テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#異世界
金山ジョージ
13,120
もな
71
羽海汐遠
13,760
波音だけが規則正しく響く静寂の中、水平線の彼方まで、数えきれないほどの小さな灯りが浮かび上がった。
まるで夜空の星々がそのまま海面に降り注いだかのような光景だった。
橙色の灯火は一つひとつが揺らめきながら重なり合い、暗い海全体を淡く照らし出している。
潮風に乗って、微かに灯篭の紙と蝋の匂いが漂ってきた。
「……綺麗……。」
ナターシャが波打ち際に立ち、遠ざかっていく灯りの群れをじっと見つめていた。
橙色の光が波間に揺れるたび、まるで海そのものが呼吸しているように見える。
「…そうですね。」
隣に立つイリアも、同じ方向へ静かに目を細めた。
村人たちはすでにそれぞれの灯篭を海へと託し終え、少し離れた浜辺でその行方をそっと見守っていた。
誰もが言葉少なに、遠ざかっていく光の群れをただじっと見つめている。
一千の夜を越えてでも届けたいという、あの願いの数だけ、光がそこにあった。
「も、もう流しちゃっていいにゃ?」
ラテが待ちきれない様子で、両手に灯篭を抱えたままぴょんと跳ねる。
そんなラテをニアが慌てて呼び止めた。
「ま、待ってラテちゃん!みんなで一緒に流そ!」
「抜け駆けはなしアル。」
鈴凛が腕を組み、じろりとラテを見やる。
「二人の言う通りだよ〜。」
ソフィアがのんびりとした調子で口を挟んだ。
「わ、分かったにゃ……。」
ラテはしぶしぶといった様子で灯篭を抱え直す。
「せっかくですからね。」
テルが微笑ましそうに見守りながら言う。
「しっかりと持っておきなさいよ?」
「うっかり流すとかシャレにならないわよ。」
リーナが念を押すように声をかけた。
一方プリムローズは、自分の灯篭を胸元でそっと抱きしめながら、黙って波の音に耳を澄ませていた。
「……。」
「ふふ……プリムちゃん、随分嬉しそうね。」
その様子に気づいたローラが、からかうでもなく、ただ穏やかに笑いかける。
「……えぇ!」
プリムローズは顔を上げ、はっきりと頷いた。
「こうして皆さんと一緒にお祭りに来られたこと……とっても嬉しいですわ!」
イリアが振り返り、柔らかく微笑んだ。
「私もですよ。」
少し離れた場所では、ミシェルが灯篭を両手で持ったまま、所在なさげに立っていた。
「……。」
「意外。」
ララビットがその手元をじっと見つめ、ぽつりと呟く。
「何が?」
「ちゃんと灯篭持ってるじゃん。」
「イリアに持たされただけだよ。」
ミシェルは素っ気なく視線を逸らした。
「でも、ちゃんと流すんですよね?」
ラグドールが横から興味深そうに覗き込む。
「……まあね。」
「そうじゃないと後々面倒なことになるし……。」
小さくため息をつくミシェルに、ラグドールは関心深そうに相槌を打った。
「へ〜……。」
波打ち際からもう少し離れた場所で、イリアは一人佇むヴェルクに声をかけた。
「ヴェルクさん。」
「……何。」
振り返ったヴェルクの表情は、いつも通り硬い。
「願い事、決まりました?」
「……。」
彼は少し間を置いてから、ぼそりと答えた。
「一応。」
「本当ですか!」
イリアの声が弾む。
「うん。」
「じゃあ、ちゃんと流してくださいね。」
「……分かった。」
短くそう返すと、ヴェルクは手元の灯篭に視線を落とした。
――そのとき、少し離れた場所から、不釣り合いに切羽詰まった声が響いた。
「…?」
「……お、お願いですってば……!」
「ダメです……!」
プリムローズがそちらへ目をやる。
人影が二つ、何やら揉み合うように立っていた。
「……イリア先輩…。」
「ん、なんですか?」
「あちらの方……何やら揉めているようでして……。」
イリアもつられて視線を向ける。
「?……あの人……。」
目を凝らし、その顔に見覚えがあることに気づいた。
「知り合い……ですね……。」
「えぇっ!?」
プリムローズが驚いたように声を上げる。
「まぁ、知り合いと言っても数回話をしただけですけどね……。」
イリアは苦笑しながら歩み寄っていく。
「村の教会の新しい……確か、ペラルさ……。」
「い、イリアさんっ!!」
名を呼びかけるより早く、その人物――ペラルがこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「は、はい…?!」
「お、お願いしますっ……!」
「半神様に会わせて下さいっ……!」
その必死な形相に、イリアは思わず言葉を失う。
「…え……?」
「だ、だから!ダメです!」
ペラルを押し留めていたティモシーが、疲れ切った声を上げた。
「イリアさんまで巻き込まないでください……!」
ちょうどそこへ、騒ぎを聞きつけたテル、リーナも集まってくる。
「ちょっとなんの騒ぎよ……?」
「な、何かあったんですか…?」
「うぅ……わたくしには何が何だか……。」
プリムローズが困惑気味に眉を下げた。
「わ、私……なんにも悪いことしませんから……。」
ペラルは涙目で訴えるように言葉を重ねる。
「た、ただ……半神様のお姿を見たくて……。」
「……は、話がしたくて……。」
「ペラルさんの信仰心は重々承知しています……。」
ティモシーが宥めるように声を落とす。
「ですが……この時間は……。」
「で、でしたら…!」
「私の今までの信仰は……。」
その言葉に、場の空気が一段と張り詰めた。
「落ち着いてくださいペラルさん……!」
イリアがそっと震えるペラルの手に触れる。
「今じゃなくてもペラルさんなら、またいつかその機会は訪れますよ。」
「ですから…今日は一度引いてくれますか?」
「で……でも……。」
ペラルはしばらく俯いたまま黙り込んでいたが、やがて肩の力を抜くように息を吐いた。
「……わ、わかり…ました……。」
「……あ、あの…私、取り乱してしまいました……。」
「す、すみませんっ……!」
「わかってくれて良かったです。」
イリアが安堵したように微笑む。
「そ、村長さんも……私のわがままではなんともなりませんよね……。」
ペラルはティモシーの方を見て、しゅんと肩を落とした。
「ご、ごめんなさい……。」
「いえ…全然大丈夫です。」
ティモシーは優しく首を振る。
「ペラルさんの気持ちも分かりますし。」
「そ、そうなのですね。」
ペラルの表情に、わずかながら安堵の色が浮かんだ。
「い、イリア先輩……さすがですわ〜!」
一連のやり取りを見ていたプリムローズが、感嘆の声を上げる。
「でしょう?」
リーナが得意げに胸を張った。
「昔からそうだったわ。イリアは言いくるめるのが上手いんだから。」
「僕も見習わないといけませんね……。」
テルが感心したように呟く。
「わたくしも……!」
プリムローズも大きく頷いた。
そんな三人を見て、イリアが苦笑する。
「皆さん、私を褒めるのもいいですが…」
「早くしないと灯篭流し終わっちゃいますよ?」
「はっ…!い、今行きますわ!」
プリムローズが慌てて駆け出す。
「あ。僕たちも早く戻らなきゃ……!」
テルも焦ったようにその後を追った。
「すっかりフローにアイツらの世話を任せてたわ…!」
リーナも苦笑しながら足を速める。
残された海面には、無数の灯りが波に揺られながら、静かに沖へと遠ざかっていく。
それぞれの手を離れた祈りは、もう誰にも止められない速さで、暗い海の向こうへと吸い込まれていった。
コメント
2件
作者コメント┊︎ イリアパイセンさすが
灯篭流しのシーン、すごく綺麗だった…🌙 海面に浮かぶ無数の灯りが、まるで星が落ちたみたいで、それぞれの祈りが乗ってるんだなって思うと胸がじんわりしたよ。ペラルさんの半神様への執着、切実でちょっと痛いけど、イリアが優しく諭すところ、さすがだなって。みんなの関係性が温かくて、この"灯り"と"喧々諤々たる声"のタイトル、めっちゃ合ってるね🤍