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その夜、高阪伸太郎(こうさかしんたろう)の気分はどん底にあった。

5日目の狩りも失敗に終わったからだ。

 

最近になってイノシシの個体数が減っていることを、環境省の職員から知らされた。

狩りに不向きな冬の真っ只中ではなく、今はイノシシ猟の繫忙期である。ハンターの仕事が高収入になると聞きつけた若者たちが多く現れはじめたためだろう、と職員は言った。

 

一時は月に70頭も捕れたこともあった。

一頭当たり約2万円で売れるため、熟練のハンターは高給を手にした。その情報がインターネット上で広く知れわたるにつれて、若者たちが狩猟業界に参入しはじめたのだ。

 

「経験もない若造に何ができるというんだ」

 

そうした高阪伸太郎の考えはあまりに浅はかだった。

 

世界にデジタル革命が起こり20年余。

高坂は狩猟が新しい時代に突入しはじたことを知らなかった。

 

いつものように山を下りて狩場に向かうと、白い機械が設置されているのを見つけた。大きさはタバコの箱ほどで、赤い光が点灯している。

 

次の罠場でもまた白い機械を発見した。

 

高阪伸太郎が見た箱は全部で4つ。

そのすべてがイノシシの通る獣道に設置されていた。

 

その日を境に、5頭の猟犬たちの出番は失われた。

イノシシを追い込むためにあげる甲高い声が、高阪の鼓膜を震わすことがなくなったのだ。

 

最初の数日は、単に狩りに失敗しただけだと思った。しかし久しぶりイノシシを捕らえたときに、すぐ目の前に白い機械があることに気がついた。

 

「ここでしばらく待機する」

 

猟犬たちにそう言い放ち、高坂はぼんやりと空を見つめた。

空には小さな飛行物体が舞っていた。

高阪の姿を確認したからだろうか、飛行物体は進行方向を変えて姿を消した。

 

罠にかかったイノシシの足を縛り、目と口をガムテープで包む。命の危機に扮したイノシシが、荒い鼻息を立てている。高坂と5匹の猟犬は、移動することなくその場所で待機した。

 

そうして30分ほど待っていると、山を登ってくるふたりの猟師を目にした。

 

彼らはまるで軍人のような重装備に身を包んでいた。楽しそうに談笑しながら歩く姿は、まだ若い猟師であるのを示していた。

彼らは目的地に高阪伸太郎がいるのを見るなり、ニヤリと笑ってそのまま姿を消した。

 

獲物をトラックに乗せて帰宅すると、高阪はすぐに解体をはじめた。

皮を剥がし、内蔵を取り除き、骨と肉を切り離した。巨大な寸胴なべに入った水を沸騰させ、生姜やネギ、酒などを入れてから肉塊を投じて臭みをとる。

獣臭が消えた肉ができあがると、フライパンに移し焼き上げる。焼けた肉の匂いを嗅ぎつけた猟犬たちが、遠慮がちに空腹を主張している。

 

久しぶりの獲物なだけに、まともな夕食を用意したかった。

しかし猟犬だけでなく高坂自身も飢えに耐えていたため、結局白米の上に肉と山菜を無造作に乗せて丼を作った。

冷めた肉は皿に乗せて猟犬たちに配った。

 

腹が落ち着いたところで、夜空を眺めながら焼酎を呷った。

アルコールが胃に染みわたり、空を見る。

空に浮かぶまん丸い月が、あの奇妙な飛行物体のように見えた。

 

高阪は猟犬たちに言った。

「罠にかかった野生生物のほとんどは、ひどく損傷しているため処分するしかない。俺たち猟師の到着が遅いからだ」

 

聞いているのかいないのか、猟犬たちは舌なめずりをしている。

 

「もしもあの白い機械が、イノシシの位置を追跡する装置だとしたら? 罠にイノシシが掛かったのをセンサーが知らせてくれるなら? 

……いよいよ俺たちの時代が終わりに近づいているのかもしれんな……」

 

高阪が抱いた危機感は、的確に時の流れをとらえていた。

機械は赤外線センサーや温度センサーを使用してイノシシの接近を検知し、罠にかかるとすぐにスマートフォンに信号を送信するものだ。

さらにはGPSセンサーを使用して、日ごとの気候情報と捕獲位置の履歴をデータベース化する。

 

仕掛けておいた罠の、現地確認もまた然り。

もはや猟師が直接現場に行く必要などなかった。

人に代わって小型ドローンが現場に駆けつけてくれるからだ。

 

若い彼らは狩猟チームを結成し、完全なる分業体制を敷いていた。

「捕獲」、「巡回」、「輸送」が三位一体となり、体系的かつ効率的に山からどんどんとイノシシを連れ去っていく。

 

長い経験と磨き抜かれた猟師の嗅覚は、もはや過去の遺産になりつつあった。

必要なのは機材の学習と、チームワークだった。

昔ながらの罠猟、猟犬とタッグを組んでの鉄砲猟。

それらが古物となる時代が、もうすぐそこまできている。

 

高阪伸太郎は庭に唾を吐きつけ、脂ぎった頭を掻いた。

 

「……時代」

 

無意識に発した言葉。

すでに自身の生存権が奪われていたことに、はっとなる。

 

高坂はグラスに残る焼酎を飲み干し、犬たちに語りかけた。

「おまえら、よく聞くんだ。このまま昔ながらの猟を続けていては、遅かれ早かれ俺らは飢え死にする」

 

それは中世騎士の最後に似ていた。

銃と大砲の出現が、剣と鎧を無力化させる。そんな時代の境界線のようだった。

 

高阪伸太郎にとっては、まさに今夜がその境界線である。

 

この地で人生を終えるつもりだった。

困難の果てに定着した土地であり、もうこれ以上住む場所を変える気力もなかった。

 

多くの時間と労力を費やして、ようやく脳内に山の地図ができあがった。

拠点を変えるとなると、再びゼロから地図を記録していかなければならない。

しかし命をつなぐためには、決断せざるを得なかった。

 

「俺たちに残された選択は、たったひとつ――」

 

高阪は立ち上がりキッチンに入った。

再び戻った彼の手にはナイフが握られている。

 

「人間も動物も、完璧に血を抜くためには、頸動脈をきれいに切ってやらんとならねえ」

 

ワン、ワン!

 

飼い主にこびる猟犬を押さえつけた。

 

キャン!

 

5頭の猟犬のうち、2頭の首から血が吹き出した。

それは数十年前に他人から盗んで教育した、老犬のシェパードだった。

俺は一億人 ~増え続ける財閥息子~

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