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『スラッタル』から少し離れた場所で、ファナリア人とアイゼレイル人の女性2人は、小走りしながら後ろを振り向いていた。
「うーん……本業の人達ってすごいですね」
「まぁなんていうか……王女様の護衛らしいし、生半可な実力じゃないでしょ」
「…………えっ?」
振り向いた先ではミューゼ達が戦っている。この2人はもしもの時の為にと、クリム達の方へ戻るように言われていたのだった。
「ところで、おうじょって……?」
「あそこに浮かんでる雲の上に座ってる美人さんが、本物の王女様よ」
「本当だったんですかあああ!?」
ヨークスフィルンの植物園で働いているだけのアイゼレイル人なので、ファナリアにはあまり縁が無い。先程まで同行していた時もそう呼び合っているのを聞いていたが、そんなまさかと思い、なんとなくスルーしていたのだった。
「ちなみに雲を操作してる一番ちっこい子が、本物のシーカーの総長よ」
「はぅええええ!?」
さらに『本物』の部分を強調して聞かされた衝撃の事実に、今度こそ疑う事なく叫んでいた。
「ちなみにこの方が、王妃様ね」
「はぁい♪ 王妃でーっす! キラッ☆」
「くぁwせdrftgyふじこlp!?」
丁度クリム達の元にたどり着いたところで、これまでの衝撃を上回る事実をあっさり突き付けられたあげく、トンでもなく軽いノリで肯定されたせいで、アイゼレイル人の女性は丸い尾から白い糸を漏らしながら、ちょっと壊れてしまったのだった。
ちなみにパルミラはというと、クリムに介抱されながらも、未だに泣きながら気絶していた。
「次っ!」
「ほいっ!」
ミューゼ達は順調に、次の太い蔓の断面も燃やしていった。細い蔓とは違い、灰になるよりも再生の方が早く、他の蔓に燃え移る事が無い為、1本ずつ処理していくしかない。
かといって、斬ると同時に燃やす事が出来ているパフィは、周囲の細い蔓の処理に走っているので、今はまだ頼る事が出来ないのだ。
(ってゆーか、パフィのナイフ、なんであんな感じになってるの? なんで燃えるの? ちょっとカッコイイんですけど)
オスルェンシスの補助をしながら、焼き斬っている姿を見て、改めて疑問に思っていた。合流した瞬間は冷静さが無かったのと、アリエッタを愛でるのに忙しかったせいで、スルーしていたのだ。
離れて暴れている為、刀身に火が付いているように見えているが、そもそもパフィのカトラリーにそんなおかしな力は無い。その事はいつも一緒にいたミューゼがよく知っている。
(アリエッタが何か描いたのは分かるけど……あの子の力は絵に触れてないと使えない筈よね? どゆこと?)
ミューゼの知っているアリエッタの絵の力。それは描いた絵に触れてその絵の内容を実現させる能力。
しかしアリエッタが触れていない状態で絵の位置を動かすと、その効果は無くなってしまう。そしてそのアリエッタは、ネフテリアと一緒に空中にいる。
つまり、アリエッタがナイフを持っていない時点で、その力は発動しない筈なのだ。そもそもパフィの巨大カトラリーは大きすぎて、アリエッタには持ち上げる事すら出来ない。
(考えても分かんない。後でパフィに聞いた方が早いか)
まだ知らないアリエッタの能力があるのかもしれない…という考えに落ち着いたミューゼは、3本目の蔓に火を着けていく。
役割自体は少ないが、ミューゼは『スラッタル』を木で殴り飛ばしたり、串刺しにしたりと、大きな事を数回やってのけている。アリエッタを愛でる事によって元気になっているが、実際は魔力が限界に近いのだ。
それならばネフテリアと交代すればよかったのだが、ネフテリアが妙に『スラッタル』から狙われているというのと、アリエッタにカッコイイ所を見せたくて、ノリで前線に出てしまったのである。
影の中でそれを説明して、時間稼ぎの火付けと、もしもの為の温存を許されたのだった。
「よし、透明のやつが見えてきた!」
「こっちも周囲の処理が終わったぞ!」
まだ手が届かないが、半透明の蔓が目視出来るようになってきたところで、パフィ達による安全確保が一旦終了した。
ここからは尾の蔓に総攻撃……と行きたいところだったが、周囲の細い蔓が無くなった事で動きやすくなるのは何もパフィ達だけではない。
尾の蔓もまた、広くなったその中で暴れ始めた。
「うわお! そんな激しくっ!」
「太くて元気ですね……」
「暴れん坊にも程があります」
「アンタらワザとなのよ!?」
ビタンビタンと荒れ狂う蔓に、愚痴をこぼしながらも逃げ回るミューゼ達。細い蔓が無いお陰で簡単に避ける事が出来るが、全体で暴れられてはうまく斬る事が出来ない。
「お兄! なんとかして!」
「ちょっ!? ……なんとかするけど…なっ!」
コーアンは妹の頼みに従い、バルナバの実を握った拳で、迫りくる蔓を殴り飛ばした。
「……あの人、あの剣っぽいのいる?」
「うーん……ん?」
殴り飛ばされた蔓は、その勢いでほぼ直線状になったところで、横から伸びてきた長細い物に貫かれ、根本方面の半分程が動きを止めた。
「総長なのよ! 助かるのよ」
先端の半分をビチビチと動かしている蔓だが、ピアーニャの『雲塊』からは逃れられない。そしてその隙を逃すような者はここにはいない。
丁度動きやすい体勢だったツーファンとパフィが、止まった蔓の根元を斬りつけた。
「よし、あと……何本なのよ!?」
「事前に数えてからキメ台詞言ってください!」
パフィに斬られた蔓の断面は、当然焼け焦げていて、再生がかなり遅い。そして半透明の蔓も見える範囲が増えてきた。
さぁ次の蔓を……と全員が思った矢先、残った蔓が動きを替えて、一斉にミューゼ達に襲い掛かる。
「みなさん少し伏せて! 【棘】!」
ここでオスルェンシスが攻撃を捨て、無数の影の棘で蔓の動きを止めた。先程のピアーニャによる雲の針をヒントに、刺して勢いを殺したのである。
しかし今回は先端の動きを止めただけで、蔓の大部分は動いたまま。と、そこへさらにピアーニャからの援護が入り、蔓の2本の動きを封じた。
そのうちの片方にツーファンとコーアンが斬りかかる。
パフィも負けじと、もう片方の蔓に飛びかかった。
「アリエッタの愛を受け取ったこの私がっ!」
全力で左手に持ったフォークを突き刺した。そのまま右手を振りかぶる。
「よく分からない獣に負けるわけにはいかないのよおおおお!!」
炎の模様が描かれたナイフを握り締め、アリエッタの笑顔を思い浮かべてから、気合十分とばかりに振り下ろした。
「ぱひー!」(がんばれ!)
アリエッタは祈るように、パフィを応援していた。
その祈りは、アリエッタの精神の中でうずくまっている女神エルツァーレマイアにも届いていた。
──スラッタルの蔓に捕まる少し前、植物園の破壊と共に海へと飛ばされたアリエッタは、その衝撃によって気を失っていた。……というのはミューゼ達から見た『アリエッタ』の状態でしかない。
その時はまだエルツァーレマイアが体を動かしていたのだが、実はぶっ飛ぶ少し前から、中のアリエッタから声がかかっていたのだ。
パルミラに包まれて海に落ちた時に、これは丁度良いと思ったエルツァーレマイアが、精神世界の中に引っ込んだ。傍から見れば気絶したようにしか見えない為、ミューゼ達は何の違和感も感じなかったという訳である。
そうしてアリエッタと対話出来る状態になったエルツァーレマイアは……
『ごめんなさいごめんなさい! 悪気は無かったんです!』
仁王立ちするアリエッタの目の前で、土下座しながら必死に謝っていた。
『悪気が無いのになんでこんな変な事になってるの?』
『いや、それは分からないんだけど……』
『分からない?』
『ひぃぃ! 経緯は本当に分からないんですぅ! だからそんな目で見ないでぇ!』
母を説教する娘の顔がとても恐ろしく見え、半泣きになっている。このような事は、転生後の初対面時以来である。
『経緯はって事は、原因はやっぱりママって事だよね?』
『うぅ……実は……』
エルツァーレマイアは隠し事をして、後でまた怒られるのは嫌だと考え、素直に白状した。
見た事無いフルーツだけどアリエッタが喜ぶかなぁと思いながら、植物園の木に力を少しだけ与えて成長を促してみた事。その力のどれかが木に変な影響を与えたのか、それとも別な要因があるのか、気付いたらその力を持った木の生物が現れて、巨大化して暴れている事。そして大きくなったフルーツがとても美味しかった事を、涙ながらに語っていった。
『ママのバカ』
『ヒッ……』
一通り聞き終えたアリエッタから出た言葉は、かなり本気の罵倒。しかも目が据わっている。
親馬鹿なエルツァーレマイアにしてみれば、アリエッタからは絶対に向けられたくない顔だった。その証拠に、目が合った瞬間から青ざめて震えている。
『ママは一体何がしたいの? ボクのいた所でも大地震起こしてたでしょ。人に迷惑かけちゃいけませんって、教わらなかったの? それとも他所様の世界を滅ぼすのが趣味なの?』
怒り心頭のアリエッタから出てくる嫌味に対し、エルツァーレマイアは涙目で顔を横に振るくらいしか出来ていない。事実を並べているので反論など出来る筈もない。
『うぅ……ぐすっ……』
娘に罵られて泣く女神には、神としての威厳など欠片も無かった。むしろ転生したばかりの娘の方がずっと威厳がある。
『はぁ……今これ以上怒っても仕方ないか。みゅーぜ達を手伝いたいし』
今は緊急事態であり、こうやって精神世界にいる間にもミューゼ達は奮闘しているかもしれないと考え、一旦気持ちを落ち着けた。
『……ねぇママ、お仕置きとか説教の続きは後にするから、何か方法無い?』
結局お仕置きはするらしい。娘は威圧を含んだ笑顔で、母親に何か出来る事が無いか問いかけた。
『はひっ! さっ先程私がみゅーぜに頑張れーって感じで少し力を送ってみたら、杖に描かれたアリエッタの絵が反応して、力が増したでありますぅっ! きっと絵を使うと力の遠隔操作が出来るんだと思いますぅっ!』
もう娘の怒りを鎮める為に必死である。頭をフル回転させて、今のアリエッタが欲しいと思うような情報を、真っ先に提示した。
そしてその判断は正解だった。
『なるほど……僕が描いただけじゃ何ともならなかったけど……ママならそういう風に使えるって事?』
『たぶん、私も彩の力そのものの遠隔操作って初めてやったから。アリエッタの絵に私の力を送ればいけると思う……思いますぅ……』
アリエッタの真剣な眼差しで、また怒られている気分になったエルツァーレマイア。声もだんだん小さくなっていく。
『じゃあママにお願いがあるん──』
『なんでも言ってくださぁい! 言うとおりになんでもしますからぁっ!』
お願いと聞いて、チャンスとばかりに飛びついた。その願いとは……
『はい土下座に戻って』
『……はい』
『外に戻ったら、ぱひーのナイフに火を描くね。ずっとやってみたかったんだ。で、ママにはそれにタイミングを合わせて力を送ってほしい。みゅーぜの杖にも』
『……はい』
今のエルツァーレマイアには、拒否する権利も考える権利も無い。アリエッタがやりたいと言うなら、それを叶えるのみである。
『それじゃあ僕を起こしてちょうだい。あのでっかいのをやっつけるまでは、ちゃんとサポートしてね? もしかしたらママの事キライになるかも』
『いやああ!! お願いアリエッタ! 私を捨てないでぇっ!!』
最後の最後で本気で泣いてしまった。しかも怒り自体は全く鎮められなかったようだ。
『お・ね・が・い・ね?』
『はいっ!!』
こうして精神世界に土下座女神を残し、アリエッタは宿に戻ったミューゼ達の元へと戻った。その時、エルツァーレマイアの力を出しっぱなしにしたことで、髪は虹色のままになったのだった。
すぐにパフィに縋り付き、上目遣いとつたない単語で涙目になるまで必死に懇願した結果、ナイフに絵を描かせてもらう事に成功。炎の絵を刃に描いていった……という経緯があって、パフィのナイフに燃える力が付与されたのだった──
《ぱひーお願い! 私の想いを受け取って! アリエッタには嫌われたくないの!!》
土下座しながら送られた女神の強く情けない祈りは、アリエッタの絵を遠隔で現実化し、パフィのナイフを燃え上がらせる。それは巨大な炎の刃となり、『スラッタル』の太い尾の蔓を一撃で切断、炎上させた。
さらに炎は、その奥にあった半透明の蔓にも届いていた。
「ミュウウイイイィィィ!?」
ごおおおおおおっ
『スラッタル』が叫ぶ。しかしそれ以上に、有り余った炎の力によって周囲が大炎上という事態を巻き起こした。
「ぎゃああああああ!?」
「ぅ熱ちちちち!」
「うああああ! お気に入りの警備服が燃えてしまう!!」
アリエッタに嫌われたくないという想いが強すぎて、想定をはるかに超える火力になった。そのせいで、周囲だけでなくパフィも逃げ回っている。
その光景を見て、アリエッタはため息を漏らしていた。
(あのクソ女神。ほんっと、どうしてくれようか……)
《ひっ!?》
考えている事自体は本来分からない筈だが、エルツァーレマイアは身体の芯から凍り付いてしまうのではないかと思えるほどの強烈な悪寒を感じていた。