テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
碧斗に対して、以前と違う感情が生まれたのはいつからだったか。
親しい幼なじみとして長年彼と付き合ってきた中で、例えば彼が私に対して距離を取っているように感じたり、何かの理由で彼と会えない時期があったりもしたが、そんな時、寂しいとは思っても、切ないと思うことはなかった。
「詩乃?どうかしたのか?」
碧斗の声に我に返った。自分が今何を思っていたのか、碧斗には知られたくない私は笑顔を作る。
「何でもないよ」
「そう?なら、いいけど」
気がかりそうに私を見る碧斗にどきどきしてしまう。それをごまかすためにも何か喋らなければと頭を巡らせ、そう言えばと、まだ訊いていなかった重要なことを思い出す。
「ねぇ、碧斗。さっき、楽しそうに女の人と話してたね」
「女の人?」
碧斗は首を捻った。
ついさっき会ったばかりの人のことを、覚えていないわけがない。やや苛立ちながら、私はさっきまで碧斗がいたオブジェを指差した。
「あそこで、髪の長い女の人と喋ってたでしょ。すごく仲が良さそうに見えたから、どういう関係の人なのかな、って……」
「もしかして気になるのか?その人のこと」
碧斗はにやりとした笑みを浮かべて、私の言葉を遮った。
「べ、別に、そんなんじゃないよ」
平気な顔をしようとしたがうまくいかなかった。きっと、今の私は強張った表情をしている。そんな顔を見られたくない私は、不自然に思われないよう気をつけながら、わずかに顔をうつ向かせた。
笑いを含んだ碧斗の声が頭の上で聞こえる。
「あの人は、大学の時に俺のことをすごく可愛がってくれた先輩なんだ。偶然あの前を通ったらしくてね。いやぁ、しかし、大学を卒業して以来久しぶりに会ったけど、相変わらずだったなぁ」
「……ふぅん」
楽し気に話す碧斗の様子がなんだか面白くない。
当時を懐かしむような口調で、彼はさらに話を続ける。
「何度か先輩の家に泊めてもらったこともあったな。その時は一緒に風呂に入ったりしたっけ」
「お、お風呂も一緒に……?」
驚きすぎて声がかすれた。碧斗の思い出話は私の想像を超えていたのだ。
それは過去のことだと分かってはいる。けれど、その女の先輩と碧斗の間に何かがあったのかもしれないと思うと、胸の中がざわつく。もっと詳しく訊ねたい、でも、過去のことだからと、ぐるぐると考え始めてしまい、心ここにあらずとなってしまった。
「詩乃?」
碧斗に軽く肩を揺さぶられて、私はのろのろと顔を上げた。
「大丈夫か?」
「え?あ、うん。ちょっとぼうっとしてた」
「ふぅん?」
碧斗は意味ありげな顔をして、私をじっと見ていたが、にやりと笑った。
「何?まさか、ヤキモチでも焼いたのか?」
「そ、そんなことあるわけないでしょ。自意識過剰だわ」
すると碧斗は一瞬目を丸くしたが、すぐにくすっと笑い、私に謝る。
「ちょっとからかい過ぎたかな。ちなみに、あの人とは何にもなかったよ」
「でも、部屋に泊まったり、一緒にお風呂に入ったりした仲だったんでしょ?」
努めて平静を装いながら、私は訊ねた。
碧斗は笑いをかみ殺しながら、私にとっては驚きの事実を口にする。
ゆずき
618
914
332
「男なんだよ」
「へ?」
私はぽかんとした。
「だから、あの先輩は男なの」
「うそでしょ?だって髪が長かったし、スタイル良かったし。まぁ、胸はちょっとアレだったけど……」
「写真、見せてやるよ」
碧斗は早速スマホを取り出して、一枚の写真を私に見せる。
「ほら、この人だよ」
「髪の長い男の人だね……。でも、さっきの人とこの人が、本当に同一人物かどうかは分からないよね」
碧斗は苦笑する。
「ほら、よく見てみな。俺より背が高いところ、さっきの人と同じだよ。俺って身長が高い方だろ。その俺より高い女性って、なかなかいないぜ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「まだ信じられないんなら、今先輩に電話してみるよ」
言いながら、碧斗は画面の上で指を滑らせた。
私は慌てて彼の手を押さえて止める。
「そこまでしなくていいよ」
「でも、俺が言うこと、信じられないんだろ?」
碧斗に拗ねた顔を見せられて、私はため息をついた。
「分かった。信じる。疑ってごめんなさい」
「それじゃあ、この話はもう終わりでいいよな?」
こくりと首を縦に振る私に碧斗は苦笑を見せた。それから腕時計に目を落とし、残念そうな顔をする。
「そろそろ行かなきゃ。詩乃、見送りに来てくれてありがとう。嬉しかった。これでまた、次に帰ってくる時まで頑張れるよ」
真面目な顔で言われて、照れ臭さにくすぐったい気持ちになる。
「これくらいのことで大げさよ」
「俺にとっては全然大げさじゃないんだよね」
しみじみとした碧斗の言葉にどきりとし、おかげで彼の顔を直視できなくなった。目を逸らそうとしたができず、私の顔をじっと見つめる彼の目につかまってしまう。
碧斗は私の顔をしばらく見つめていたが、構内に響くアナウンスをきっかけにして私から視線を外した。
「もう行くよ」
「うん、気を付けて。またね」
「次の夏、盆の頃にも帰ってくるよ。その時、今回の帰省で言いそびれた色んなこと、聞いてくれるか?」
一体何を言うつもりだったのかと、期待と不安が入り混じる。
「……分かった」
私が小さく頷いたのを確かめてから、碧斗は名残惜しそうな顔をして私に背を向け、改札口に向かって行った。
私はその場に立って、碧斗の後ろ姿をずっと見送っていた。彼の姿が遠ざかっていくにつれて、得も言われぬ寂しさが胸の中いっぱいに広がっていく。たった今別れたばかりなのに、彼が帰省してくるはずの次の休みがすでに待ち遠しくてならなかった。