私
も一緒に行きたいけれど、今はここで見守っているよ。
だから……ゆっくり休んでおいきなさい。
大丈夫。私がついています。
何も心配はいりませんよ。
ここはあなたの故郷なのだから。
もう誰も傷つけさせたりしません。
あなたを傷つけた者も許したりはしないでしょう。……
この世界のすべての悲しみを背負って、 彼女は逝ってしまったのだね。
残された者たちは、彼女の遺志を継ぐために、 それぞれが出来ることをしていこう。
たとえそれが小さな一歩だとしても、 いつかきっと報われる日が来ると信じて。
「ごめんなさい」
それは誰に対する謝罪の言葉だったのか……。
今となっては、誰にもわからない。……
彼女が残してくれた希望を信じよう。
それこそが、今の我々に残された唯一の道なのだから。
ありがとう。君のおかげで我々は救われました。……
「お前さんは、よく頑張った」
そんな声が聞こえてくるような気がした。
優しい笑みを浮かべたまま、彼は消えていった。
ありがとう。君の笑顔が、みんなを救ったんだ。……
君は本当に強くなったよね。
これからは僕たちが君を守る番だよ。
大丈夫。ずっと一緒だって言ったじゃないか。
だから泣かないよ、わたしは。
泣きたいときは泣くけどね!
―――
それは誰の言葉だったろうか。
思い出せないまま、彼女は空を見上げている。
雨上がりの夜更け。
水たまりを避けつつ歩く人影がある。
濡れたアスファルトの上を踏みしめるたび、靴底がピチャリと音を立てる。
街灯の下を通るたびに映し出されるのは、すらりと伸びた長い脚。細身のジーンズに包まれた足取りは軽やかだ。
肩にかかる長さの髪は毛先がゆるくウェーブしており、歩く動きに合わせて揺れていた。
人通りの少ない住宅街の道では、彼女以外に歩いている者はいない。
遠くに見える幹線道路を走る車のヘッドライトだけが、ぼんやりとした光を放っていた。
ふと立ち止まり、顔を上げる。
夜空に浮かぶ月を見て目を輝かせる。
雲一つない満天の星々と煌めく三日月が、彼女の瞳に映った。
「今夜は晴れてるんだぁ。星がよく見えるぞー!」
嬉しさを表すような明るい声が響く。
だが次の瞬間、表情は曇ってしまった。
「でも明日は雨かな。傘持っていこうっと」
残念そうな呟きと共に再び歩きだすと、 彼女は僕の傍らを通り過ぎていった。
やがて僕は振り返り、その姿を見つめていた。
「あぁ……」と声にならない吐息が漏れた。
まるで天啓を受けたかのような感覚だった。
今、ようやく分かった気がしたのだ。
彼女こそが、僕の求める理想の女性なのだということが。
「待ってくれ!」と、思わず呼び止めてしまった。
だが、しかし、その思いに反して口から出たのは、「ありがとう」という言葉だった。
「……ごめんね」
彼女は、空を見上げていた顔を俯かせ、小さな声で謝った。
なぜだかわからなかったけれど、なぜか彼女にだけは泣いて欲しくはなかったのだ。
だから、彼女が泣かないのであれば自分が泣くわけにもいかないと思った。
それはきっと、彼女への贖罪でもあったと思う。
「ごめんなさい。本当に……ごめんなさい」
泣きそうな声色で何度も謝罪を繰り返す彼女を前にして、自分は一体どんな言葉を返せば良かったのだろうか。
そんなことをしても無意味だとわかっていたはずなのに、それでも自分の口からこぼれたのはやはり「ありがとう」の言葉だけだった。
この身はすでにクリスタルと化して久しい。
どれだけ涙を流したところで、それが大地へと還ることは決してない。
――たとえ涙を流すことができたとしても、その先には何も残されていない。
あの日、あの時、あの場所で交わした約束を果たすことはもはやできないし、ましてや誰かを愛することなどできようもない。
今となってはすべてが手遅れなのだ。
だからせめて、自分にできる精一杯のことをしよう。
「ありがとう」という一言にすべての想いを込めて。
どうか、君が幸せになれますように。
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