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《日本・総理官邸 危機管理会議室》
薄暗いモニターに映るのは、青い地球と赤い軌道線。
オメガ。直径220メートル。衝突確率、11.7%。
「二桁に上がったか……。」
防衛大臣・佐伯が低く呟く。
「この数字、もう“誤差”とは言えません。」
総理・鷹岡サクラは静かに腕を組む。
「黒川先生、科学的には“確定”と見ていいのかしら。」
科学顧問・黒川教授が眼鏡を押し上げた。
「まだ観測時間が短い。三日もすれば確率はまた変動します。
発表すれば“地球滅亡”と騒がれるだけです。」
「では、報道対応は?」
中園広報官が手を挙げる。
「“観測中の天体についてはコメントを差し控える”方針で行きます。
ただしSNSでは、すでに“NASA隠蔽説”が拡散中です。」
サクラは静かに息をついた。
「情報を隠せば炎上、出せば混乱。……どっちも正しい。
でも“沈黙”が一番危険なのよ。」
危機管理監・藤原が淡々と言う。
「国を守るには、“どの段階で真実を出すか”がすべてです。
過去の災害でも、早すぎる情報開示は混乱を呼びました。」
「つまり、“出すな”と?」
「“まだ出すな”です。」
会議室の空気が重く沈んだ。
誰もが正しい――だからこそ、意見が分かれる。
《外務省 国際通信室》
外務大臣・田島が電話を握りしめていた。
「ホワイトハウスの科学顧問から再通達。“米国はすでに対策検討段階に入った”と。」
「……“検討段階”というのは、“もう動いてる”という意味だな。」
後ろで補佐官がつぶやく。
田島は頷いた。
「アメリカは“隠しつつ準備する”タイプだ。
日本が黙っていれば、世界から“何もしてない国”と見られる。」
補佐官が画面を指差す。
「ですが、国内向けには“安心を与えるメッセージ”を求める声も。」
田島は小さく笑った。
「外交も政治も、結局“言葉の使い方”だな。」
《アメリカ・ホワイトハウス/安全保障会議》
ルース大統領は資料を見ながら、補佐官に言った。
「日本政府、まだ沈黙を続けているのか。」
「はい。サクラ首相は“国民の冷静さを守るため”と説明しています。」
ルースは短くうなずく。
「彼女らしい。だが、時間は待ってくれない。
NASAには“最悪のシナリオ”を想定させろ。
……そして、JAXAにも知らせておけ。彼らは動きが早い。」
「しかし、日本政府が承認しないと――」
「構わん。科学者同士で繋げ。」
ルースの声には焦りと、どこか温かさが混ざっていた。
「政治家は嘘をつく。でも科学は、嘘を嫌う。
だからこそ、両方が必要なんだ。」
《日本・JAXA/ISAS 相模原キャンパス(軌道計算・惑星防衛)》
白鳥レイナは観測データを見つめていた。
「誤差範囲0.1度。もはや“接近確定”ね。」
部下が囁く。
「主任、政府はまだ沈黙を?」
「ええ。私たちが言っても、“国民が混乱する”の一点張りよ。」
「でも、国民には知る権利があるのでは?」
白鳥は画面を閉じた。
「“知る権利”と“守る義務”は、いつもぶつかるの。」
静かな間。
ふと、画面の隅に“暗号通信:JPN-GOV”と表示が出る。
差出人は官邸。
件名には――
“科学顧問会合・首相参加”
白鳥は目を細めた。
「……ようやく動いたのね。」
《日本・総理官邸 科学顧問室》
小さな円卓。
白鳥と黒川、サクラが向かい合って座る。
レコーダーが“ピッ”と鳴り、会議が始まった。
「黒川先生。あなたの意見は理解します。
でも、私は“何も言わない”ことの方が恐ろしい。」
黒川が答える。
「総理、科学とは“確定してから話す”ものです。
もし誤報なら、政府への信頼は地に落ちます。」
「でも、もし“確定してから”じゃ遅かったら?」
黒川は黙った。
代わりに白鳥が口を開く。
「総理。JAXAの立場としては、“観測を継続”しながら、
“説明の準備”を進めるのが現実的です。」
「“説明の準備”ね。」
サクラはメモを取りながら言った。
「国民に“恐怖”じゃなく、“理解”を渡す方法を考えましょう。」
白鳥は小さく頷く。
「そのためなら、どんな数式でも噛み砕いてみせます。」
サクラが微笑む。
「それ、頼もしいわ。政治家より説得力ありそう。」
黒川が咳払いをした。
「では、“広報文”は科学監修を前提に。」
「ありがとう。
……でも、“広報文”じゃなくて、“真実の言葉”でね。」
その一言に、二人の科学者は息をのんだ。
総理の声には、確かな意志が宿っていた。
《記者クラブ・夜》
桐生誠が原稿を書きながら、画面を見ていた。
#オメガ
#JAXA内部告発
#太陽の死角
まだデマの域だが、数字と文言がリアルすぎる。
「本当に……何か起きてる。」
デスクにいた上司が言う。
「書くな。確証がないニュースはデマと同じだ。」
桐生は画面を閉じた。
だが胸の奥では、確信が形になりつつあった。
「何かが隠されている。」
《日本・総理官邸 夜》
サクラは窓辺に立ち、静かに東京の光を見下ろした。
街は何も知らずに輝いている。
その光景が、かえって痛かった。
「……藤原、次の段階に備えましょう。
“国を守る”とは、“恐怖を抑えること”じゃない。
“恐怖に飲まれない準備”をすることよ。」
外では、冬の風が吹いていた。
その夜、誰も知らないまま、世界はまた一歩、崖に近づいた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.