんばんはですー!」
赤茶の髪を後ろにまとめ、いわゆるポニーテールに
しながらも、大人びた雰囲気、細面の女性と、
肩に届く程度のミディアムショートヘアー、
ボリュームの少ない髪形と小さな丸顔が
ボーイッシュな印象の女性が店内から
駆け付けてきた。
「こんばんは。
スーリヤさん、ラムザさん」
赤茶の髪の人がスーリヤさんで―――
ライトグリーンの髪をした、まるで少年とも
思える面持ちの人がラムザさんだ。
ファリスさんの知り合いで、2人とも20代半ば。
あのラミア族との模擬戦の2日後、町へ到着した。
スーリヤさんは水魔法も同時に使え、巨大な氷柱を
その場で作り出す事が出来る。
しかし、小さく作る事や細かな作業は向いていない
との事。
ラムザさんはある程度温度調節が可能で―――
ゆっくりと全体の室温や物の温度を下げる事が
出来るので、氷室の維持や出来た料理の温度を
下げるのに最適だ。
(もちろん氷も作れる)
これで町にいる氷魔法の使い手は3人となり、
ファリスさんの負担も大きく減る事に。
そして何より助かったのは―――
「あの、ラミア族のチビちゃんたちですけど……」
「おかげさまで今は落ち着いています。
1日1回、パックさんの回診もありますし。
本当にちょうどお2人が来て助かりました」
実は、ラミア族の子供たちが次々と体調不良に
なってしまったのだ。
町に到着後、栄養状態を改善してからしばらくは、
何事もなく過ごしていたため―――
当初は子供特有の発熱か何かかと思っていた。
ただ、大人のラミア族に話を聞いたところ、
『陸上は少々暑過ぎます』との意見が出て……
そこで思い出したのが、もともとの彼女たちの
住処、湖の水中洞窟の存在。
水に囲まれた土地、あるいは閉ざされた空間と
いうのは、温度変化の影響を受けにくい。
つまり天然のエアコンの中で生活していたような
もので、夏真っ盛りの地上は彼女たちに取って、
かなり厳しい環境といえた。
パックさんの話では、来た当初は食事による急速な
体力回復と、氷やプールも使える状況だったので、
気付くのが遅れたのだろう、との事だった。
「今は屋敷の大きな方の浴場を水風呂に
してますから―――
何よりお2人のおかげで、氷がふんだんに
使えるようになったのがありがたいです」
食べ物が傷みやすい季節なのと、熱中症対策も
あるので、氷はいくらでもあった方が安心だ。
ラミア族を宿泊させている部屋一つ一つには、
50cmくらいのブロックにした、例の木くずを
混ぜた氷を常時配置していた。
町の子供のいる家庭も、同様の措置を取っている。
「そういえばファリスさんは?」
「東地区の氷室の様子を見に行ってます。
そろそろ戻ってくるかと」
するとそこへ、厨房からクレアージュさんが
パタパタと履物の音をさせてやってきた。
「アンタかい。
子供たちの具合はどう?
あと、あのアーロンって子も。
念のため、お粥を冷ましたのも用意して
いるけど……」
まずは心配そうに子供たちの事を聞いてくる。
「アーロン君ならすっかり回復しました。
ラミア族の子供たちについては、今はなるべく
日中の活動は避けさせているので……
パックさんの話では、急激な環境変化について
いけなかっただけで―――
もう少し外の空気に慣れさせれば、順応していく
だろうとの事です」
それを聞くと女将さんはフゥ、と一息つき、
「薬師様がそう言うんじゃ大丈夫そうだね。
じゃあ今日は、冷やしうどんに白身魚のフライ、
ボーアのカラアゲ、湯がいた葉物―――
病人用に例のお粥を持っていくよ」
「いつもありがとうございます。
では、私はこれで……」
クレアージュさんに頭を下げると、改めて
スーリヤさん、ラムザさんに挨拶し……
私は宿屋を後にした。
シンが去ってから30分ほどして、ファリスが
入れ違いに『クラン』へとやってきた。
「あー疲れた。
何か食事……」
「あら、お疲れ様」
「お帰りー、ファリス」
同じ氷魔法の使い手であり知人の出迎えに、
彼女は片手を振って応える。
「あれ? スーリヤにラムザ。
何でここに?」
ファリスの問いに2人は同じテーブルに座って、
「魚の骨を煮たスープ?
ダシっていうのを片っ端から冷やして
いました」
「それで食事をタダにしてもらえるですよ!
町へ来てからいろいろ食べたけど、ここが
一番美味しいのです!」
2人の話を聞き、ファリスはテーブルに顔を
つっぷして、
「もー、お金ならたくさんもらってんでしょ?
相変わらず食い意地がはってるってゆーか」
そんな彼女を見て、スーリヤとラムザは
両目を閉じ、
「確かに破格の待遇でしたからね。
契約書を見た時は本気で目を疑いました……」
「月に金貨8枚ってスゲーと思ったです!
でも、それがシンさんと町から別々に支給
されるって聞いて……
月に16枚支給って、耳を疑ったですよ」
(※金貨1枚=約2万円。16枚で32万円)
そこへクレアージュがやって来て、テーブルの上に
料理を置く。
「はい、今日もお疲れ様。
今晩の賄い料理だよ」
3人分の料理が置かれ、ファリスは
女将を見上げる。
「アレ? アタシまだ注文してませんけど」
「どうせ『同じの』って言うんだろ?
いつもそうじゃないか」
中年女性の言葉に、若い2人はプッと吹き出す。
「確かにねー。
じゃあ、さっそく頂きましょう!」
「あ、女将さーん。
お酒も追加でー」
「はいはい」
そして3人組は、料理に手を付け始めた。
「……で、どう?
もうこの町には慣れた?」
ある程度食べたところで、ファリスは他の2人に
近況を聞く。
「慣れたといいますか、ある程度流せるように
なったといいますか」
「まだ10日も経ってないのに……
これだけ濃い体験をしたのは始めてです」
スーリヤやラムザより半年ほど前に町にやってきた
彼女は、ウンウンとうなずく。
「でも、各支部に通達を出してもらったのって、
二ヶ月以上前って聞いたのに。
どうしてこんなに遅れたの?」
すると2人は顔を見合わせて、
「だって、あの条件でしょ?
ギルド経由だったけど―――
いくら何でも騙されていると思って」
「そうです!
だから最初は、ファリスの救出も考えて
この町に来たです!」
彼女たちの言葉にファリスは苦笑し、
「で、どうだった?」
聞き返されたスーリヤとラムザは神妙な
面持ちになり―――
「ファリスが帰ってくる前に、シンさんと
会いましたが……
わたしたちの仕事について、
『助かった』、『ありがたい』と言われました」
「初対面の時から礼儀正しい人とは思ったですが、
今までの雇い主、依頼人とは全然違うのです」
過去の自分たちの扱いを思い出したのか、
3人組はそろって視線を下に落とした。
「攻撃魔法に使えない氷魔法の使い手
なんて―――
夏場以外、これといった仕事が
もらえなかったもんねー」
「それが月契約、それも長期ならさらに宿代とか
いろいろと便宜を図ってくれますって……」
「あたいも一番長期の契約にしてもらったのです。
ていうか、もうここ以外で働きたくないです」
残りの料理を頬張りながら、3人は現状について
確認し合い、そして酒を喉に流し込んだ。
同じ頃―――
シンの屋敷ではすでに夕食を終え……
今後の方針を決めるために、ラミア族の代表を
交えて話し合いが行われていた。
「狩りはどうでしょう。
何か獲れました?」
ラミア族はあの模擬戦の後―――
ジャンさんから、『実力は十分に見た』と
お墨付きをもらい、
・魔狼ライダーと行動を共にする事
・魔狼が危険と判断した場合はすぐに引き返す事
この2つと、子供たちの世話役として大人2人を
残していく事を条件に―――
町周辺での狩りを認められた。
「あまり大きな獲物がいないようなので、
勝手が違うと言いますか」
「今日のところはファングラビットと、
ちょっと大きなアナグマが獲れたくらいです」
そんな感じか。
小動物やそこそこの大きさの魔物は、
私も見た事あるしな。
「そーいえばシン、カーマンさんとの話は?」
メルの質問で、それも話さなければと思い出し、
私は契約について説明し始めた。
「……という事で、『アオパラの実』の契約は
無事結ばれました。
これで独自の収入の道が開けた事になります。
自由に買い物をしたり、故郷へ品物を送るなり
出来るように―――」
しかし、代表であるエイミさん、タースィーさんは
きょとんとして首を傾げる。
今まで物々交換がメインだったところへ、
突然貨幣経済を持ち込んだら、まあこうなるか。
それに、本格的に人間との交流をした歴史は
無いのだ。
購入するにしろ、まずは人間との生活を経て、
欲しい品物が出てきてからになるだろう。
「あと、子供たちについてですが―――
パックさんの話では、順応はしていくだろうが
しばらく安静に、との事です」
「それについては、大きな浴場を水風呂として
使わせて頂き、助かっております。
息子も、すっかり元気になりました」
タースィーさんが深々と頭を下げる。
そういえば男の子は母親の付き添いが条件
だったし、彼女はすでに一児の母なんだよな。
エイミさんとあまり年齢が違わないように
見えたから、失念していた。
「……あれ? 男の子って2人だけでしたよね?」
男の子の付き添いで母親が来るという
話だったけど、エイミさん以外に成人女性が
確か3人いたはず。
「あ、一人は女の子の母親です。
ただまだ乳児なので……」
あー、それも確かに性別関係なく、母親は
必要だな。
こうしてみると、自分もまだまだ状況を把握
出来ていないと認識する。
「それとあの、お金や約束事のお話に
つきましては―――
長である父やお母さんと一度話し合ってから、
何を買うのか決めたいと思います。
特にアタシのお母さんは人間なので、
欲しい物はあるかと」
エイミさんの答えに、妻2人が口を挟み
「ん~……
でも、この町にある目新しい物って、
たいていシンが考えたり作ったりした
物だし」
「母上が欲しがるかどうかは微妙よの。
存在自体、知らぬと思う」
「ピュ」
メルとアルテリーゼの指摘に、どう答えたら
いいのかわからない、という顔をする2人に
私が口を開く。
「ま、まあ……
もしわからないならそれはそれで、
私の方で見繕いますから。
それにラミア族からは、湖で獲れる魚介類とかも
取引したいと思っていますので」
「さ、魚であれば―――
いくらでもご用立て出来ると思います。
ラミア族は、基本的にそれが主食でしたので」
私はふと、町での水路養殖を思い出し、
「生きたまま、というのは難しいですか?」
「生け捕りですか……
それほど大きなものでなければ、可能だと
思います」
「そういえば、魚を取る罠魔法とか
ありましたよね?
もしラミア族に適性がある者がいれば、
導入してみたいのですが」
そこで、今度湖近くの村へ行く時に私が
同行する事、罠魔法の指導などを話し合い……
夜は更けていった。
「おう、シン。
呼び出してスマンな」
翌日の昼―――
まずは午前中の漁を済ませて町に戻った私は、
ギルドの支部長室へ顔を出していた。
いつものメンバー、レイド君とミリアさんの横で
いろいろと荷物をまとめているジャンさんを見て、
否が応でも旅立ちの支度だと認識する。
「どこか出掛けるんですか、ギルド長」
「ちょっと前にギルとルーチェに、
『創世神正教・リープラス派』への質問状を
持たせて王都に送っただろ。
んで2人とも帰ってきたんだが―――
ギルド本部から呼び出しをくらってな」
ギルド長を呼び出し!?
何か重大な事でもあったのだろうか。
それとも創世神正教が何か反撃を……
私の表情を察したのか、ジャンさんは片手を
垂直に立てて振って、
「あー、ヒュドラの件についてだとよ。
何か俺に聞きてぇ事があるって話だ」
ヒュドラについてか……
まあ、倒したのは実質ジャンさんだし、
その事について聞くのなら確かに彼が適任だ。
「それでギルド長不在の間、レイドがまた
代理を務める事になりました」
「シンさんが残ってくれるのなら―――
不安は無いッスけどね。
何かあったらシンさんに任せれば全て
解決って感じで……」
レイド君の軽口にミリアさんがヘッドロックを
仕掛け、私とギルド長は苦笑する。
「しかし、ちょっと困りましたね。
そろそろ新規開拓地区の開発の目途が
立ちそうだったので……
どの地区をどの用途で使うか、意見を
聞きたかったのですが」
周囲を囲む防壁と、各地区を行き来する石橋が
8割ほど完成し、後は細々とした作業を残す
のみとなっていた。
魚の養殖用水路や、農地を拡大させる事は
決まっていたのだが―――
人口流入があまりにも急だったので、とにかく
先に開拓地区を、となっていたのである。
ある意味見切り発車もいいところだが―――
雇用対策の意味もあったので、半ば仕方のない
事でもあった。
「あーそれなんだがな。
悪いが町とギルドの話し合いで決めさせて
もらった」
そう言うと彼は一枚の紙を取り出し、
それをテーブルの上に広げて説明を続ける。
「メルの水魔法での巨大化が見込める事から、
魚の養殖用水路は西側地区の南に―――」
次いで、レイド君とミリアさんも加わる。
「あと魚の内臓が魔物鳥『プルラン』のエサに
なる事から、産卵施設もそっちになるッス」
「後は野菜や珍しい果樹も西側で、東側は
小麦や米、穀物類の専用地区にするつもりです」
「なるほど……
もうここまで考えていたんですか」
東側を農地とし、西側はそれ以外とする―――
なるほど、大まかに専用地が分かれるだけでも
かなり効率的だ。
「これは、クーロウ町長代理と?」
「ああ。俺や、あと町の職人たちの意見も
取り入れてある」
魚の養殖用水路が南側なのは、当然下水道を
通す必要があり―――
衛生面から考えても、下流に一番近くするという
理由を聞かされた。
「ふむ。かなり考えられているんですねえ」
「まあ後は……
もし養殖施設でまた何かあっても、
シンのところで食い止められるし……」
ジャンさんは露骨に視線をそらし、同時に血が
つながっているかのように、若い男女も動きを
同調させる。
だけど、そもそも養殖や巨大化を導入したのは
私だしなー……
それについては何も言えない部分もある。
「し、しかし―――
これが完成すれば、少なくとも食料問題は
落ち着きますよね?
後は住宅問題くらい、ですか」
ギルド長は地図の町本体のところを
トントン、と叩き、
「それについては、新規に食料専用地区を作る
代わりに、今ある南側の農業地区をある程度
縮小して―――
そこを住宅地にあてる予定だ。
お前さんが言っていた教育施設もな。
ま、詳しい事は帰ってきてから話すからよ」
「そうですね。
あと、『リープラス派』の動きの方も
お願いします」
「おう、もちろんだ」
こうして私は冒険者ギルドを後にし―――
午後の猟を始める事にした。
「ん~……」
ジャンさんが王都へ旅立ってから数日後―――
私は、ラミア族の湖の近くにある、例の村へと
やってきていた。
罠魔法の指導と称した、魚の生け捕り用の道具の
使い方と、その使い手の『選定』のためである。
男女比率が偏っているとの事なので、男性2名、
女性6名の編成で教えることにして……
取り敢えず食べられる・食べられないに関わらず、
獲ってきてもらったのだが、
「これは?
食べられますか?」
「いえ、それは毒魚です。
どうも血に毒があるらしく、下手に傷付けると
大変な事に」
タナゴやハゼ、マス、サケのような魚もおり、
その中でひと際目を引いたのが―――
「うわ、コレ魚?」
「蛇ではないのか?」
メルとアルテリーゼも見た事が無いのか、
気持ち悪そうな目で見る。
にょろにょろと蛇のように動き、頭の近くに
ヒレを持つ―――
地球でいうところの『ウナギ』だ。
「あ、あのう……
食用に関わらず、何でもという事でしたので」
持ってきてくれたラミア族の女性が、
申し訳なさそうに口を開く。
「いえ、それはこちらの頼んだ通りですので
大丈夫です。
あとこれ―――
食べる方法はありますよ。
故郷では普通に食べていましたし」
「「「えええっ!?」」」
話を聞いていた周囲の村人たちも驚いたのか、
一斉に驚きの声を上げる。
そこで見よう見まねだが―――
ウナギをさばいて食べてみる事になった。
「ん~っ、何コレ!?」
「こんなに美味しくなるんですか、アレが!?」
かば焼きにして、みなさんに食べてもらったの
だが、なかなか好評のようだ。
血は毒と聞いているので、血抜きと開いた後は
念入りに手を洗い―――
またタレなどというものは無いので、煮詰めた
ダシと塩、それにメープルシロップを混ぜて
味を調整してみた。
つけてから焼くので、量はそれほど必要と
しなかったが……
『魚を甘くするの!?』
『いくら何でもそれは無謀じゃ!』
と妻たちにも反発され―――
別の意味で料理に苦労した。
「甘いのとしょっぱいのが混ざって……
何とも言えない味です」
もちろんタレは地球のそれとは遠く及ばないが、
これはこれで受け入れられているようだ。
「それに、このキモ焼きというのもなかなか
イケます」
「このような珍味を、今まで見逃していたとは」
ついでにキモ焼きも作ってみた。
もっとも、当然これも実際に作った事はないので、
浮袋やキモ以外と思われる部分を全部切り落として
やってみたのだが。
妻や村人たちは匂いからしてダメなのか、
キモ焼きには手を付けなかったが、エイミさんや
タースィーさん、ニーフォウルさんなど、
ラミア族の方々には好評のようだ。
「この魚―――
湖にはいっぱいいるんですか?」
「それなりにはいると思います。
ですが、あのヒュドラの襲撃で数は少なく
なっているかと」
長のニーフォウルさんの話では、やはり湖の
生き物の数は減少しているらしい。
それなら数を確保する事は出来ないな……
などと考えていると、メルとアルテリーゼが
両側から肩をつついてきて、
「(ねー、シン。
ナマズのように巨大化させちゃうのは?)」
「(シンの能力なら、たいてい無効化出来て
しまうであろう?)」
私は軽く首を左右に振り、
「(この魚は、私がいた世界でも割と大きく
なるんだよ。
ナマズは手足が生えて怪物化したので、
その部分は無効化出来たけど……
もし単純に巨大化だけしたら)」
そこで私は妻たちの顔を見て、
「(まあ大丈夫か)」
「(大丈夫でしょ)」
「(ナマズの時は驚いたが、我もいるしのう)」
と、夫婦間で合意が成され―――
さっそく町で実験という名の企みが行われる
運びとなった。
「1匹だけなら、どんなに巨大化しても
問題は無いでしょう」
「倒した後の浄化はお任せください」
それから3日後―――
私は妻たち、そしてパック夫妻と共に、西側の
新規開拓地区の養殖施設にいた。
ギルド長代理となったレイド君に事情を話し、
このメンバーで担当する事を条件に、実験の
許可を得たのだ。
メルの水魔法で飼育してから、今日が巨大化するで
あろう日になるが……
「む、シン!」
「パック君!」
配置に付いていたドラゴン組が、夫を呼ぶ。
水槽を覗いてみると―――
全長8メートルほどの大蛇のような大きさに
なったウナギが、中でうねっていた。
「うわ、でっかい」
メルも率直に感想を述べる。
だが、大きくなっただけなら何の問題も無い。
誰にとどめを刺してもらうか迷っていると、
「えっ?」
「お?」
「むむぅ!?」
妻たちが一斉に驚きの声を上げた。
同時に、視線が上を向く。
見ると、巨大化したウナギが―――
そのエラと思われる部分から水を勢いよく噴出させ、
上空に浮かび上がっていた。
「シンー、これもシンの世界にいた?」
「いやいないから」
メルの質問を速攻で否定する。
イカが水噴射で空を飛ぶ、というのは知識として
あるが―――
それは小型の生き物が外敵から逃げる手段であり、
少なくとも目の前のそれは該当しない。
多分、水中で速度を出すために使っていたので
あろうが、どちらにしろ……
「水を噴射して飛ぶウナギなど、
・・・・・
あり得ない」
私がそう断じると同時に、浮かんでいたウナギは
水槽に落ち、大きな水柱を上げた。
「私がとどめ刺してもいいんだけど、
どうしよっか」
メルが槍を構えながら相談してくる。
だけど血は毒なんだよなー。
どの段階でパックさんに浄化してもらおうかと
悩んでいると、彼の方から、
「このまま倒してもらって、それから私が
水槽ごと浄化しましょう。
その後にシャンタルとアルテリーゼさんに
引き上げてもらえば」
「そうですね。
それから、解体する職人さんたちを呼んで……」
そうして手順は決まり―――
およそ数百人前のウナギが町へ配られる事に
なった。