タクシーに乗り込んで例の獣道を戻った一行は寒風山(かんぷうざん)トンネルの出口先で国道に合流するとそのまま南下し、件(くだん)の道の駅『木の香(このか)』に辿り着くのであった。
名前の通り建材に多くの木材が使われている建物は何とも良い風情である。
道の駅、と謳ってはいるものの併設された日帰り温泉は本格的で桑瀬(くわぜ)川のせせらぎを聞きながらの露天風呂も好評だと言うし、宿泊施設も落ち着いた和室が九室、こちらの内装もレストランやショッピングエリアと同じく、木材が潤沢に使われていて大変居心地が良いと人気抜群らしい。
早速、雉(きじ)グルメとやらにありつこうと涎(ヨダレ)を流し始めたコユキだったが、フューチャーに出鼻を挫かれてしまった。
曰く、先に日帰り温泉にゆっくり浸かってから食事をした方が、旅の汗も流せてより美味しい、とか何とか云って来たのである。
コユキには意味不明で理解不可能な訳が分からない発言であったが、ここまで山道の運転に集中していた運ちゃんが、『それ良いですね』等と死体からの剥ぎ取りを生業(なりわい)にしている罰当たり神に同意してしまったのである。
民主主義国家日本では、多数の要求は少数の望みより優先されるべきだろう。
そう考えたコユキが折れる形で、先に温泉に浸かってサッパリする事になってしまったのであった。
「うあぁあぁー、こりゃ気持ちいいわねん♪」
面倒だ何だと文句を言いたそうに浴室に向かったコユキだったが、広々とした温泉にすっかりご満悦であった。
気を抜くと全身を覆った脂肪のせいでプカプカと浮かび上がってしまうので、それなりに緊張感を持ってバランス良く全身を浴槽内に沈めるのであった。
ザザザザッー!
流石は専門の施設である。
コユキが肩まで浸かってしまっても、茶糖家や幸福寺のお風呂の様に、お湯が空っぽにはならない、大きいのである。
しかも腹や背の肉が詰まって立ち上がれなくなる事も無い、快適そのものなのであった。
芯まで温まる前に露天に移動したコユキは川から聞こえるせせらぎを耳にしながら再び温泉に浸かるのであった。
「なあ、本当の所を教えてくれないか? こうして裸の付き合いをした仲でもある訳だしさ」
「っ!」
――――フューチャーさんの声だわ! 運ちゃんと二人で露天風呂に…… 聞いた事があるわ、一部地域では露天は同好の士が分かり合う場所、いわゆる『ハッテンバ』と認識されているのだとか何とか! 本当の所、ふっうまい言い回しがあったもんだわね! 聞かせて貰おうじゃないのここから始まる一期一会的なアンタ等のリビドーの一部始終を! 隠形(おんぎょう)の型! 私は木石(ぼくせき)、私は木石、私は木石……
座った姿勢のままで湯舟にプカプカと浮かんだコユキの気配は消失した。
静かな露天風呂の壁越しに男湯からの声が低く響いて来る。
「本当の所、ですか? 何の事でしょうか? 私は自分の仕事をしているだけですよ? 貴方達もそうなんでしょう? 運命神、フューチャー・ラダ? 同じですよ、人も神々も悪魔も、自分の仕事を全うするだけです」
「ふぅーん、自分が悪魔だって所は否定しないんだね…… それじゃあ本当に偶然出会ったって言うんだね、まあ、君風に言えば我々の仕事を邪魔しないって言うんなら良いんだけど? 約束できるかな?」
「偶然だとは言いませんよ、全ての事象はある意味必然ですからね…… ただこれだけは言っておきましょう、何であれ私は自分の仕事の邪魔はさせませんし、誰かの仕事を邪魔する事も同様に大嫌いですから…… まあ、貴方の懸念には及ばない、そう言う事です」
「へー、その言葉が嘘じゃ無ければ良いけどな」
「嘘は弱者の武装です、私には必要ありませんね、今の所ですが」
その言葉を最後に二人は黙り込んでしまい、やや置いてから無言のまま内湯に戻って行ったようだ。
チャプンッ!
隠形を解いたコユキは肩まで湯船に浸かりながら独り言を呟くのであった。
「期待していた内容じゃなかったけど、何だか迫力ある会話だったわね…… 二人ともちゃんとしていたわ、それに比べてウチのメンバーってなんか軽いのよね? よし帰ったら説教ね、もっと自意識を持って貰わなくちゃね! よしっ、出るか!」
人に求める前に自分から何とかしろよ、その腹周りと言ったら……
私の嘆きは届かず、女湯の中にはコユキが届かない背中の水分を、タオルを叩きつける事で拭き取ろうとしている、パーンッパーンッという音が響き渡っていたのである。
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