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ユカリに与えられた部屋は半地下の四人部屋だった。化粧と香水の噎せ返るような匂いが充満している。ただただ臭い他の部屋に比べれば遥かにましではあるが、慣れない匂いに初日は眠ることができなかった。


ベッターの牢屋から、世話役兼見張りの女、レシュとともに部屋に戻る。他には誰もいないらしく、しかし何度も折り畳まれた跡のある一枚の羊皮紙が小さな机の上に、明かり採りから斜めに紛れ入る日向の中に置いてあった。

それは盗賊団の首領ドボルグに閲覧の許可を得た彼らの獲物の一覧表だ。要するにシグニカにおける富者たちの財産が記されている。わざわざかしらに許可を得ないと見せてもらえない割に不用心なことだ。


富める者はその潤沢な財を大っぴらにしないものだが、宝石の場合、特に宝飾品として加工されたものの場合はそうではない。それらは多かれ少なかれ顕示されるために存在する。このような一覧を作ることもさして難しくないのだろう。


「お茶でも飲む?」とレシュは尋ねつつ隣の部屋へ。

「お茶ですか。私、お茶って飲んだことないです」とユカリは一覧表の前で隣の部屋に聞こえるように言う。

「色々あるわよ。何が良い?」

「種類ですか? どういうものがあるんですか?」

「そうね。シュジュニカ行政長官夫人から盗んだやつとか、茜塗ベイエン寺院から盗んだやつとか」

「盗んでないやつはあります?」


ユカリがそう言うとレシュは泡粒が次々に弾けるように笑った。

飲めば共犯だろうか、とため息をつきつつ、ユカリは字面まで輝かしい宝物の一覧表に目を通す。


風の吹く場所フォルビア王国を支えた刺し貫く者たちアルハニカ騎士団団長が代々受け継いだという翡翠飾りの宝剣。

勇士暗がりベニンが発見したという、雲垂れマニックの森の河珊瑚で作られた貴き二十六の品々。

戦火に曝されたパドニカ市で奇跡的に焼け残った、第五聖女ヴィクフォレータの琥珀像。


宝石には見た目の特徴などから固有の名を授けられているものもあるが、ユカリが惹きつけられたのは名の代わりにそのような逸話が記されたものだ。その一覧に並ぶ物語片を見ているだけでユカリはわくわくして、幼い頃に義母ジニに何度も読み聞かせをせがんだ物語群を思い出した。まさに義母に聞かされた物語にまつわる品もあった。

宝石以外の宝物や魔法の道具としての価値ある品々も記されている。中には生き物らしき記述もあった。


小さな机いっぱいに羊皮紙を広げて好奇心に輝く二つの眼で覗き込むユカリは、湯気の立つ湯呑を受け取りながらレシュに尋ねる。「この名前が消されているのはもう盗んじゃったやつですか?」

「どうかしら」レシュは昼下がりに相応しい長閑な声色で言う。「私も見せてもらったことないのよ。でもそういう大物を狙いに行けるのは、おかしらのお気に入りの団員だけね」


ユカリは茶を飲み、舌の上で少し考えてから慎重に感想を述べる。「苦いですね」

「お砂糖いる?」とレシュは言う。

「それは――」

「買ったやつ」


だとしても盗んだ金か、盗んだ品を売った金じゃないだろうか。考えるだけ無駄だとユカリは諦める。


「お願いします。自分の持ってた砂糖は海に溶けちゃったので」

「旅に砂糖を? ユカリはそんなにも甘いものが好きなのね」


そういう訳でもない、とユカリが言う前にレシュは砂糖を取りに行って戻ってきた。

再びじっくりと一覧表に目を通す。ユカリには羊皮紙のそれらの文字列こそが光り輝いて見える。


「ずいぶん熱心に読むのね。面白いの?」とレシュに尋ねられて、

「私からすれば宝石よりこの一覧表の方が欲しいくらいです」とユカリが答えると、

「羊皮紙が好きなのかしら?」とレシュが疑問を呈した。


レシュは本当に他の解釈が思いつかないらしく、ユカリは不躾にならないように否む。


「ではなくて、どちらかというとこの一覧の内容です。わくわくしませんか? こういうのを読むと」とユカリが言うと、

レシュは素直に羊皮紙を覗き込み、「うーん。分かるような、分からないような。一覧表の何が好きなの?」


レシュが興味を持っているのか持っていないのかユカリには分からなかったが、尋ねられて饒舌になる。


「昔から物語をよく聞いて読んでいたので。特に英雄物語を」

「ああ、なるほど。この宝石の逸話が面白いってことね」そう言ってレシュは感心したように頷く。「英雄って例えば誰が好きなの?」


レシュがこちらを見ていることに気づいて目を向けると、レシュは緑の瞳でユカリの瞳を覗き返す。


ユカリは少し前のめりになって温かくて甘い湯呑をおいて、レシュの瞳に訴えかける。「レブニオンです!」

レシュの瞳が天井で逃げ回る記憶を左右に追いかける。「聞いたことあるような、ないような。どういう人?」

「井戸の子レブニオンですよ。丘妖精を率いる者にして谷の魔女の同盟者。象牙の瞳ウェバ女王との詩歌比べで名を馳せ、怪物曇天フォーバルの蝶退治で勇名を響かせた女傑レブニオン」

「なるほど」何か言いたそうにレシュが口を開くが閉じる。そしてまた開く。「ユカリも英雄になりたいのかしら?」


ユカリは何か気恥しくなってしどろもどろになる。


「いえ、その、なれるなら、なりたいですけど、なろうと思ってなれるものでもないですし」

「ユカリならなれるわ。魔法もすごかったって、おかしら仰ってたもの」


ドボルグはそういう意味で言ったのではないだろうと分かっていたが、ユカリは恥ずかしくなって顔が火照るのを感じ、矛先をそらす。


「レシュさんは英雄……は興味無さそうですね。何が好きですか?」

「え? 私!?」レシュもまた困惑した様子で瞼を開いて目を泳がせ、一覧表に目を戻す。「まあ、英雄よりは宝石かしら。こういう大物で身を飾るのは怖いから、遠慮させてもらうけど」

「怖い? 何でですか?」

「おかしらに狙われるわ」

「ああ、たしかに」と言ってユカリは笑うが、レシュにはユカリが何で笑っているのか分からない様子だった。


冗談ではなかったらしい。


「さっきもそんなことを言ってましたけど、そんなに怖いんですか?」とユカリはレシュの横顔に尋ねる。


ベッターもまたドボルグを同様に評していた。一方でドボルグは義賊と評されている、ということも教わった。


「ええ。まあ、盗賊団の長ですもの。普段は気の良い人なのよ。気前も良いし。別に自ら他人に施そうとはされないけど、筋を通してお願いすれば譲ってくださるわ。この一覧表だってそうでしょ?」

「ええ、そうですね。こういう物があることを教えてくれましたし、頼めば許可してもらえました。特に嫌がられたりはしませんでしたね」


そうしてユカリが残りの逸話を眺めていると、一覧の最後の方に特に目を引く宝物があった。


旧シュジュニカ王家の家宝。『至上の魔鏡』。魔導書。

踏み締める者たちヒニカ王家の家宝。『珠玉の宝靴』。魔導書。

旧フォルビア王国の国宝。『神助の秘扇』。魔導書。

旧ガミルトン王国、浄火の礼拝堂の秘宝。『深遠の霊杖』。魔導書。


思いがけないところで魔導書の情報を手に入れた。記述によるとその全てを救済機構が保有しているらしい。それに名称からして羊皮紙の姿をとってはいない。それは魔導書『禁忌文字録』が衣だったように、物の形をとっているのだろうか。あるいは魔導書『七つの災厄と英雄の書』が人間に宿っていたように、物品に宿った魔導書が存在する可能性もある。


今はまだ如何ともし難いが、ベルニージュとレモニカ、ひいてはシグニカ沿岸の町々をフォーリオンの海から救った暁にはやはり救済機構に挑まなくてはならないようだ。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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