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ユリ姉さんは社会人モードの時以外は信用しない。
わたしとさっちゃんのやり取りを玩具として見てるんだ。
「ははは、信用を回復する為にアドバイスしとこうかな」
「……何ですか?」
「癒しの氷、一日一回は食べさせたほうがいいよ。後は通常の氷を食べてれば大丈夫かな」
「……ホントですか?」
「ホントだってば。ちゃんとした理由もあるんだけど……聞く? 長くなるよ?」
「……ちゃんとした理由なら聞きます」
これが最後のチャンスだよ。
これで適当なこと言ってわたし達を玩具にしたら、もうユリ姉さんは信じない。
「じゃあ真面目に、一から説明するね。まず、サっちゃんがおかしくなった根本的な原因は知ってる?」
「……幽霊に乗っ取られたから、ですか?」
ちゃんとした理由は知らない。でも、さっちゃんがわたしを殺すって言うよりはよほど納得できる。
「まあ、それに近いかな」
「それに近い」って言うことは、ユリ姉さんは真相を知ってるんだね。でも教えてくれない。サユリさんも詳しく教えてくれなかったし、何か理由があるのかな?
ユリ姉さんは信用できないけど、サユリさんは信用してる。きっと、わたしが知ったらダメなことがあるんだ。
「じゃあ、なんで幽霊に乗っ取られたのか分かる?」
……乗っ取られた理由なんて全然検討がつかない。幽霊の考えてることなんて考えたこともない。
「わかりません……」
「魔力が全くないからだよ」
「へ?」
魔力って、魔術の魔力のこと? 幽霊って魔力が関係してるの?
「魔力が全くない人は乗っ取られやすいの。特に負の感情が高まってる時が一番乗っ取られやすいかな」
「負の感情……」
「サっちゃんが正気を失ったとき、凄く動揺してたってサユリさんの手紙に書いてあったよ。アリアちゃんが死んじゃうって」
「はい……」
あの時のさっちゃんは今思い出してもホントに胸が痛くなる。わたしの記憶の中では一番泣かせてしまった出来事だ。負の感情が最高潮の状態っていわれても納得できる。……ホントにゴメンね。
「サっちゃんはこう思ったんだと思う。アリアちゃんが無理をした、約束を破った、私から離れる、そして死んじゃうって……。そういった負の感情が高ぶったときに幽霊に目を付けられたんだよ」
……そう言われても反論できない。知らなかったとはいえ、魔術で2回死にかけたんだから……。死ぬ=さっちゃんから離れるってことだ。
でも、そっか……わたしのせいで幽霊に目をつけられたんだ……。そのせいであんなことになって、今の状態にしちゃった……。わたし、どれだけさっちゃんに迷惑かけてるんだろう……。
「魔力ってね、幽霊からの攻撃を防御する役割もしてて、魔力が全くないってことは防御力ゼロ、簡単に落ちちゃうの」
魔力の高いわたしより、魔力が全くなくて負の感情が最高潮のさっちゃんのほうが乗っ取りやすかったてこと? わたしの代わりに乗っ取られた?
また迷惑かけてた……。あの幽霊騒動は全てわたしのせいだったんだ……。
わたし、さっちゃんの側にいない方がいいのかな……。
「そして、幽霊に乗っ取られた人は感情の抑制が出来なくなって現実が見えなくなる。これは体験したからわかるよね?」
「はい……」
あの時、さっちゃんに殺されてた方がよかったのかもしれない……。
さっちゃんは悲しむかもしれないけど、わたしはさっちゃんに迷惑をかけたくない。
守護霊になって、陰ながら側にいた方が役に立てるような気がする……。
「あまり思いつめないようにね。悪いのは幽霊だよ。それに、その時はサユリさんが完璧に対処してくれたから、本来ならそこで終わり。例えるなら、傷口に入り込んだ幽霊を追い出して、傷口を縫い合わせた状態。後は安静にしてれば自然に完治する」
サユリさんが幽霊を追い出して傷口を縫い合わせた?
幽霊を追い出すって……想像以上にすごい人だった……。
わたしが目を閉じてた一瞬の間に全部を終わらせてくれたんだ、すごくないわけないよね。
……うん、せっかくわたしもさっちゃんも助けてくれたんだ、頑張って生きよう。さっちゃんと一緒に生きて、一生をかけて恩返しをする。さっちゃんにも、サユリさんにも……。
……ん? サユリさんが完璧に対処してくれたんだよね?
サユリさんが失敗するとも思えないけど、今のさっちゃんは……。
「……乗っ取られた後遺症が残ってますよね? 完璧に対処しても後遺症って残るんですか?」
「それが今回の問題だね」
「え?」
ん? 問題ってどういう意味? 意味が分からないよ。後遺症は問題しかない症状だよね。
……対処したはずなのに後遺症があるから問題ってこと? 後遺症は珍しいことなの?
「本来なら終わりって言ったよね。普通は乗っ取られても、完璧に対処すれば後遺症なんか感じずに日常を過ごせるんだよ。サユリさんも言ってなかった? いつも通りに接してあげなさいって」
「……言われました」
うん、何度も言われた。わたしが悩む度に、「いつも通りに接してあげなさい」って言われた。
「いつも通りに接して、いつも通りの日常を送る。そうすれば、今のような後遺症なんか感じずにいつの間にか完治してたはずだったの」
「わたし達、いつも通りに過ごしてましたけど……」
いつも通りに過ごしてたよね? わたしが迷惑をかけてさっちゃんがフォローしてくれる。言葉にすると酷いけど、いつも通りに過ごしてたと思う。
「本当に? 普段の生活とは違うことはしてないって断言できる?」
普段の生活とは違うこと? 普段してないこと……ノルマとお泊り会?
「……道場から帰ったら、お姉ちゃんから課せられた修行ノルマを二人でして、そのまま二人でお泊り会をしました……。修行ノルマはそれまではやってませんでした。でも、お泊り会はたまにしてましたけど……」
「二人きりの修行ノルマや、二人きりのお泊り会……何か感情を高ぶらせるようなことをしなかった? そうだね……サっちゃん基準で言うなら、お互いに身体に触れてマッサージしたり、お風呂で洗いっこしたり、かな。してない?」
思いっきりしてる……。何度もマッサージしてもらったし、泡洗浄で洗いっこもした。
「……しました」
「それでサユリさんが対処した傷口が開いちゃったんだね。アリアちゃんにとってはいつものスキンシップだったかもしれないけど、サっちゃんにとっては凄く大事で、感情が高ぶる出来事だったんだよ」
マッサージや洗いっこが大事で感情が高ぶる? 友達同士だし、普通のことだよね?
……治療直後だから、普通のことでも衝撃的だったとか? うん、治りかけの傷口って、ちょっとぶつかっただけでも簡単に開いちゃうからね。
「傷口が開いたサっちゃん、それが後遺症の正体だね。アリアちゃんも時々感じてんじゃない? これって、あの時に似てるって」
……時々幽霊の時みたいなことを言ってたね。その度にさっちゃんの様子をみたけど、いつものさっちゃんだったから気にしないようにしてた。
幽霊の時みたいに死んでとか言ってないし、首を折にきたりしてないから……。
「傷口が開いただけだから、幽霊の時のように現実が見えなくなって暴走するわけじゃいけど、感情の抑制がすごく不安定になるの。嬉しいや、怒りの感情が何倍にもなって表に出ちゃう。校長先生の件も、普段だったらちょっと「ムカッ」とした程度で終わってただろうね」
……うん、あの時のさっちゃんは明らかにおかしかった。幽霊の一歩手前に感じたもん。
「ここで氷の出番。これは偶然なんだろうけどよくやったよ。被害が最小で済んだからね」
「氷……あれってホントに効果があったんですか? 結構食べてたけど、今回のことが起きちゃったし……」
癒しの氷はすごい変化だったけど、普通の氷はただ美味しそうに食べてただけだ。味の表現がちょっとおかしかったことを除けば、変化があったようには見えない。
「被害が最小って言ったよね。もしも氷を食べてなかったら、校長先生を衝動的に殺してた可能性が高いね」
「校長先生を、殺してた……」
……さっちゃんが、殺人……。
「うん。それだけじゃなく、きっとアリアちゃんにも被害が出てたよ。さっきの癒しの氷の状態と幽霊の状態、その中間の状態が、お泊り会から今までずっと続いてるって言えば、その危険性が伝わるかな?」
「……はい」
癒しの氷と幽霊の間なんて、大惨事の予感しかしない。わたしは絶対に死んでる。さっちゃんの強さを考えると、周りの被害も凄いことになりそうな気がする。
「開いた傷口……その傷口を薄い膜1枚で塞いで、症状を緩和してたのがあの氷」
あの氷、少しは効果があったんだ……。すすんで食べてくれたさっちゃんに感謝だね。
「この氷も、本当に凄い偶然の重なりなんだよねー」
すごい偶然っていうのも間違いじゃない気がする。氷の効果なんて知らなかったし、さっちゃんの為に考えた魔術でもない。のぼせたさっちゃんを冷やそうと思って出しただけだし、食べるなんて想像もしてなかった。そう考えると、偶然の重なりに感謝だね……。
「偶然アリアちゃんが氷の魔術を思いついて、偶然サっちゃんが食べる……本当にすごい偶然の重なりだよ。例えば、アリアちゃんを全く知らない人が、今のサっちゃんのような状態になって氷を食べても効果はないの」
「へ?」
わたしを知らない人が食べても効果がないってどういう意味? 術者じゃなくても効果がないってこと?
「魔力が全くなくて魔力の影響を受けやすい体質と、ずっとアリアちゃんの側にいてアリアちゃんの魔力に馴染みやすい体質、この条件が揃って初めて氷の影響を受けるんだよ」
なに、その無理難題な条件……。そんな条件、さっちゃんしか満たせない。
すごい偶然って言われても納得だよ。
「あ、それとあと一つ、すごく大事な条件があった。魔力の色、それが近いことも必須条件だね」
「魔力の色? それって虹色のことですよね? 違いがあるんですか?」
魔力障壁や癒しの氷は虹色だったけど、虹色に違いなんてあるのかな……。
「うん。ちょっとまってね……「魔力の塊」。これと癒しの氷の色を比べてみて」
「はい。……癒しの氷。…………あ、ちょっとだけ違う?」
わたしの魔力は赤色がちょっと多い。ユリ姉さんは青がちょっと多いように見える。
でも、こうして見比べないと分からないほどのちょっとの違いだ。
「魔力の色って綺麗な虹色に見えるけど、色の配分は人によって違うんだよ」
「へー……」
「アリアちゃんの氷、私が食べても美味しく感じないって言ったのは覚えてる?」
「はい」
氷は水の味しかしないと思うけど、ユリ姉さんは食べる前から美味しく感じないって言ってた。
……なんで美味しくないってわかったのかな?
「普通はね、他人の魔力を取り込むと不快に感じるんだよ。でも、この色が近いほど気持ちよく感じる。サっちゃんの魔力の色は、アリアちゃんの魔力の色に限りなく近いんだね。だから美味しく感じる」
味だけは魔力の色で左右されるってこと? 術者と色が違ってたら不味い?
……でも、わたしとユリ姉さんの魔力の色は、並べて見比べないと違いが分からないレベルだ。これで不味く感じるなら、美味しく感じるさっちゃんはわたしとほぼ同じ色ってことになる。
さっちゃんと同じ色……嬉しすぎるよ。運命の相手って感じがする。
あれ? でも……。
「……さっちゃんは魔力が全くない、ですよね? それなのに、魔力の色ってあるんですか?」
「そっか、授業でまだ習ってないんだね。詳しく説明すると、魔力って5つの要素で構成されてるんだ」
「5つの要素?」
魔力は魔力じゃないの?
「すごく簡単に分かりやすく言うと、まずは使える魔力、これを水と考えると、魔力を生み出して保存するコップがあって、それにはコップの形、大きさ、そして色があるの」
あ、分かりやすい。水と、コップの大きさや色を表現する言葉が5つあるってことだね。
「そして魔力の色はコップの色で決まる。魔力のコップは誰でも持ってるんだけど、サっちゃんの場合は魔力を生み出す力がなかったんだね」
……これも、まさかわたしのせいじゃないよね?
わたしがさっちゃんの魔力を生み出す力を吸収したせいで魔力がなくなって、わたしが普通より魔力が高くなった……。
十分ありえる気がする……。
超優等生のさっちゃんが魔力だけ全くないとかおかしいもん。逆に、運動神経しか取り柄のないのわたしの魔力が普通より高い。お互いの魔力の色がほぼ同じなのも元がさっちゃんの魔力だから……。
「コップの色がほとんど同じなんて、そんなことは普通はないんだけどね」
普通はないとか言わないで! 魔力吸収説が現実味を帯びてくる!
「もしも色が全然違ってたらサっちゃんが氷を不味く感じて2度と食べなかったと思うし、効果もなかった。そして高ぶった感情に任せて暴れて大惨事。色が近くて幸運だったね」
……氷を美味しいって食べてくれたことは嬉しいしけど、そのおかげで暴れなかったのが幸運とか言われても複雑な気持ちだよ……。
さっちゃんの魔力がホントは強いとかだったら、こんなことにはならなかったんだから……。
「……ユリ姉さん、あの、聞きたいことが……」
「ん、なに? さっきから苦悩と葛藤を繰り返してるみたいだけど、何かあった?」
「はい、あの、さっちゃんの魔力を生み出す力がないのって、その……わたしが原因ってことは、ありえますか?」
「なんでアリアちゃんが原因?」
「ずっと一緒にいたせいで、魔力の力をいつのまにか奪っていたんじゃないかと……。それでさっちゃんの力がなくなって、わたしの力が倍増したとか……」
「その可能性はないよ。サっちゃんのような人はたまにいるし、アリアちゃんのような人もたまにいるよ」
「でも、魔力の色って普通は全然違うんですよね……。わたしとさっちゃんの色が近い理由が、元は一つの魔力だったからとか考えられません?」
「ははは、アリアちゃんは本当に想像力が豊かだね。それも単なる偶然だよ。運命の出会いをしただけ。神様って本当にいるんだなって思うくらいの奇跡の出会い。世界中探せば、魔力の色が近い人なんて2~3人はいるよ」
運命の出会い、奇跡の出会いって聞くとすごく嬉しいけど、そんなことってホントにあるの? 世界中に2~3人しかいないのに、その内の2人が幼馴染の大親友って……ものすごくありえない確率だと思うけど……。
「仮に、アリアちゃんにそんな力があったとしたら、うちの総長が面会した時に絶対に気付いてる。そして、その場で危険人物として捕縛してるよ。二人とも無事で総長が「いい子」って言った。それが全てだよ」
「総長さん……。ちょっとしか会ってませんけど……」
ホントにちょっとしか会ってない。会話らしい会話もしてない。ちょっと会ってちょっと挨拶しただけ……それだけで信用していいの?
「アリアちゃんはサユリさんのことをすごく信用してるよね?」
「はい……」
サユリさんのことはさっちゃんの次くらいには信用してる。わたしとさっちゃんの命の恩人だから。
幽霊騒動の真相もすごく知りたいけど、サユリさんが秘密にしてそうだから聞かないだけだ。
「同じくらい信用していいよ。サユリさんと総長って、同じくらい凄い人だから」
「はい……」
「挨拶くらいしかしてないから直ぐには信用できないかもしれないけど、うちに入団する以上は信用してね」
「はい……」
そうだ、わたしとさっちゃんは将来その人の組織で働くんだ。お世話になる組織の一番偉い人……そう思えば信用できる気がする。
……わたしとさっちゃんの魔力が近いのはすごい偶然。さっちゃんに迷惑をいっぱいかけてるけど、今のさっちゃんを助けられるのはわたしだけ。きっと、さっちゃんを助けるために神様が出会わせてくれた。
……うん、そう思えば少しは気が楽になるかな……。
「……総長を信用してくれたみたいだし、私の信用を取り戻すために氷の説明に戻っていいかな?」
「はい」
ユリ姉さんの信用度はだいぶ回復してる。
全くふざけてないし、わたしにも分かりやすいように説明してくれてる。いつもこれでいいのに……。
「どこまで話したっけ……うーーーん? あれ、どこまでだっけ?」
……説明の途中で脱線したわたしが悪いんだけど、この言い方が性悪っぽく聞こえて信用度が下がってしまう……。
「幽霊に乗っ取られた理由は話した、氷が被害を最小にした話はした、魔力の色の話はした……サっちゃんのコップが魔力を生み出せなくて、アリアちゃんとほとんど同じ色って話のところ、かな?」
「はい、たぶん……」
正直、どこまで聞いたか覚えてない。順に言われて必死に思い出してるところだ。わたしは馬鹿だからね!
「うん、じゃあ、そこから再スタートしようか」
「はい」
「サっちゃんのコップは魔力を生み出せない。魔力がないから幽霊に乗っ取られる。アリアちゃん、コップから生まれた魔力ってどこに溜まるか分かる?」
「え、コップじゃないんですか?」
コップが生み出した魔力はそのままコップに溜まるんじゃないの?
「うん、正解。で、幽霊の乗っ取りって言うのが、コップの隙間に入って人を操ることなんだけど、どうすれば防げると思う?」
「……コップをいっぱいにして、入れなくすればいいんじゃないですか?」
コップに入って乗っ取るなら、コップを満杯にすれば入れない。
……ん? じゃあ、魔力を生み出せないさっちゃんは一生幽霊を防げない?
「そう、魔力をいっぱいにすれば幽霊は入れない。でも、サっちゃんは魔力を生み出せない」
「……」
「しかーし、今のサっちゃんの魔力残量は約100%。コップに満タン状態だね」
「え!?」
100%!? なんで魔力があるの!?
さっちゃんのコップは魔力を生み出せないんだよね!?