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「セドリック様の下で馬車まわりを任されている古株の従僕です。普段は馬車小屋に詰めていて、急ぎの時は御者も務めます。馬の扱いも丁寧で、信頼されてる人なんです」
「そう……。私、てっきり、カイルが行ったのかと思ってた」
「俺も時折御者を務めますが、基本は厩番ですよ」
「……そうなの? じゃあ、今日もカイルはずっと厩舎に?」
「はい。先ほどお話しましたように馬たちの様子がおかしいので、離れるわけにはいきません」
言葉少なな返答。
普段ならもっと色々気さくに話してくれるはずなのに、カイルの声音はどこか急かすように感じられた。
「ほら、こうして話しているだけでも馬たちがざわついています。リリアンナ様、申し訳ありませんが本当に、今はお引き取りいただけませんか?」
いつもなら〝リリー嬢〟と呼び掛けてくれるところをわざわざ〝リリアンナ様〟と言われたことがカイルからの明確な拒絶に感じられてしまったリリアンナである。
カイルの絶対の拒絶を含んだ眼差しに、ナディエルがリリアンナの傍へ寄り添った。
「リリアンナ様。いつもはリリアンナ様に友好的なカイルがあれだけ拒絶しているのです。……今日は諦めて引き返しましょう?」
そのささやきに、リリアンナは未練がましく厩舎の扉を見つめたが、やがて小さく頷いた。
「……わかったわ。でも、また落ち着いたら会わせてね?」
「はい。落ち着いたら、必ず」
短くそう言ったカイルは、それ以上何も語らず、再び帽子を目深にかぶって厩舎の掃除へ戻っていった。
その背中を見つめながら、リリアンナとナディエルはゆっくりと来た道を引き返し始めた。
***
ナディエルと肩を寄せ合いながら、リリアンナは顔を見ることが出来なかった馬たちに思いを馳せつつも、厩舎に背を向ける。
カイルが言ったように、建物の中からは馬たちの落ち着かない様子の嘶きが風に乗って微かに聞こえてきて、リリアンナも何だか落ち着かない気持ちになった。
ナディエルとともに歩くその道は、屋敷と厩舎を繋ぐ一本道。途中城壁のすぐ傍、冬枯れの木々が並ぶ寂しげな一角を通り抜ける。
それじゃなくても日の光の弱い冬。先ほどまではそれでも青空が見えていたのに、いつの間にか空は鉛色の雲で満ちていて、一枚一枚が折り重なるように太陽を覆っていた。まるで世界そのものが眠りにつこうとしているかのような、静かで重苦しい冬の空。
木陰はどこか薄暗く、冷えた空気が張りつめていた。
馬たちの様子がおかしいのもあるのかも知れない。
「なんだか、怖い……」
リリアンナが無意識に小さく呟いた、その瞬間。
木立の奥の低い茂みが不自然に揺れ、足音ともつかぬ気配が地を踏んだ。
空気が急に重くなった気がして、ナディエルがリリアンナの腕を掴む。
「リリアンナ様……あそこ……!」
コメント
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もしかして、狼!?