第4話:美術室の革命
ツリーハウス学舎の北側――幹から伸びる細い枝にある、美術室。
周囲は透明な外壁で囲まれ、空と森をそのまま取り込んだような空間だ。
中にはすでに、とんでもなく自由な作品がいくつも浮かんでいた。
空中に浮遊する蝶のフラクタル模様、色が変わる紙の渦、そして――
「これ……何?」
タカハシが唖然としながら指さす。
「《CODE = NULL》?」
「コードなし……ってことか?」
「いや、ゲンの提出物だ」
その名も――《NOISE = TRUE》《MEANING = OFF》《DURATION = 1sec》。
「芸術課題、テーマは“自己表現”。コード形式は自由だが、“命を削らない”ことが条件」
スエハラ先生が、何やら嬉しそうに笑っていた。
「皆、命を燃やすフラクタルばかり扱ってるが、今日は逆に、“何も起きなくていい”日だ。
だが、“響く”ことはできる。命を削らなくても、記憶に残るコードを書け」
そのとき、教室中央にゲンのフラクタルが展開された。
《PATTERN = RANDOM》《SCALE = “呼吸”》《COLOR = “変化”》《SOUND = “0”》
宙に浮かんだフラクタル模様が、音もなく静かに動き出す。
規則性がなく、それでいて、どこか“心音”のような緩やかなリズム。
生徒たちは息を飲んだ。
「……何も、起きないのに……なんか泣きそうになる」
「これ、ノイズ? いや、感情に、近い……?」
「説明しないよ。感じるだけでいいんだ」
ゲンはいつも通り肩の力が抜けたまま、それでいて確信に満ちた目で言った。
タカハシがぽつりと呟いた。
「こんなの……“意味がない”はずだったのに。何だよこれ……ずるいだろ」
「お前も、もっと自由にやっていいんじゃね?」
「俺は……俺なりに、やるよ。理屈と安定で、ちゃんと響かせてみせる」
その日、美術室では戦闘もないのに、誰よりも真剣な“表現のぶつかり合い”が起きていた。
命を削らない。
けれど確かに“誰かの心を動かす”。
それもまた、フラクタルの使い道なのだと、生徒たちは知るのだった。
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