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第42話「百年前に反対した人間と会う場合」
土曜日。
午後零時五十分。
森野リリカ。
落ち着かない。
相沢直人が聞く。
「緊張してる?」
「してません」
耳。
ぴく。
「してるね」
「少しです」
「百年前に会った人でしょ?」
「百三年前です」
「細かい」
「大事です」
待ち合わせ場所。
都内のホテル。
ロビー。
森野は。
何度も入口を見る。
「どんな人だったの?」
相沢が聞く。
「普通の人です」
「名前は?」
「藤堂修一さん」
「当時何歳?」
「二十二歳くらい」
「森野さんは?」
「四十歳」
相沢。
「年上彼女みたいな感じだったんだ」
「私の彼氏じゃありません!」
「アリアさんの」
「そうです」
「で」
「はい」
「森野さんが反対した」
「しました」
「絶対不幸にするって」
森野。
「……」
「言った?」
「……」
ぴく。
「言ったんだ」
「若かったんです!」
「四十歳」
「エルフの四十歳は若いんです!」
そこへ。
藤堂ユウ。
母のアリア。
そして。
男性。
ゆっくり歩いてくる。
白髪。
杖。
背筋は少し曲がっている。
だが。
目はしっかりしている。
森野が。
息を止める。
「……修一さん?」
男性。
森野を見る。
しばらく。
見つめる。
そして。
笑った。
「本当に」
「……」
「変わらないなあ」
森野の耳。
静かになる。
藤堂修一。
百二十五歳。
人間。
相沢。
「百二十五?」
アリア。
「そう」
「人間ですよね?」
修一。
「たぶんね」
アリア。
「百年前からしぶといの」
修一。
「お前に言われたくない」
森野。
「ちょっと待ってください」
全員。
見る。
「百二十五歳?」
修一。
「そう」
「人間?」
「そう」
「普通の?」
「普通だと思う」
森野。
「聞いてません!」
アリア。
「何を?」
「旦那さんが百二十五歳なんて!」
「言わなかった?」
「言ってない!」
「そうだっけ」
森野。
「百年前から適当!」
アリア。
「あなたも変わらない」
レストラン。
五人。
森野。
相沢。
アリア。
修一。
ユウ。
修一が。
森野を見る。
「リリカさん」
「はい」
「久しぶり」
「……はい」
「百三年ぶりかな」
「数字にしないでください」
修一。
笑う。
「まだ気にするんだ」
「最近みんな数字にするんです」
「長生きすると」
修一が言う。
「数字くらいしか自慢できないよ」
森野。
「修一さんは人間でしょう」
「うん」
「百二十五歳」
「うん」
「何で?」
修一。
「知らない」
森野。
「知らない?」
「長生きしたから」
「説明になってません」
アリア。
「この人」
ステーキを切りながら。
「昔から丈夫なの」
「でも百二十五ですよ?」
「そうね」
相沢。
「何か特別なことを?」
修一。
「ないね」
「食事とか」
「何でも食べる」
「運動」
「散歩」
「お酒」
「飲む」
森野。
「全然参考にならない」
修一。
「長生きなんて」
少し笑う。
「参考にするものじゃないよ」
その言葉に。
森野は。
少し黙る。
料理が来る。
修一。
蕎麦。
アリア。
ハンバーグ。
森野。
オムライス。
相沢。
カレー。
ユウ。
パスタ。
相沢。
森野を見る。
「オムライス好きなの?」
「好きです」
「百四十三歳で」
「年齢関係あります?」
「ない」
修一。
「昔から好きだったね」
森野。
止まる。
「覚えてるんですか?」
「覚えてる」
「百年前ですよ?」
「君」
修一が笑う。
「人の店のオムライスに」
「……」
「ケチャップが少ないって文句言ってた」
森野。
「……」
アリア。
「言ってた」
森野。
「帰っていいですか」
相沢。
「まだ食べてない」
「私の百年前を掘り起こさないでください」
修一。
「じゃあ」
「はい」
「本題」
森野。
姿勢を正す。
「はい」
修一。
「君」
「はい」
「私に言ったね」
森野。
嫌な予感。
「何を?」
「アリアとは別れろ」
「……」
「人間とエルフが一緒になっても」
「……」
「絶対うまくいかない」
森野。
「……」
「最後はアリアを不幸にする」
森野。
両手で。
顔を覆う。
「すみませんでした」
修一。
笑う。
「謝るの早いな」
「百年間謝る準備してました」
アリア。
「嘘」
ぴく。
森野。
「ここ数日です!」
修一。
「怒ってないよ」
森野。
顔を上げる。
「本当に?」
「うん」
「当時は?」
「腹が立った」
「ですよね」
「ものすごく」
「すみません」
「でも」
修一は。
アリアを見る。
「少し分かった」
森野。
「何が?」
「君が心配していたこと」
森野は黙る。
修一。
百二十五歳。
アリア。
百五十二歳。
見た目。
三十代。
修一は。
白髪。
皺。
杖。
二人の時間は。
同じ速度では進まない。
修一。
「私は」
「はい」
「もう百二十五だ」
「はい」
「アリアは」
アリア。
「百五十二」
「見た目は三十くらい」
「失礼ね。二十九くらいよ」
ユウ。
「無理あるよ」
アリア。
「ユウ」
修一。
笑う。
「私は毎年」
「……」
「少しずつ老いていった」
「はい」
「アリアは」
アリアを見る。
「ほとんど変わらない」
森野。
相沢を見る。
修一。
「最初はね」
「はい」
「怖かったよ」
「何が?」
「自分だけ」
自分の手を見る。
「老人になることが」
森野の耳。
少し下がる。
「アリアの隣を歩くと」
「……」
「父親に見られるようになった」
「……」
「そのうち祖父に見られた」
アリア。
「気にしすぎ」
「私は気にしたんだ」
「……」
「何度か」
修一が言う。
「別れようと思った」
森野。
「そうだったんですか」
アリア。
「知ってる」
修一。
「知ってた?」
「全部」
「言ってないぞ」
「分かるわよ」
「耳?」
「顔」
修一。
笑う。
「そうか」
森野が聞く。
「どうして」
「うん」
「別れなかったんです?」
修一は。
しばらく考える。
「面倒だったから」
森野。
「え?」
アリア。
「何それ」
「別れる理由を説明して」
「うん」
「引っ越して」
「うん」
「荷物分けて」
「うん」
「知り合いに説明して」
「うん」
「面倒だろ」
アリア。
「百年一緒にいた理由がそれ?」
修一。
「半分冗談」
「半分!?」
相沢。
笑う。
修一も笑う。
そして。
言う。
「好きだったからだよ」
アリア。
黙る。
耳。
ぴく。
修一。
「お」
「何?」
「まだ動くんだな」
「動くわよ!」
森野。
笑う。
百年以上。
一緒にいても。
耳は。
正直らしい。
修一が。
相沢を見る。
「君が」
「はい」
「今の恋人?」
「はい」
森野。
耳。
ぴく。
修一。
「何歳?」
「三十一です」
「若いな」
相沢。
「修一さんから見れば」
「ひよこだ」
「そこまで?」
修一。
「リリカさんより百十二歳下か」
森野。
「最近そればかり言われます」
修一。
「いいじゃない」
森野。
「何が?」
修一は。
相沢を見る。
「一つだけ」
「はい」
「年を取ることを」
少し間。
「恥ずかしがらないほうがいい」
相沢。
「……」
「相手が若いままだと」
「はい」
「自分だけ変わっていくのが」
「……」
「ときどき嫌になる」
森野が。
相沢を見る。
修一。
「でも」
「はい」
「それは」
アリアの手を取る。
「悪いことじゃない」
アリア。
何も言わない。
ただ。
握り返す。
修一。
「この皺も」
「……」
「白髪も」
「……」
「アリアと過ごした時間だから」
森野の耳が。
ゆっくり下がる。
相沢。
「覚えておきます」
修一。
「三十一なら」
笑う。
「まだずいぶん先だけどね」
食事のあと。
ホテルの庭。
修一は。
相沢と二人で。
ベンチ。
女性二人は。
少し離れたところ。
昔話。
ユウは。
飲み物を買いに行った。
修一。
「相沢君」
「はい」
「リリカさん」
「はい」
「逃げるだろ?」
相沢。
笑う。
「知ってるんですか」
「昔から」
「最近は減りました」
「そうか」
「はい」
「じゃあ」
修一が言う。
「逃げそうになったら」
「はい」
「捕まえてやって」
相沢。
「本人にも言われました」
「誰に?」
「元婚約者」
修一。
「元婚約者?」
「神崎レオン」
修一。
少し考える。
「ああ」
相沢。
「知ってるんですか?」
「知ってる」
「……」
「嫌いだった」
相沢。
「え?」
修一。
「昔」
笑う。
「私もリリカさんに散々反対されたから」
「はい」
「腹が立って」
「はい」
「神崎君に」
「……」
「婚約者ならリリカさんをちゃんと止めろって文句言った」
相沢。
「歴史がつながってる……」
修一。
「長生きすると」
「はい」
「だいたいどこかでつながる」
夕方。
別れ際。
森野が。
修一へ。
頭を下げる。
「修一さん」
「うん」
「百年前」
「うん」
「本当にすみませんでした」
修一。
「いいよ」
「でも」
「その代わり」
「はい」
「今度は」
相沢を見る。
「自分でやってみればいい」
森野。
「何を?」
「人間とエルフ」
森野。
耳。
ぴく。
修一。
「うまくいかないって言ったんだから」
笑う。
「本当にそうか」
「自分で確かめてみなさい」
森野。
少し笑う。
「はい」
帰り道。
相沢と。
森野。
手をつなぐ。
森野。
「百二十五歳」
「すごかったね」
「人間でも」
「うん」
「あんなに長く生きる人がいるんですね」
「俺も目指す?」
森野。
「お願いします」
即答。
相沢。
「百二十五?」
「最低」
「最低!?」
「できれば百五十」
「無茶言うな」
森野。
「努力してください」
「努力でどうにかなる?」
「健康診断」
「はい」
「運動」
「はい」
「野菜」
「はい」
「お酒控える」
「はい」
「睡眠」
「はい」
「プリン」
相沢。
「それは?」
森野。
「私が食べます」
「俺の健康のため?」
「はい」
ぴく。
相沢。
「嘘」
森野。
「エルフの耳、本当に不便」
翌月曜日。
営業企画部。
午前十時。
森野のスマートフォン。
着信。
表示。
『高橋先生』
森野の表情が。
変わる。
以前。
水族館で会った医師。
二十二歳の娘が。
細胞の老化に関係する。
珍しい病気を抱えていた。
森野は。
研究材料になることを拒みながらも。
話だけは聞くと。
約束していた。
「もしもし」
『森野さん』
「はい」
医師の声は。
静かだった。
『以前お話しした件です』
「はい」
『倫理委員会の承認が取れました』
森野。
黙る。
『血液も』
『遺伝子提供も』
『今の段階ではお願いしません』
「では?」
『まず』
少し間。
『あなたの健康状態と』
『これまでの百四十三年間の医療歴について』
『お話を聞かせていただけませんか』
森野は。
自分の長い耳に。
そっと触れた。
百四十三年間。
隠してきた人生。
それが。
誰かの命を救うための。
手がかりになるかもしれない。
今度は。
逃げるか。
それとも。
向き合うか。
森野リリカは。
すぐには。
答えなかった。
コメント
1件
修一さんの「この皺も白髪も、アリアと過ごした時間だから」にじんわりきました。時間の進み方が違う二人が、百年かけて辿り着いた答え、尊すぎます…。森野さんも相沢くんに「お願いします」って即答してて、ちゃんと素直になってきたなあと。最後の電話、今度は逃げずに向き合えるか、続きが気になります🥀