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ら む ね _ @多忙
1,152
くもねこ☁
312
#鬱
Ravi
36
その夜、 天使たちの寮は、いつもより静かだった。
消灯の鐘が鳴ってから、随分と時間が経っている。
窓の外には、星が浮かんでいた。
アゼリアは、 ベッドの上で じっと天井を見つめていた。
眠れない。
目を閉じるたび、 昼間のことを思い出す。
――一度、里に帰りなよ。
セリスの声。
――昔のこと、思い出してきなよ。
「……」
アゼリアは、 ゆっくりと目を開けた。
隣のベッドを見る。
「……」
セリスは 眠っている。
規則正しい寝息。
枕元には、 読みかけの本が置かれていた。
「……」
アゼリアは、 身体を起こした。
静かに。
音を立てないように。
ベッドから降りる。
床に足をつけた瞬間。
「……リア」
「――っ」
心臓が跳ねた。
アゼリアは 反射的に振り返る。
「……起きていたのか」
「んー……」
セリスは、 布団の中で目を開けていた。
「今、何時?」
「……」
アゼリアは 答えなかった。
代わりに 窓を見る。
セリスも その視線を追った。
「……どこか行くの?」
「……少し」
「少しって?」
「……」
アゼリアは 黙った。
セリスは、 しばらくアゼリアを見ていた。
やがて、
「ああ」
ぽつりと 呟く。
「帰るんだ」
「……」
「里に」
アゼリアは、 驚いてセリスを見る。
「……なぜ」
「昨日、僕が言ったから」
「……」
「それに」
セリスは、 小さく笑った。
「リア、ずっと先生のこと考えてたでしょ」
「……」
図星だった。
「……顔に出ていたか」
「うん」
「……」
「めちゃくちゃ出てた」
アゼリアは 眉をひそめる。
「……そんなにか」
「そんなに」
「……」
セリスは 布団から起き上がった。
「で?」
「……何だ」
「行くの?」
「……」
「それとも、ここでずっと悩む?」
「……」
「リア」
セリスが 少しだけ笑う。
「行ってきなよ」
「……」
「僕が何とかするから」
「何とか?」
「うん」
セリスは、 ベッドから降りた。
そして 部屋の入口へ向かう。
「見張りが来たら?」
「適当に誤魔化す」
「……適当って」
「寝てるって言う」
「私がいなかったら分かるだろ」
「じゃあ、リアの羽根を布団の中に入れておく」
「……」
「遠目なら寝てるように見える」
「無理があるだろ」
「じゃあ」
セリスは 少し考える。
「僕がリアのふりする?」
「余計に無理だ」
「ひどいなぁ」
セリスは笑った。
「でも」
その笑顔が 少しだけ柔らかくなる。
「リアがいないってバレたら、僕も怒られるけどね」
「……なら、なぜ」
アゼリアは 思わず聞いた。
「そこまでして」
セリスは 少しだけ黙った。
「……」
そして、
「友達だから」
当たり前のことのように 言った。
「……」
アゼリアは、 何も言えなかった。
セリスは アゼリアの背中を軽く押す。
「ほら」
「……」
「行っておいで」
「……セリス」
「なに?」
「……ありがとう」
セリスは 一瞬、 目を丸くした。
それから、 にやりと笑う。
「おお」
「……何だ」
「ちゃんとお礼言えるんだ」
「……」
「明日、雪でも降るかな」
「……帰ってきたら覚えておけ」
「はいはい」
セリスは、 笑いながら窓を開けた。
夜風が 部屋の中へ流れ込む。
アゼリアの髪が ふわりと揺れた。
「……寒い」
「我慢して」
「……」
「それじゃ」
セリスは 窓の外を指差す。
「気をつけてね」
「……ああ」
アゼリアは 窓枠に足をかけた。
そして 翼を広げる。
「……」
白い翼。
月明かりを受けて 淡く輝く。
「……」
アゼリアは 一度だけ? 部屋を振り返った。
セリスが 小さく手を振っている。
「リア」
「……何だ」
「ちゃんと帰ってきてね」
「……」
その言葉に、 アゼリアは 僅かに目を細めた。
「分かっている」
「絶対だよ」
「……ああ」
そして、 窓から 夜空へ飛び出した。
―― 風が 全身を包んだ。
「……」
一気に、 身体が軽くなる。
翼を大きく広げる。
夜空を 滑るように進んでいく。
天界の街並みが 足元に広がっている。
白い建物。
光る神殿。
無数の明かり。
いつもなら、 安心するはずの景色だった。
けれど、 今夜は。
なぜか 少し遠く感じた。
「……」
アゼリアは 速度を上げた。
風を切る。
雲を抜ける。
星の間を、 ひたすら飛ぶ。
目指す場所は 決まっている。
――故郷。
そして、 ラフィエルのいる 古い神殿。
「……」
飛びながら、 アゼリアは考えていた。
何を話せばいい。
何から話せばいい。
サリエルのこと?
悪魔を殺せなかったこと?
捕虜として連れて帰ったこと?
それとも、 自分の中に生まれた あの疑問のこと。
――正義とは何なのか。
「……」
言えるわけがない。
簡単には 言えない。
けれど、 それでも 会いたかった。
ラフィエルに。
「……」
アゼリアは 空を見上げる。
満月が 遠くに浮かんでいる。
「師匠……」
呟いた 声は、 夜風に消えていく。
飛び続ける。
しばらくして 見えてきた 小さな里。
その中心に、 古い神殿がある。
「……」
アゼリアは、 ゆっくりと高度を下げた。
懐かしい。
何も変わっていない。
石造りの建物。
小さな庭。
古びた鐘。
そして、 あの頃 何度も歩いた 石畳の参道。
「……」
胸の奥が 小さく鳴った。
アゼリアは 神殿の前に降り立った。
翼を畳む。
静かな夜だった。
寮を抜け出した。
規則を破った。
明日、 何か言われるかもしれない。
セリスも 怒られるかもしれない。
それでも、
「……」
来てしまった。
ここまで。
自分の意思で 飛んできた。
「……」
アゼリアは。、 神殿の門を見つめる。
怖い。
ほんの少しだけ。
扉の向こうに ラフィエルがいる。
自分を育ててくれた人。
自分に 正しさを教えた人。
もし、 自分が変わってしまったと知ったら どうするだろう。
「……」
それでも、 アゼリアは 一歩 踏み出した。
石畳の参道へ。
そして、 古い神殿の門へ向かって ゆっくりと歩いていく。
「……師匠」
今度は 声に出した。
その名前を呼ぶだけで 胸が詰まった。
アゼリアは、 門の前で 一度 深く息を吸う。
そして、 ゆっくりと 門に手をかけた。
「……」
軋む音が 夜の静寂に響いた。
その音に 応えるように、 神殿の奥から 足音が聞こえた。
「……」
誰かが、 こちらへ向かってくる。
アゼリアは 息を止めた。
やがて 月明かりの下、 一人の天使が姿を現した。
「……」
深い緑色の瞳。
長い年月を重ねても、 その瞳の奥に宿る光は 少しも曇っていない。
アゼリアは その姿を見た瞬間、 言葉を失った。
「……師匠」
ようやく、 それだけを 口にした。
ラフィエルは 一瞬、 驚いたように目を見開いた。
それから、 困ったような。
それでいて どこか嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「……リア」
懐かしい呼び方。
それだけで、 アゼリアの胸の奥に張り詰めていたものが、 静かに ほどけていった。
「……随分、大きくなったな」
「……」
アゼリアは 返事をしようとした。
けれど、 声が出なかった。
ラフィエルは そんなアゼリアを見て、 何も言わなかった。
ただ、 穏やかに そこに立っていた。
まるで ずっと、 帰ってくるのを 待っていたかのように。
「……」
アゼリアは 思った。
――帰ってきた。
本当に そう思った。
そして その瞬間、 自分が。
ずっと帰りたかった場所が ここだったのだと、 初めて気づいた。
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