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天月様の「イデア」考察
・曲の登場人物
「僕」と「君」
・「僕」について
20代から30代の一般的な若者。何らかの大切な人がいた。
・「君」について
2番の歌詞にある「痛いほど綺麗で真っ白な」君、ラスサビの「君に会いたい」の「君」(おそらく大切な人)、視聴者の3種類に分かれる。ただし、「痛いほど綺麗で真っ白な」人物と「僕」の大切な人は同一人物という考え方もある。そのことをどう取るかで解釈が変わってくるので両方の場合での考察を書く。
「君」が2種類の人物を表していた場合
・歌詞を時系列に並べ替える
2番A→2番サビ→1番サビ後半(さよならも〜砂の海原)→1番A→1番サビ前半(何万回だって〜わかっているけど)
「僕」は子供の頃「大人はくだらない生き物」と言っておきながら、自分がそのような存在に成り下がっていた。そのことには、痛いほど綺麗で真っ白な君に会うまで気が付かなかった。君は「たいせつなものは目には見えない」ということを自身が消えること(つまり「僕」と生き別れや死別などで別れること。この捉え方の場合は生き別れの可能性が高い)で僕に教えた。「僕」は、さよならすらも伝えられなかった。そのことにより「僕」の心は枯渇してしまい、砂埃が巻き起こった。思いもしないことを言ってしまわないよう、口を塞いだ。それでも何万回だって「君」のことを届かないと知りながら想う。そんな経験から、「僕」は自分の話を見て、聞いてくれている人たちにメッセージを伝える。
上のような話になる。
・「君」の正体
純粋な子供のような存在。ただ、「たいせつなものは目には見えない」ということを「僕」に教えるあたりが子供なのか若干怪しい。誰かの生まれ変わりである可能性や無意識に伝えていた可能性もある。
「君」が3種類の人物を表していた場合
・歌詞を時系列に並べ替える
1番サビ後半(さよならも〜砂の海原)→1番A→1番サビ前半(何万回だって〜わかっているけど)→2番A→2番サビ
「僕」には大切な人がいた(恋人や家族など)。しかし、さよならもしっかり伝えられないままその人とは別れてしまう(生き別れか死別かは不明)。そうして僕の心は枯渇し砂のようになってしまう。誰にも吐き出せないため息がその砂を巻き上げて砂埃になり、思いもしないことを言わないように「僕」は口を塞いだ。そして何万回だって大切な人のことを想う。届かないとわかっていながらも。そうして僕は立派な大人となり、痛いほど綺麗で真っ白な「君」に出会う。そのことによって僕は自分がどれだけくだらない生き物になってしまったのか気付かされる。真っ白な君は「たいせつな物は目には見えない」ことを「僕」に伝えた。それでも「僕」の胸は痛む。「僕」の心は汚れてしまったのだろうか。
上のような話になる。
・「君」の正体
正体1→若い頃「僕」にできた大切な人。何らかの理由により「僕」と無計画に別れてしまうことに。
正体2→「僕」とその大切な人が別れて「僕」が立派な大人になった後出会った純粋な存在。おそらく子供。
正体2が子供かどうかはよくわからない。なぜなら「たいせつな物は目には見えない」ということを子供が意思を持って教えることはほぼ無いからである。誰かの生まれ変わりもしくは無意識だと考えられる。
・「やっぱり僕は君に会いたい」
ここでいう「君」は「僕」の大切な人であると考えられる。大切な人のことを愛し続け、想い続け、支えることの大切さを「痛いほど綺麗で真っ白な君」に教えてもらったからまた会いたいと思っている。
両方の解釈で共通の考察
・「砂の海原」の意味
君(大切な人、もしくは純粋な存在)と別れることによって海水(感情など)が枯渇した僕
・MVで「僕」と思われる人物に空いた穴
君と別れることによって空いた心の穴。のちに(ラスサビあたりのタイミング)光で満たされる
・「たいせつな物」という表記
通常は「大切なもの」と表記されることが多いが漢字とひらがなが逆になっている。これだけは絶対「たいせつにしたい」と思っている物ははっきりと存在しているが、「たいせつ」はまだ曖昧であったということを表している(ここは少し不確実)。
・「一輪の花になろう」
MVで、「痛いほど綺麗で真っ白な君」と思われる人物が一輪の花を持っていることから、自分のしてもらったことを返そうとしている。
・タイトルの意味
「イデア」とはプラトン哲学の用語で「魂の目で見られるもの」を指す。本当に大切な物は、すぐには浮かび上がってこないということを伝えようとしている。