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両親と別れて車に乗った途端、きっと偉央から何かリアクションがあるに違いないと覚悟していた結葉だったけれど、偉央は怖いぐらいに何も言ってこなくて。
不自然過ぎるぐらいにシン……と静まり返った車内、エアコンの音だけがやけに大きく響き渡っていた。
「あ、あの……偉央さん……、業者さんとの打ち合わせは」
「問題なかったよ」
沈黙に耐えきれなくなった結葉が、「当たり障りのない会話を」と、今日迎えが遅くなる原因となった仕事のことを問えば、穏やかな声音でそう返ってくる。
傍目に見れば何の問題もない会話に聞こえるだろう。
けれど結葉はソワソワと落ち着かなくて。
常ならば帰りの車中、助手席に腰を落ち着けたと同時に「今日は何をして過ごしたの?」とか根掘り葉掘り聞かれるはずなのに、それがないのが不気味としか思えなかったのだ。
「あ、あのね、今日帰りに持たされたハンバーグ。あれ、合い挽き肉と一緒に水切りした絹ごし豆腐が入っているの」
肉だけのハンバーグより、結葉は豆腐が入っているハンバーグが好きで、美鳥はいつもそれを作ってくれる。
なので小林家でハンバーグといえば〝豆腐入りハンバーグ〟なのだが、結婚してから結葉が偉央に出した物は、オーソドックスに肉だけのハンバーグばかりで。
(偉央さんは豆腐入り、大丈夫かな)
それを思い出した結葉が、そんな確認の意味も込めて話題にしてみたのだけれど――。
「私も一緒に作ったの。……帰ったら食べるでしょう?」
「そうだね、もらうよ」
結葉が黙ると、途端車内がピンと張り詰めた沈黙に包まれてしまう。それがイヤで、どうしてもいつもより口数が増えてしまう結葉だ。
なのに偉央はそんな結葉の気持ちを汲んでくれる気はさらさらないみたいで、何を言っても会話を膨らませてくれるような言葉は返ってこなかった。
「……ごめんなさい。偉央さん、ひょっとして、疲れてる? 私、黙ってた方がいい?」
口をきくのも億劫なほどに疲れているならば、話しかけないほうがいいのかも知れない。
偉央の素っ気なさが、それ由来のものではないと心の奥底では分かっているくせに、そこから目を背けたい結葉は、そんなことを問い掛けてみる。
「――いや、疲れてはいないよ。ただ……」
そこで初めてチラリと結葉の方へ偉央の視線が投げられて。
結葉は、偉央の視界に捉われたのがほんの一瞬だったにも関わらず、息が詰まりそうになった。
「こんな風に移動中じゃキミの顔を見られないだろう? 今夜は結葉の顔を見ながらじっくり話を聞きたい気分なんだ。僕の方からは帰ってからゆっくりキミに質問するつもりだから。結葉は気にせずしゃべってて? ちゃんと聞いてるから……」
紡がれた言葉も声音もとても穏やかだったけれど……逆にそれが結葉には恐ろしくて堪らない。
経験から、偉央がこんな風に落ち着いて見える時の方が、後に訪れる反動が怖いことを結葉は知っていたから。
きっと、家に着くなり偉央からあれこれ詰問されるに違いない。
考えただけでゾクッとして、結葉はこの場から消えてなくなりたい気分になった。
「黙り込んじゃったけどどうしたの? もう話すことなくなっちゃった?」
ハンドルを握って前方を見据えたままそう告げる偉央の横顔を見て、結葉は美鳥から持たされたハンバーグの入った容器をギュッと握り締めた。
***
「それで結葉、実家では変わったことはなかったかな?」
車中、実家でハンバーグを作った話をしたはずなのに、偉央は〝それ以外にも〟何かあったと思っているらしくて。
玄関扉が閉まり、結葉が上がりかまちに足をかけたと同時に背後を振り返った偉央からそう質問されて、結葉は夕方公宣が息子の想を伴って実家を訪れたことを言うべきか否か迷った。
「あ、あのっ、お隣の公宣さんが……」
思わずいつものように山波家の大黒柱のことを下の名前で呼んで、偉央に「公宣さん?」と復唱されてドキッとする。
「あっ、えっと……お隣の山波さんが――」
慌てて言い直したら、「お隣?」とまたしても声を低められてしまう。
結葉はもう何を言っても偉央の逆鱗に触れないことは不可能なんじゃないかと絶望的な気持ちになった。
「……お、お父さんとお母さんが……。そのっ、あちらに行っている間、家の管理を『山波建設』さんにお願いすることにしたみたいで……。きょ、今日は夕方にその管理の話でお隣さんがいらっしゃいました」
「ふ〜ん。お隣さんが、ねぇ」
途端、一歩結葉に近付いた偉央が、瞳を眇めて間近で結葉を見下ろしてきて。
結葉は緊張で心臓が止まりそうになった。