家に戻ると、夕暮れの匂いが漂っていた。
玄関の戸を開けた瞬間、炊事場から母の声がする。
「こはる、おかえり。暑かったでしょ。水飲んでおいで」
「うん、ただいま…」
いつものように健太が走り寄ってきて、こはるの荷物を覗き込む。
「おいも、あった!? おいもー!」
「……ちょっとだけ、ね。あとで一緒に分けようね」
こはるが靴を脱いで縁側に上がろうとしたそのとき——
「ただいまー」
懐かしい、安心する声が聞こえた。
「……にいちゃん!」
その瞬間、こはるは反射的に走り出していた。
薄く汗ばんだ兄の作業着に飛びついて、思い切り抱きついた。
「どうした、急に?」
拓也は困ったように笑いながらも、そっと頭を撫でてくれる。こはるは離れようとせず、ぎゅっとその背中を掴んだままだった。
「……こはる、こわかったの?」
「ううん、……こわくないもん。ただ……帰ってきて、よかった……」
弟の健太も、くっつくようにして兄の足にしがみつく。
その光景に、母はそっと目を伏せ、湯気の上がる鍋の火を弱めた。
——静かな夕暮れ。
今日もまた、家族が一緒にいる奇跡に、こはるは胸の奥が温かくなるのを感じていた。
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