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第二章 小さな光
第四話 砕けるもの
結局、ジントは家を飛び出していた。
夜空には満月が浮かんでいる。
雲一つない空。
銀色の月光が、本来なら美しいはずのラディスの街を、不気味な明るさで包んでいた。
満月の夜。
影が濃くなる夜。
魔物が最も活発になる夜。
だからこそ街にはより多くの結界石が置かれ、人々は夜更けには外へ出ない。
それなのに、今夜のラディスは悲鳴に満ちていた。
怒号。
泣き声。
警鐘。
そして魔物の咆哮。
黒いローブを翻し、ジントは必死に北門へ向かう。
胸が苦しい。
息が詰まる。
満月の光を浴びる度、身体の奥がざわついた。
まるで何かに呼ばれているみたいに。
ーーー
北門広場へ辿り着いた瞬間。
ジントは息を呑んだ。
そこは戦場だった。
石畳は砕け。
建物は傷付き。
護衛兵達が必死に応戦している。
そして
「オラァァァ!!」
聞き慣れた声。
ダイチだった。
月光の下。
剣を握りしめて戦っている。
魔物の爪を受け、身体を捻り、反撃する。
水属性の青い光がほとばしる。
必死だった。
泥だらけになりながら
傷を負いながら
それでも前へ出ている。
街を守るために。
「ダイチ!」
思わず叫ぶ。
ダイチが振り返った。
「ジント!?」
青い瞳が大きく見開かれる。
「なんで来たんや!」
「俺も戦う!」
マーサから借りた魔石のついた杖に手を掛け、叫び返した。
その時
「お母さぁん!!」
子供の泣き声が響いた。
広場の端。
小さな男の子が一人取り残されている。
その背後には魔物。
距離が近い。
「っ!」
ダイチが動く。
だが間に合わない。
ジントは咄嗟に走った。
男の子を抱き上げる。
地面へ転がりながら魔物の爪を避けた。
腕が痛む。
けれど無事だった。
「大丈夫?」
男の子は泣きながら頷く。
「向こうへ!」
護衛兵達を指差す。
男の子は必死に走り出した。
ジントは安堵する。
その瞬間だった。
背筋が凍る。
嫌な予感。
反射的に振り返る。
「ダイチ!!」
ーーー
巨大な魔物がいた。
黒い瘴気を纏った異形。
満月の光を浴びながら、ゆっくりとダイチへ迫っている。
ダイチは剣を構えた。
魔石が青く光る。
逃げない。
退かない。
その青い瞳は真っ直ぐ魔物を見据えていた。
「来いや……!」
魔物が爪を振り下ろす。
轟音。
ダイチは剣で受け止めた。
足元の石畳が揺れる。
腕が痺れる。
それでも耐える。
けれど
ピシッ。
嫌な音がした。
剣身に亀裂が走る。
ダイチの顔が強張った。
次の瞬間、
魔物が再び襲いかかる。
「っ!!」
ダイチは剣を振り上げた。
その時
バキン――――!!
剣が砕けた。
銀色の破片が満月の光を反射しながら夜空へ散る。
ダイチの身体が吹き飛ばされた。
地面へ叩き付けられる。
「ダイチ!!」
ジントの叫びが響く。
魔物は止まらない。
ゆっくりと近付いていく。
トドメを刺すために。
ダイチは立ち上がろうとする。
けれど身体が動かない。
砕けた剣。
迫る爪。
満月。
そして、その時だった。
パキッ。
小さな音が響く。
ーーー
胸元が熱い。
ジントは息を呑んだ。
服の中へ手を入れる。
取り出したのは月の御守り。
物心ついた頃から持ち続けてきた石。
そこに亀裂が入っていた。
「……え」
パキッ。
パキッ。
ひびが広がる。
まるで十七年間閉じ込められていた何かが目覚めるように。
そして、御守りは砕けた。
月光の中で。
静かに。
粉々に。
ーーー
その瞬間。
世界が変わった。
耳鳴り。
眩暈。
無数の感情。
恐怖。
憎しみ。
悲しみ。
絶望。
街中に溢れる負の感情が一気に流れ込んでくる。
「うぁ……」
膝をつく。
苦しい。
頭が割れそうだった。
なのに、
見えた。
魔物を覆う黒い瘴気が。
はっきりと。
まるで手を伸ばせば触れられるみたいに。
そして
その瘴気が、自分へ向かって流れ始める。
満月の光に照らされながら。
黒い霧が、ゆっくりと、ジントの元へ集まっていく。
◇
広場にいた全員が動きを止めた。
護衛兵も。
街の人々も。
魔物でさえも。
月光の下。
黒髪の少年が立っている。
その周囲へ瘴気が渦巻く。
美しい。
けれど恐ろしい。
まるで、人ではない何かを見ているようだった。
◇
ジントには分からなかった。
何が起きているのか。
なぜ瘴気が自分に集まるのか。
なぜこんな力が使えたのか。
ただ、
ただ一つだけ、はっきり分かることがあった。
ダイチが助かった。
その事実だけだった。
安堵した瞬間。
全身から力が抜ける。
視界が揺れる。
意識が遠のいていく。
最後に見えたのは。
砕けた剣を握り締めながら、必死に立ち上がるダイチの姿。
満月の光が。
二人を静かに照らしていた。
「ジントォォォ!!」
その叫びを最後に。
ジントの意識は闇へ沈んでいった。
コメント
1件
うわあ、このエピソード、めちゃくちゃ熱かったです…! 満月の夜、戦場と化した街、そして“砕けるもの”——ダイチの剣とジントの月の御守り、二つの破片が象徴的に重なるラストにゾクゾクしました。特に、御守りが砕けてから瘴気がジントに集まる場面の描写、あの“美しくて恐ろしい”感覚がすごく鮮明で、設定の伏線がどう回収されるのかすごく気になります。ジントの意識が落ちる直前のダイチの叫びにも胸が締め付けられました。続きが待ち遠しいです!