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#闇バイト
るしゅ
180
あいうえお
159
19
600
キャン!
短い悲鳴が、夜の庭に響いた。
5頭の猟犬のうち、2頭が地面に崩れた。
残る3頭は、目の前で起きたことを理解できず、身を震わせた。次の瞬間、飼い主である高坂から逃げるように、犬小屋の奥へ潜り込んでいった。
「心配するな。おまえらは殺さねぇ。強え奴は生き残る。弱えものは消える。それだけだ」
キャン、キャン……!
老犬の断末魔が、前庭に響き渡った。
ここは山の中腹に建てられた、古びた民家だった。
命を振り絞る犬たちの声は、周囲の誰の耳にも届かない。
首輪が引きちぎれそうになるほど暴れていたシェパードは、やがて力を失い、地面に倒れた。
舌を出し、荒い呼吸を繰り返しながらも、その目だけは高坂を追っていた。
——どうして?
2頭の老犬は、疑いなくそう言っていた。
忠誠心の行き着く先が死であるなど、想像もしていなかっただろう。
「そんな目で見るな。これからはじまる地獄より、今死ねることを幸せに思え。数が増えれば、必ず選別される。いらねぇものから排除される。イノシシと同じだ」
高坂はグラスに残った焼酎を飲み干した。
「これから進むべき道……」
犬小屋の奥に隠れた3頭の猟犬を見た。
生き残った、強い子どもたち。
高坂が選んだ精鋭だった。
「俺たちに今できるのは、この場所から逃げることだ。この地を去って、もっと山奥へ向かう。いまだ銃も大砲も届かねぇような、山林の奥深くにな。しっかりついてこい。おまえたちは、俺が選んだ精鋭なんだからな」
高坂は死んだ2頭の老犬をキッチンへと引きずっていった。
そこで、いつもの獲物と同じように解体した。
ぶくぶくと沸騰する寸胴鍋の中へ、少し前までシェパードだった肉塊が沈んでいった。
*
深い山奥に、廃棄された材木工場がある。
そこは20年以上前、高坂が働いていた場所だった。
中学卒業後に流れ着いたその工場は、若い高坂にとって地獄のような場所だった。
高校へは進学せず、社会経験もない。頼れる者もいない。そんな高坂は、工場の先輩たちにとって、格好の標的だった。
「おまえ、何にらんでんだよ」
「その顔で人を見るな。気味がわりいんだよ」
先輩たちは、高坂の外見から話し方、歩き方、黙り方に至るまで、すべてを嘲笑の材料にした。
家庭環境の事情で祖母のもとに預けられていた高坂は、もともと人と関わるのが苦手な子どもだった。
友人を作れず、誰かと同じ感情を分け合うこともできなかった。
教師たちは、表では問題児と呼び、裏ではもっとひどい言葉で高坂を扱った。
現在なら、何らかの支援や診断の対象になっていたかもしれない。
しかし当時の高坂に与えられたのは、理解ではなく、排除だった。
母親は、高坂が生まれてから1か月も経たないうちに育児を放棄した。
3か月後には、夫と息子を置いて家を出た。
残された父親も、子育てを忌み嫌った。
高坂は父から虐待を受けながら、かろうじて生き延びた。
やがて異変に気づいた祖母が警察に連絡し、父親は拘束された。
その後、高坂は祖母のもとで育てられることになった。
祖母は、重い聴覚障害を抱えていた。
彼女は献身的な真心で孫の世話をしようとしたが、高坂の言葉を聞き取ることはできなかった。
ようやく暴力から逃れた高坂を待っていたのは、言葉の届かない養育者との生活だった。
高坂は、生涯にわたって友人を作らなかった。
そもそも、友人というものを必要だと感じたこともなかった。
誰ひとり心を通わせる相手を持たないまま中学を卒業し、材木工場に就いた。
そこでも、彼は誰ともつながらなかった。
材木工場は、重労働のわりに賃金が安い。
しかも山の奥深くにあり、市内へ出るのも容易ではなかった。
社員たちは、日々たまっていくストレスと怒りのはけ口を必要としていた。
アルコール。
タバコ。
そして、高坂伸太郎。
彼らは高坂を人間として扱わなかった。
心の安定を保つための、壊してもいい道具として扱った。
殴打は日常だった。
高坂を殴ることを罪だと考える者はいなかった。
酒瓶を割ることや、タバコの箱を踏みつぶすことが罪でないのと同じように。
日に日に衰弱していく高坂を、誰も気にかけなかった。
現場監督は、病気がちな高坂に向かって、生産性が低いと責め立てた。
鉄拳制裁は常だった。
子どもの頃から、そうだったように。
人は生きている限り、痛みに耐えるもの。
人は自分と同じように、いつも苦しんでいるもの。
高坂がそこで学んだのは、過去と何も変わらない苦痛だった。
ただ、ひとつだけ疑問があった。
——なんで、あんたらは笑ってる?
痛みに耐えるのが人生なら。
苦しむことが生きることなら。
その中に、笑顔など存在するはずがなかった。
人生とは、痛みと苦しみ。
あとは、ただ命を維持するだけ。
——じゃあ、なんであんたらは笑ってる?
死を決意した高坂は、断崖絶壁の先に立っていた。
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