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#廃校past complex
ユメミリ@夏の絶不調祭り
315
るる
74
#闇
ruruha
1,447
◇
ティモシーの声が、海岸に集まった人々の間へ静かに響いていく。
昼間の喧騒とは打って変わり、海岸にはどこか厳かな空気が漂っていた。
砂浜には、祭りのために用意された小さな灯篭がずらりと並べられている。
丁寧に作られた灯篭は、まだ火が入っていないにもかかわらず、夕暮れの淡い光を受けて白く浮かび上がっていた。
その数は、全部で千個。
今日、この海へ流される灯篭は一つたりとも欠けることなく、必ず千個でなければならない。
村人たちの話し声も、少しずつ小さくなっていく。
「えー皆さま、第75回、千夜の漂着祭にお集まりいただき、誠に感謝申し上げます。」
ティモシーの言葉に、海岸のあちこちから拍手が起こった。
「今年もこうして、無事にこの時を迎えることができました。」
その声を聞きながら、祭りの準備を手伝っていた者たちは、顔を見合わせる。
何日も前から続いた準備。 灯篭を一つずつ組み立て、飾り付けをし、海岸を整え、祭りのために必要なものを運び込んできた。
決して華やかな作業ばかりではなかった。
それでも、今日この場所に立ってみれば、その苦労さえも少しだけ遠いものに感じられる。
「まずは、今日まで不眠不休で完璧な準備を整えてくださった職人の皆さん。」
再び拍手が起こる。
「そして、私の至らない指示を支えて動いてくれた若者たちに、心から感謝を申し上げます。」
テルも小さく拍手をしながら、隣に立つ仲間たちへ視線を向けた。
その一方で、テルたちに無理やり連れ戻された鈴凛は腕を組んだまま、どこか不機嫌そうにそっぽを向いている。
「リンちゃん……リンちゃん?」
ラテが小声で何度も呼びかける。
「……まだ拗ねてるにゃ…。」
「黙るアル。」
「にゃ……。」
ぴしゃりと言われ、ラテはしょんぼりと肩を落とした。
その様子を横目で確認したテルが、小さくため息をつく。
「ちゃんと村長さんの方は向いてくださいね……。」
「…分かってるアル。」
そう言いながらも、鈴凛はしばらく海の方を向いたままだった。
その横で、ソフィアが小さく笑っている。
そんな小さなやり取りも、祭りの夜には不思議と穏やかなものに感じられた。
「さて。」
ティモシーが話を続ける。
「皆さんもご存知の通り、この千夜の漂着祭は……。」
一瞬だけ、彼の視線が海へ向けられた。
それにつられるように、周囲の人々も海を見る。
水平線の向こうには、もう太陽の姿はない。
空は青から紫へ、紫から少しずつ暗い色へと変わり始めていた。
「海の向こうにあるとされる神域へ、願いを届けるための祭りです。」
「……神域……。」
ニアが小さく呟いた。
その言葉を聞いたナターシャも、何も言わず海の向こうへ視線を向ける。
「……。」
「……綺麗ですわ〜……。」
プリムローズがぽつりと呟く。
その隣でナターシャも小さく頷いた。
「……うん……。」
夕暮れの海は、昼間とはまったく違う顔をしている。
「今から皆さんには、お一人につき一つずつ灯篭をお配りします。」
村の若者たちが、並べてあった灯篭を一つずつ手渡していく。
受け取った灯篭は思っていたより軽かった。
白い紙の向こう側に、小さな火を灯すための空間が作られている。
「灯篭には、願い事を込めてください。」
その言葉に、あちこちから小さなどよめきが起こった。
「願い事……って、なんでもいいんですか?」
ラグドールが灯篭を眺めながら尋ねる。
「はい、決まりはありませんよ。」
イリアも灯篭を受け取り、頷く。
「じゃあ……『美味しいものがいっぱい食べられますように』とかでも?」
「もちろんです。」
「ラグドールちゃん……?」
ローラが少し困ったように笑う。
「……もっと他にないの?」
ララビットも呆れたように口を挟んだ。
「じゃあ『毎日美味しいものが食べられますように』?」
「そういう問題じゃないでしょ……。」
「ふふ…でもそれもいいと思うわよ。」
ローラに肯定され、ラグドールは少しだけ嬉しそうに灯篭を抱え直す。
「………。」
「やっぱやめときます…。」
その横では、ミシェルが灯篭を指先で軽く回していた。
「願い事……じゃ、俺は『早く終わりますように』とか。」
「ミシェルさん?」
「冗談だってー。」
「やめてください……?」
イリアが苦笑する。
祭りの始まりを待つ緊張感はありながらも、まだ空気は穏やかだった。
そして、少し離れたところでは。
「……あ、ヴェルクさん。」
「何、イリアさん。」
「ヴェルクさんは願い事、何にするんですか?」
「何も。」
「え?」
ヴェルクは手元の灯篭を見つめたまま、淡々と答えた。
「願い事とか、思いつかなくて。」
「毎年こうだったし。」
「そうですか……。」
イリアが少し残念そうに眉を下げる。
プリムローズもヴェルクの方を見た。
「もったいないですわ……!」
「…何が?」
「せっかくの機会ですもの。何か一つくらい願ってみてもいいのでは?」
ヴェルクは少しだけ黙った。
手の中の灯篭へ視線を落とす。
「……もうちょっと考えとく。」
「そうしてください。」
イリアが嬉しそうに笑った。
一方、ニアは灯篭を両手で抱えながら、真剣な顔で悩み込んでいた。
「うーん……何にしよう……。」
「もう決めたアル。」
鈴凛は迷う様子もなく筆を手に取る。
「何にしたにゃ?」
ラテが興味津々に聞く。
「内緒に決まってるアル。」
「にゃ……。」
「あたしは…『毎日煮干しが食べられますように』!」
ラテが元気よく宣言する。
「……ら、ラテちゃんらしくていいね……。」
ソフィアが微妙に笑いながら頷いた。
「これこそが馬鹿アル。」
「あなた、煮干しならほぼ毎日食べてるじゃないのよ……。」
リーナが呆れた表情で言う。
「……そうだったにゃ…。」
ラテは数秒考えた後、しょんぼりと筆を置いた。
その隣では、ルカが灯篭をじっと見つめていた。
「……願い事。」
誰に言うでもなく、小さく呟く。
「……願いって、叶うの?」
テルは少し考えてから答えた。
「うーん……どうでしょうね。」
確かな答えを持っているわけではない。
神域が本当に存在するのかも、灯篭がそこへ辿り着くのかも分からない。
それでも。
「叶うかどうかは分かりませんけど……。」
テルは海へ目を向ける。
「願いを込めて灯篭を流すこと自体に、意味があるんじゃないでしょうか。」
「……そっか。」
ルカは静かに灯篭を見下ろした。
その横では、イリアもまた灯篭を前に悩んでいた。
「……うーん。」
「イリアさん、まだ決まりませんの?」
「はい……。」
「こういうの、いざ考えると難しいですね…。」
「わたくしはもう決まりましたわよっ。」
「もうですか?」
「えぇ!」
プリムローズは嬉しそうに灯篭を抱きしめた。
「秘密ですけれど…。」
「えっ、教えてくれないんですか?」
「それでは願い事ではなくなってしまいますもの…!」
「た…確かにそうですね……。」
イリアは納得したように頷く。
けれど、その表情には少しだけ気になる様子が残っていた。
プリムローズはそんなイリアを見て、くすりと笑った。
気がつけば、海岸のあちこちで灯篭を抱える人々の姿が増えている。
誰かは家族のために。
誰かは友人のために。
誰かは自分自身のために。
それぞれが違う願いを、小さな紙の上へ託していく。
やがて、海岸の時計へ視線を向けていたテルが口を開いた。
「……あと五分ですね。」
「もうそんな時間?」
リーナが驚いたように呟く。
「はい。」
テルは時計を確認する。
「十九時になったら、一斉に灯篭を流すと…。」
「……一斉に、ね。」
リーナは海を見る。
その先には、暗くなり始めた水平線。
今はまだ何もない。
けれど五分後には、そこへ千個の灯りが流れていく。
それを想像すると、不思議と胸が高鳴った。
やがて、村人たちはそれぞれ灯篭を手に、海岸へ並び始める。
波打ち際には、灯篭を置くための場所が用意されていた。
風が少し吹く。
プリムローズの髪がふわりと揺れ、イリアが押さえようとしていた灯篭の紙が小さく音を立てた。
空はすっかり夜になっていた。
◇
「皆さん。灯篭の準備はよろしいでしょうか?」
ティモシーの声が響く。
人々が一斉に手元を確認する。
プリムローズは自分の灯篭を胸元で大切そうに抱えた。
「………届きますように。」
その声は、波の音に紛れてしまいそうなほど小さかった。
「プリムさん?」
「……ふふっ。なんでもありませんわ。」
イリアは少し不思議そうにしながらも、それ以上は聞かなかった。
海岸に集まった人々の視線が、一斉に村長へ集まる。
ティモシーがゆっくりと息を吸った。
「……それでは。」
「第75回、千夜の漂着祭を開催いたします。」
コメント
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作者コメント┊︎ 願い事は言うと叶わないらしい
第34話『開幕』、読んだよ!千夜の漂着祭、すごく温かい雰囲気でいいなあ。それぞれのキャラが灯篭に願い事を書いてるシーン、みんなの性格が出ててほっこりした。ラテの「毎日煮干しが食べられますように」には笑ったし、ヴェルクが「何も」って言ってたのにイリアに言われて「もうちょっと考えとく」ってちょっと変化する感じも良かった。千個の灯篭が一斉に流れる瞬間、想像するだけで胸熱だわ。続きが楽しみ!