テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆずき
618
914
332
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
碧斗と離れてからの電話もメールも、それまで通りの頻度で交わしてはいたが、ゴールデンウイークを境に、私の心持は変わった。自分から連絡しようとする時には甘さを帯びた緊張を感じ、碧斗から連絡があった時にはときめきに胸を弾ませた。彼が想いを寄せていた人の存在が頭を掠めないではなかったが、「もういいんだ」と言った彼の言葉をそのまま受け止めることにしたのだ。
碧斗からその電話があったのは、梅雨が明け、夏の日差しを感じるようになった頃のことだ。
どきどきしながら電話に出た私は、その第一声の様子から彼の上機嫌に気がついた。
「何かいいことでもあったの?」
『分かる?実は希望通りに夏休みをもらえそうなんだ』
「へぇ、それは良かったね」
ひと月待てば碧斗が帰ってくると思うと嬉しく、また、待ち遠しい。この気持ちを素直に表せばいいものを、恥ずかしさの方が勝ってしまい、私の口調は至って普通のものとなった。
碧斗は不満そうに、しかし冗談めかして言う。
『詩乃に会えると思って喜んでるのは俺だけか?』
「も、もちろん私も嬉しいよ」
『その割には淡々としてるよなぁ』
苦笑交じりに軽く文句を言ってから、碧斗は口調を戻す。
『花火大会の前日にそっちに帰るんだ。だから、今年は一緒に花火を見ないか?会場まで行って』
「行きたいなぁ」
去年はそれどころではなく、自分の部屋から遠目に眺めただけだった。だから、碧斗が一緒に行ってくれるのなら、今年は会場まで行って見たい。しかしその日、私は出勤だ。
「仕事が終わってから行くことになるの。そうすると、会場に行くのが少し遅くなるかもしれないんだけど、それでもいい?もちろん定時に帰れるようには頑張るけど」
『全然構わないよ。余裕を持って待ち合わせればいい。場所は、詩乃の職場の近くにしよう。本屋があるよな。店の前にテーブルとかベンチとかあっただろ?そこはどうだ?』
「分かった。そうしましょ」
こうして碧斗と花火を見る約束をした私は、彼の帰省と約束の日を指折り数えて待っていた。
やってきた花火大会当日、私は定時上がりを目指して仕事に集中した。最大限頑張ったつもりだが、気づいた時には定時をだいぶ過ぎていた。
「やっと終わった……」
急いで身支度をして向かえば、約束の時間になんとか間に合いそうだ。慌ただしくデスク周りを片づけて、上司や先輩、同僚たちにそそくさと帰りの挨拶をし、走って出口に向かいたいのを我慢しながら職場を後にした。
建物を出てからは、駆け足で待ち合わせ場所に向かった。結局、約束の時間よりも五分ほど遅れて到着した。しかし、そこに彼の姿はなかった。
碧斗を待たせずに済んだことにほっとしつつ、私はバッグの中からスマホを取り出した。何か連絡が入っているかもしれないと思ったのだが、特にそれらしい通知はない。
彼が現われるのを待ち、三十分ほどが経過した。
碧斗はまだやって来ない。
彼がこんなにも約束の時間に遅れたことはあっただろうか。少なくとも私が記憶している限りでは一度もない。
「おかしい……」
胸の奥がざわざわとし、落ち着かなくなった。今どこにいるのか聞いてみようと、碧斗に電話をかけてみた。ところが、留守番電話サービスに繋がった。
「詩乃です。今どこにいるのかな、と思って電話しました」
簡単に用件を残して電話を切った後、念のために、さらにメッセージも送る。しばらく待ってみたが、なかなか既読にならない。電波の状況によっては送受信がうまくいかない場合もあるらしいとの話を思い出し、私はもう一度電話をかけた。
けれどやっぱり彼は出なかった。電話を切り、再びメッセージアプリの画面を開いてみたが、私が送ったメッセ―ジは未読のままだった。
遅刻もそうだが、碧斗が私からの電話にもメッセージにも無反応であるなど、初めてのことだ。彼に何かあったのかもしれないと、考えたくはない嫌な想像が頭に浮かんできてしまう。
とにかく、連絡のつかない碧斗をここで待ち続けるのはやめて、一度家に帰ることにした。その間に彼と連絡が付けばいいのだがと、じわじわと大きくなっていく不安に苦しくなりながら、私はスマホを握りしめたままその場を離れようとした。
電話が鳴ったのはその時だ。
碧斗からかもしれないと思った私は、画面に出た名前を確かめることもせず、すぐさま電話に出た。
「もしもし!?」
『詩乃?お母さんよ』
「お母さん?」
聞こえてきた声が碧斗ではなかったことに、ひどくがっかりした。
母が固い声音で話し出す。
『今夜、碧斗君と花火に行く約束をしてたでしょ?その碧斗君なんだけど、今日行けなくなっちゃったんだって』
「えっ?それならどうして碧斗が自分で連絡してこないの?」
母経由の連絡であることが理解できなかった。
母はひと呼吸ほどの間を置いて続ける。
『……事故に遭ったそうよ。さっき仁枝ちゃんから連絡があったのよ。今は海星病院にいるんですって。それでね』
「事故」の二文字を聞いた時点で、私の頭の中は真っ白になっていた。母がさらに何らかの言葉を続けようとしたのは分かったが、話が終わるまで待てなかった。電話をぶつりと切り、すぐ近くに停まっていた客待ちのタクシーに駆け寄った。大急ぎで乗り込んで、震える声で行く先を告げる。
「海星病院までお願いします」
タクシーの中で両手をぎゅっと組み合わせ、私は祈った。お願いだから、どうか無事でいて、と。