俺は春香さんに案内してもらい、奇縁という女の子がいる家へと向かっていた。
詳しいことをもっと知りたくて春香さんに聞いたが、話は奇縁ちゃんと会ってから、と言って話してくれなかった。
「ここだよ」
そう言って木造アパートの、奥から二番目の部屋の前に立った。
春香さんはインターホンを一回鳴らして、奇縁ちゃん、と呼びかけた。すると、少しの間を置いてから、扉が開いた。
扉を開けたのは、美輝ちゃんを見たという人全員が言っていた、赤茶色の二つ結びの髪型に、赤い目をした六歳くらいの女の子だった。
「…っぇ…………」
驚いて二人に聞こえないくらいの声でそう言ってしまった。まあ、聞こえていないからいいけれど。
「青也くん?早く入らないの?」
頭が真っ白になってぼーっとしていたが、春香さんの声で戻ってきた。
奇縁ちゃんの家へと入り、奇縁ちゃんと春香さんの後について、リビングへと行った。
リビングに、美輝ちゃんはいないようだった。でも他の部屋にいるかもしれない。それは、詳しく話を聞くといいんだろう。
「青也くん。この子が奇縁ちゃん。まあ、知ってると思ってるけどね…」
苦笑混じりにそう言う春香さん。奇縁ちゃんは真顔でただただ正面を見つめているだけだった。だが、奇縁ちゃんが話し始めると、微笑んだ。目は笑っていないように見えたけれど。
「じゃあ、私のこと、色々話しますね」
そう言って、美輝ちゃんのことやこの家のことを話してくれた。
どうやら美輝ちゃんと遊んでいたが、名前は知らないらしい。そして、奇縁ちゃんの母親は父親を殺害。母親は毎日別々の男を家に連れ込み、ある日連れ込んだ男と心中。困っていたところを一人の女性に助けられ、その女性と生活しているらしい。
女性はお金持ちで、生活費などは女性の父親が払ってくれているようだ。だが、海外に行ってしまい今は家に一人のようだ。女性はスマホを奇縁ちゃんに預け、そのスマホ代も女性の父親が払っているという。
「だから、ごめんなさい……。その女の子とは一緒に遊んでたけど、名前も知らなかったし、どこにいるかも知りません……」
俯いて弱々しい話をする奇縁ちゃん。俯いていて表情は分からない。でも、なぜだろう。俺にはそれが、本当のことを話しているように見えなかった。
「…だって、青也くん。この子、その女の子のこと知らないって」
奇縁ちゃんの話は、とても辛い話ばかりで、青也くんも男女二人が心中していたことを話していたし、信憑性がある。
だけど、私は青也くんを信じたいと思う。
今まで私を守ってくれたのだから。怖くて、俯きたくて、目を逸らしたいくらいの恐怖を感じても、今までただひたすらに私を守ってくれた。
なら、私も青也くんを信じて協力するのが筋だろう。
「…奇縁ちゃん。信じたって言っといてなんだけど、部屋に女の子とかがいないか確認させてもらうね」
私がそう言うと、青也くんは驚いたようにこちらを見た。奇縁ちゃんは、え、と小さく声を漏らしていた。
「いないなら見せれる。そうでしょ?私は奇縁ちゃんの家に行く以上、奇縁ちゃんのことをちゃんと信じたいの」
私が真剣にそう言えば、奇縁ちゃんは渋々頷いてくれた。私と青也くんは目を合わせて奇縁ちゃんに、じゃあ見るね、と言って、リビングから一番近い部屋の扉を、深呼吸して開けた。
その部屋には、誰もいなかった。ベッドがあって、奇縁ちゃんのと思われるバッグがあって、それだけだった。
すると、青也くんはその部屋に入って、ベッドの下やクローゼットを開けたりして、女の子がいないことを確認すると、隣の部屋を開けてまた確認し始めた。
「…いないっぽいね」
私が空き部屋に立ちつくす青也くんに対して、静かな声でそう言った。
「…ごめんね、青也くん。私も青也くんのこと信じたいけど…でもっ、やっぱり変だよ。こんな小さな女の子が、年下くらいの女の子を誘拐して、人まで殺すなんて……ありえないって…!」
私がそう言うと、青也くんは私に背を向けたまま、そうですね……、と答えた。そして、振り返って私を見ながら言った。
「ドラマの見すぎですかね……。すみません、奇縁ちゃんには謝って他の誰かを調べてみます。じゃあ行きましょう」
そう言って、奇縁ちゃんのいるリビングに戻って行った。
「ごめんね、奇縁ちゃん。俺の考えすぎだった。奇縁ちゃんばっかりを疑っちゃってごめんね。じゃあ、他の人調べるから、今日はもうバイバイ」
青也くんは疲れたような笑顔で奇縁ちゃんにそう言った。奇縁ちゃんはそれに対して目が笑っていないような笑顔で言った。
「わかりました。バイバイ、ですね」
私たちは奇縁ちゃんのいる家を出てこの木造アパートから走って離れた。そして、青也くんに対して息が切れながらも私は言った。
「……不気味、だね」
私がそう言うと、青也くんも俯きながら疲れたように言った。
「…はい……。…不気味ですね」
私たちは出会った時のように沈黙が流れるまま、家に帰った。けれど、出会った時とは違って、手を繋いでいた。だから、沈黙が流れていても大丈夫だった。
安心ができたから。
「美輝ちゃん、迎え来たよ」
鍵を開けて玄関から一番近い部屋の扉を開ける。すると、すぐに美輝ちゃんが笑顔で私に抱きついた。
私は春香さんとあの警察官と協力している男が来る前、美輝ちゃんをお姉さんがいた隣の部屋へと隠したのだ。
でも美輝ちゃんに血は見られたくなかったから、部屋に入るまでは目を瞑ってもらうようにした。目を開けたら一緒にいられないと言って従わせたのだ。
まあ嘘ではない。
もし血を見たら、美輝ちゃんはきっと私に幻滅するだろう。そしたら、一緒になんていられるわけがない。
「じゃあ、帰ろっか」
そう言ってまた美輝に目を瞑ってもらい、お姉さんの家の外まで出た。美輝ちゃんを他の人に見られるわけにいかないから、美輝ちゃんを壁側によせて、私の背中で見えないようにした。扉を閉めて鍵をかけ、そそくさと私たちの部屋へと入った。
私たちの部屋に入ってから鍵を閉め、リビングへと行った。
そして、私は奇縁ちゃんに話したかったことを話した。
「ねえ奇縁ちゃん。私、明日出かけなくちゃならないから、お留守番頼んでもいいかな?」
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