テラーノベル
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速報です。現在、佐久間大介氏が待ち合わせから約30分の遅刻をしております。ここからの実況は私、阿部亮平がお届けします。
40分前に到着の連絡をしてからの数回のチャット、依然として既読はつきません。そのアプリ内での電話3回、全く繋がりません。更には、通常の回線を使った電話、同じく全く繋がりません。これはもう、恐らく、というか間違いなく完全に爆睡中です。
一緒に買い物行こうって言ったのは誰だったでしょうか? この状況、一体どういうことでしょうか?
…ということで、私はいっそのこと、佐久間宅へ突撃しに行こうと思います。
──と、半ば1人でそう脳内実況をして暇を潰しているのも、いい加減馬鹿馬鹿しくなってきた。
誰も居ない車内。握ったハンドルの指先でリズムを刻みながら、サイドミラーに映る自分の顔は、笑っているようでいて、目が全く笑っていない。
俺は深く、重い溜息を吐き出した。
ガチリとサイドブレーキを下ろす。右足でアクセルを踏み込むと、車は静かに、しかし確実に本人の家へと動き出した。
佐久間の家の玄関前。合鍵は持っているけれど、親しき仲にも礼儀あり、そして『あべちゃんの怒り』を段階的に解らせる為、敢えてオートロックのインターフォンを押す。
ピンポーン、という音がドアの向こうで空虚に響く。
1分経過。…反応なし。
更に2回目。…40秒ほど経過したところで、漸くスピーカーからノイズが混じった声が聞こえてきた。
『…はぁい…?』
案の定、重度の寝起きを隠そうともしない、むにゃむにゃとした締まりのない声。
「佐久間? おはよ。」
敢えて感情を排した、フラットなトーンで呼びかける。
『、んん? おはよ、…あっ、え…!?』
反射的に挨拶を返したものの、その数秒後、モニターに映る俺の姿と時刻を脳が認識したらしい。スピーカーの向こうで、何かが倒れるような音と、明らかに狼狽した激しい動揺が伝わってくる。
「入ってもいい?」
『え? あ、うん、…どうぞぉ、』
「鍵使うからね?」
『…はぁい。』
力なく消え入りそうな返事を確認し、俺はポケットから鍵を取り出した。
ガチャリ、と重い玄関の扉を開け、俺は静かに足を踏み入れた。
廊下を進み、リビングのドアを開けた瞬間――ばたーんっ!っという音の後に続いて俺の目に飛び込んできたのは、芸術的なまでの自爆シーンだった。
「…………何してるの、佐久間?」
そこには、俺の突然の来訪にパニックを起こし、慌てて着替えようとした結果、片足をデニムの裾に突っ込んだまま派手に転倒したピンク色の塊がいた。
「…っ、あ、あべちゃ…っ! 違う、これは、あの、違うんだよ…!」
床に這いつくばり、もがけばもがくほどデニムが脚に絡まって身動きが取れなくなっている。太縁のメガネをかけてボサボサの頭を振り乱して俺を見上げるその顔は、完全に『詰んだ』人間のそれだ。
俺は無言のまま、ゆっくりと彼に歩み寄る。逆光を背負い、床に転がる彼を見下ろす形。スッとスマホを取り出し、青白く光る画面をその鼻先に突きつけた。
「あのさ、佐久間。今、何時だと思ってる?」
「ふぇ…っ!」
「待ち合わせ10分前の『着いたよ』。その後のチャット計8回、電話計4回。全部スルーして、挙句の果てにこれ? …今日、一緒に買い物行くの、楽しみにしてたのになぁ?」
態とらしく、困ったように眉を下げてでも笑みは揺るがずに溜息を吐いてみせる。あざといと称される俺の武器は、こういう時にこそ最大の威力を発揮する。
「ごめん! マジでごめんあべちゃん! 本当に楽しみにしてたんだ、嘘じゃないんだよ! ただ、ちょっとだけ、アニメの録画を確認するつもりが、」
「…へぇ。録画、ね?」
「あ、いや! 今のは忘れて! 忘れてください!」
涙目で必死に謝る佐久間を見ていると、車内で膨らんでいた黒い感情が、なんだか馬鹿らしくなって霧散していく。
「…5分。」
「えっ?」
「5分で準備して。それ以上1秒でも過ぎたら、今日は1人で買い物行くから。」
「5分!? いや、3分でやる! 秒で人間になってくるから!」
絡まっていたデニムを執念で履ききり、脱ぎ散らかしたTシャツを掴んでバスルームへと猛ダッシュする後ろ姿。
「…ふふっ、60秒過ぎた時点で『分』なのにねぇ?」
ニャンズ以外に誰も居なくなったリビングで、俺はふっと毒気を抜かれたように笑った。ソファに腰掛けると、彼が慌てて投げ出したスマホを拾い上げ、充電器に挿してやる。
「全く…世話かかるご主人だね?」
寄って来たツナの鼻先に人差し指を嗅がせると、《ほんとそれな。》と言うようにその子はすり、と左脛にその身体を擦り付けた。
「あべちゃん、あべちゃん…っ。ほんとにごめんね? 怒ってるよね…?」
準備を整えてバタバタとリビングに戻ってきた佐久間は、ソファに座る俺に細い腕を俺の首筋に回し、体温がダイレクトに伝わる距離までべったり密着してくる。
正に子犬が飼い主に擦り寄るような、或いは甘えたがりの猫そのものの遠慮のないスキンシップ。
俺は表情を崩さず、下から潤んだ瞳で見上げてくる彼の両頬を、逃がさないように掌で包み込んだ。
至近距離。吐息が重なる位置で、俺は最高に『あざとい』笑みを浮かべて、静かに、でも断定的に告げる。
「俺が満足するまで、佐久間から口にキスしてくれたら。…そしたら、許してあげる。」
挑発するように唇を親指でなぞると、佐久間は一瞬だけ鼻先を赤くしたが、すぐに彼らしい、猪突猛進なスイッチが入った。
「…っ、わかった! 満足するまでだよね!?」
そこからは、まさに嵐のような猛攻だった。
あべちゃん大好き!と叫ぶような勢いで、何度も何度も、食らいつくように、それでも触れるだけの唇を重ねてくる。
「1回! 2回!…ねぇ、まだ?」
「…、…?」
「3回! はい、4回! …あべちゃん、まだ満足しない?」
チュッ、チュッ、と軽い音を立てて、必死に俺の許しを請うようにキスを繰り返す彼。何か思っていたのと違う、と思いながら、俺は敢えて自分からは動かず、それを受け止めながら、余裕を崩さずに彼を観察し続ける。
「…まだまだ。全然、足りないかな?」
俺がそう言って少し意地悪く目を細めると、佐久間は更に密着度を増すように無自覚に俺に跨ってきた。
「もー! じゃあとっておき!!」
そう言うなり、彼は俺の髪に指を絡ませ、今までの軽い音とは違う、吐息が漏れる程に深くて熱い口付けを落としてきた。
今までの《ごめんね》の延長線上にあるような軽い音とは、明らかに空気が変わる。彼は俺の唇を塞ぐと、そのまま逃がさないように深く、熱く食らいついた。
ちゅく、と湿った音が静かなリビングに響く。
重なり合う唇の隙間から、彼の熱い吐息が直接俺の口内へと流れ込んできた。
「、んっ…!?」
「…ん、んっ、ふ…。」
驚いて少し目を見開いた俺の隙を逃さず、佐久間は尚も吐息を漏らしながら体重を預けてくる。
さっきまでの子犬のような甘えはどこへ行ったのか、と疑う程に激しい口付け。絡み合う舌先が、俺の理性をじりじりと削り取っていく。
どれくらい時間が経っただろうか。
漸く唇が離れた時、佐久間の瞳は微睡みから完全に覚め、熱っぽく潤んでいた。
「…あべちゃん。これでも、まだ足りない?」
至近距離で、少しだけ乱れた呼吸を整えながら、彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
お仕置きをして、翻弄していたはずなのに。
彼の赤くなった唇を拭いながら、俺は自分の心拍数が跳ね上がっているのを自覚し、負けを認めるように溜息を吐いた。
「…合格。もう、許してあげる。」
予定よりもっと遅れてしまった買い物の時間は結局、俺が彼を抱き寄せて《でも、もう一回。》と強請った所為で、更に延びることになったのだった。
因みに、インターフォン内の騒音はシャチが棚の上のものを蹴って落とした音だったらしい。…ほんと、どこまでも騒がしい一家だね。
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