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その後、冨岡はいつもの冷静さを取り戻し、不死川とは一切口を聞かず、自分の部屋に戻ってしまった。
そして、何も無かったかのように、いつも通りの朝がくる。
(冨岡、家事全般つったって片腕だけじゃ出来ねェだろうし…飯くらい俺が作った方がァ)
不死川は重い身体を起こし台所へ向かった。
「不死川、もう少し寝ていろ。お前は何もしなくていいと言っただろう」
「…元々テメェ不器用だし、何かあったらどうすんだよォ」
「心配ない。不死川の迷惑にならないよう、善処する」
冨岡が怒っているのはすぐに分かった。
軽蔑したのなら出ていけば良いものを、何故、家事全般は自分がやると言い出したのか理解ができない。
(ンなの、俺が楽になるだけじゃねェかァ)
「冨岡さん、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ…」
「昨日とは違って色んな匂いがしていて、特に悲しい匂いがします。何か不死川さんとあったんですか?」
炭治郎の嗅覚に敵う訳がなく、一瞬で嘘が見破られた。
明日、本を一緒に読む日だと約束したのに、こんな事があれば約束も忘れられている。
何より、不死川にあのような誘われ方をされたのが悲しかった。
「俺が不死川に無理をさせすぎた」
片腕が無いという理由を付け、同居という言葉に甘えすぎたせいで、不死川は壊れてしまったのかもしれない。
気付けば、掃除も家事も買い出しも不死川ばかりで自分がやることは洗濯物を畳むことだけだ。
(自分の時間を与えられていなかった分、不死川は欲求が満たされていなかったのだろうか)
訳もなく、あのようなことを言うような男ではない。
ずっと知っていたことなのに、怯えた目で自分の名前を呼ばれたのが耐えられなかったのである。
性処理に使われたのが、まるで自分の気持ちを馬鹿にされているようで無性に腹が立って仕方がなかった。
「なんか、面倒くさいことになってる気がする」
「安心してください、宇髄さん。アンタはいつでも面倒くさいですよ」
「いや俺の話じゃねぇよ」
冨岡の惚気を聞くのが嫌で避難してきた善逸は宇髄の住む屋敷にお邪魔する。
優雅に身体を休め、卓袱台に置いておいた菓子を頬張る善逸に宇髄は呑気なことだとため息をついた。
「痣、出た奴は25であの世逝き」
「…それがどうかしたんですか?」
「俺やお前みたいにアイツらには残された時間がないんだよ」
柱を辞め、無惨戦に参加せず、痣の発現もしなかった自分が不死川に向けて言うべきではなかったと深く反省する。
だが、どうしても不死川には幸せになって欲しかった。
家族を失い、想い人を失い、恩人を失い、大切な弟を失って、生き残ったのが苦しかったはずで、今やっと冨岡を好きになって、幸せがすぐそこにあるというのに過去に怖気付いているのは見ていられない。
「炭治郎は25で寿命を迎えると分かっていても尚、禰豆子ちゃんのために毎日せかせかして働いてます」
「あぁ、よくやるよ」
「炭治郎があんなに前を向いて頑張ってるのに、前を向かずうじうじと惚気ばかり吐かれると困るから、アンタがどっちに何言ったのかよく分からないけど…俺はいいと思います…よ」
話の内容で冨岡か不死川のことを言っていると察した善逸は柄にもなく、照れくさそうに宇髄を褒めた。
自分より年下で力も弱い男に褒められ、本来なら怒るところなのだろうが、弟のように可愛らしく、頬が緩む。
「そりゃどーも。人の色恋もいいけど、お前は自分のこともちゃんとしとけよ。俺はお前のことも応援してるからな」
「言われなくても分かってるよ!アンタも嫁3人とお幸せに!帰ります!」
(明日、本一緒に読むって言ってたけど…忘れてんだろうなァ)
冨岡に何もするなと言われた不死川は言われた通りにし、ただ天井をじっと見た。
嫌なことを全て忘れたくて、何ヶ月も前の冨岡との思い出のひとときを思い出す。