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「あなたのご実家の蕎麦屋を、負債ごと私に売ってください。二億の借金を帳消しにしたあと、蕎麦屋が倒産しないように権利は私が保持しますので、思い出の詰まった店舗で新たに店を開いてくれる人を募集するんです。そうしたら、少なくとも大切なお店は守れるでしょう? あなたのご家族もこれ以上心労を抱えずに済むはずです」
(……何を……、言ってるんだろう、この人)
初対面の副社長が、二億ものお金をくれると言っている。
訳が分からなくなった私は、しばしポカンとしていた。
「駄目ですか? 他に道はないように思えますが」
けれど副社長は目を瞬かせ、「おかしな事を言ったかな?」という顔をしている。
私は大きな溜め息をつき、突っ込みどころのありすぎる提案にかろうじて返事をする。
「……普通の人は、初対面の人に二億ものお金を出しません。逆にお尋ねしますが、それで副社長になんのメリットが?」
そう言うと、副社長は腕組みをして何かを考えると、ニコッと笑って提案してきた。
「取り引きしましょう」
「……取り引き?」
(まさか夜のお店で働けとか、性奴隷になれとか……)
変な想像を働かせていると、副社長は笑みを深めて言う。
「家事は得意ですか? もし可能なら、仮の恋人になった上で同棲し、手料理を振る舞ってくれると助かるんですが」
「…………はい?」
今度こそ、私は固まってしまった。
(……なに言ってるんだろう、この人……)
再度、私はさっきと同じ事を考える。
(頭の栄養がすべて顔にいってしまったのかな)
私は現実逃避のためにかなり失礼な事を考えたあと、溜め息をついて首を横に振った。
「……からかっているなら……」
「からかってなんていません」
副社長は私がすべて言う前に被せ気味に言うと、真剣な眼差しで見てくる。
「実は両親に結婚をせっつかれているんですが、仕事が楽しくて女性とのお付き合いを考えていないんです。でも同棲するほどの〝恋人〟がいるなら、うるさく言われる事もなくなるだろうという目的が一つ。もう一つは、私自身、料理は不得意ではないのですが、多忙を極めているので、疲れて帰ったあとに自分で料理を……と思うと、なかなか手が動きません。外食やデリバリーばかり続けていると、カロリーが高くなってしまいますしね」
「はぁ……」
スラスラと言われ、私は彼の雰囲気に気押される。
「家政婦さんを雇っていた時期はありました。本来なら家主が不在の間に掃除や料理をしてもらい、顔を合わせる事はないのですが、うっかり時間が被ってしまった事がありまして……。……そうしたら、たまたま若い女性が担当だったのですが、連絡先の書いたラブレターが置いてあったり、求めていない手作りお菓子なども冷蔵庫に入っていまして。……正直、料理を口にするのが怖くなり、トラウマになりました」
「……それは、お気持ちお察しします」
確かに、それは怖い。
学生時代のとてもモテていた男の子も、『手作りチョコは中に何が入ってるか分からないから、受け取ったら捨てる』と言っていた。
「ありがとうございます」
副社長は理解を得られて安堵したようだ。
「……ですが、それじゃあ、あまりに釣り合わなくないですか? 私は副社長と同棲して家事をすればいいだけ。なのに副社長はメリットがないのに二億ものお金を出すなんて……。それだけのお金があるなら、いま仰った問題も解決できると思います。お金を出せば、理想の恋人を演じてくれる女性は大勢いるでしょうし。私みたいな素人より、恋人役も料理を作るのも、プロに求めたほうがいい気がします」
差し伸べられた手を払うような言葉だけれど、いい人だと思ったからこそ、無駄に二億なんて大金をドブに捨てさせられない。
けど――。
「あなたがいいんです」
副社長は縋るような目で私を見てくる。
(~~~~っ、なんて目をするの!)
この目、絶対初対面の女性に向ける目じゃない。
それじゃなかったら、とんだ女ったらしだ。
(…………でも…………)
まだ逡巡していると、副社長は立ちあがり、ゆっくりとテーブルを回り込んで私の隣に座った。
そして、私の手を包み込むように両手で握ってくる。
(……あ、……いい匂い……)
彼からはフワッと柑橘系の香りがし、私は気づかれないように匂いを嗅ぐ。
「……まだ恋はしていないので、一目惚れと言ったら語弊がありますが、面接の時に三峯さんを見て『いいな』と思ったんです。海外に出て働くバイタリティがありながら、優しげな顔立ちをしていて、とても気配りができそうな雰囲気を感じました。それで、『この人なら信じられる』と思ったんです」
副社長は私の手をさすり、言葉を紡いでいく。
コメント
3件
「頭の栄養が全て顔にいっちゃったのかな?」〜芳乃ちゃんの感性好きだわ〜 これからも楽しみ💕
まぢでプロポーズ💍みたいだね❣️🤭(笑)ꉂ🤣𐤔
キャー(〃ω〃)♡♡♡ もぉ~副社長ったら…🤭ウフフ まるでプロポーズだわ〜😍💕💕