コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
五日後、シャーリィの返書に従いトライデント・ファミリーの幹部である三十代の男性がマフィアらしくスーツを身に纏い『黄昏』を訪れていた。
名前はマルコ、地球で言えばイタリア系の顔立ちをしたトライデント・ファミリー創設時からの古参であり、組織を拡大させてきた功労者である。
彼は正面から『黄昏』にやってきて、シャーリィから送られた招待状を警備隊に見せた。
「お待ちしておりました。お嬢様がお待ちです、どうぞこちらへ」
歩兵団を率いるヤンが対応を行い、外郭陣地から専用の馬車を用意して彼を領主の館へと案内した。
「なるほど、エルダス・ファミリーと血塗られた戦旗が負けるわけだ。あんた達とは是非とも仲良くしたいもんだな」
拡張工事が続く陣地や統率が取れた構成員達、そして装備を馬車から見てマルコは感嘆しながらヤンに語りかける。
「お嬢様は気難しいお方ではない。貴君が誠意を示したならば必ず応えてくださるだろう」
「アドバイスに感謝だ、旦那」
一方手旗信号で使者の来訪を知らされたシャーリィは、直ぐに応接室へと移動した。
「私ではなんの役にも立てませんよ」
「シスターが居てくれるだけで心強いんです。側に居てください」
「はぁ……仕方ありませんね」
修道服姿のシスターカテリナもシャーリィに請われて同席。
護衛であるベルモンドは黒いスーツを纏って当然のように同席し、シャーリィもまたエーリカが仕立てたスーツを身に纏って会談に臨んだ。
応接室へと通されたマルコはシャーリィと挨拶を交わして向かい合わせに設置されたソファーに腰かけた。
シャーリィの後ろにはベルモンド、カテリナが並び立つ。
「改めて、トライデント・ファミリーのマルコだ。今回は会談に応じてくれたこと、感謝する」
「事前に書状で伺いを立ててくれました。むしろ、この町にそんな風習が残っていることに驚きました」
「裏社会にも礼儀ってものはあるさ。最近はそれを知らない連中が増えたがな。おっと、忘れちゃいけねぇ。これは、挨拶の品だ。納めてほしい」
革製の鞄を差し出すマルコ。ベルモンドがそれを受け取り、シャーリィに視線で合図して開いた。
その中身は。
「こいつぁ、拳銃か?」
ベルモンドが取り出したのは、自動式拳銃である。
「M1911って名前の拳銃らしい。ライデン社の試作品らしくてな、闇で流れてたのを手に入れたんだ。代表は金より実用的なものが好きだと聞いたからな」
1911年3月29日にアメリカ軍に制式採用された軍用拳銃M1911。1985年に後継であるベレッタM9が採用されるまで、実に70年以上にわたってアメリカ軍の制式拳銃であった傑作拳銃である。
いつものようにライデン会長が仲間達と試作し、反応を見るために密かに市場へ流した一品である。当然マーガレットは把握していない。
「ふむ、リボルバーとは違うみたいですね」
ベルモンドから受け取り、手に取って興味深そうに眺めるシャーリィ。
「ああ、試してみたんだが引き金を牽くだけで撃てるのは楽で良い。反動の問題はあるが、咄嗟の時はリボルバーより役立つかもな」
「これは嬉しい贈り物ですね。お金を持ち込まれるより好感が持てます」
「それは何よりだ。挨拶も済んだし、そろそろ本題には入りたいんだが」
「伺いましょう」
シャーリィはマルコの手土産に好感を抱き、話を聞く姿勢になった。
シャーリィの趣向を事前に調べた成果が出ていた。
「うちとしては、暁と取引をしたいんだ。商売の話だな」
「取引ですか」
「アンタ達が手広く商売をやってるのは知ってる。去年からは西部のマルテラ商会とも取引をしてるな?」
「うちのことを良く調べているみたいですね?」
「交渉相手を調べるのは当然さ」
「ふむ」
「話は簡単なんだ。アンタ達の販路を使わせてくれないか?もちろん輸送費なんかはその都度払うし、アガリの三割を払うつもりだ」
「うちの販路を?取り扱う品は……」
「|麻薬《ヤク》さ。うちの農場で採れる葉っぱは上質でな、そこらのブツとは訳が違う。問題なのは販路でな、アンタ達のルートを使わせて貰えれば有り難い」
「どのくらいの利益が出ると?」
「最低でも金貨三百枚は固いと見てる」
「では、うちは販路を使わせるだけで金貨百枚の分け前が貰えるわけですか」
「そうだ。もちろん手間賃は別に払うし輸送費も支払う。アンタ達はルートを使わせてくれるだけで良い。どうだ?」
「ふむ」
シャーリィは思案する。話としては暁に損がないように見える。金貨百枚と言えば、星金貨一枚。日本円にして一億の収入が労せずに得られることになるのである。
もちろん密貿易の利益には及ばないが、決して安くはない金額でもある。
だが。
「お断りします」
「保証については心配しなくても俺が責任を持つが?」
「そうではありません。もし薬物を取り扱うとなれば、懇意にしている支援者達は私を見限るでしょう。薬物に手を出すわけにはいかないのです」
シャーリィが薬物売買に手を出したと知れば、レンゲン公爵家のカナリアも支援の手を退くだろう。『カイザーバンク』、『海狼の牙』、『花園の妖精達』もどの様な反応を示すか分からない。
何よりも。
「うちは薬物の取り扱いを行わないと決めています。利益が出ることは知っていますが、最終的には組織の腐敗を招くと考えていますので」
「手厳しいな」
「薬物畑を巡って争いが絶えない十四番街を見てみれば分かります。あなた方が台頭しているのは知っていますし、自由に商売を行ってください。うちは関与しない、それだけです」
「そうか……仕方無いな」
マルコは肩を竦めるが、どこか余裕が見えた。
「あまり残念そうには見えませんが?」
「ある程度予想はしていたさ。暁には大規模な農園がある。なのにヤクを取り扱ってるなんて話は聞いたことがない。販路もあるのに取り扱わないんだ。なら、組織としてヤクに手を出さないようにしてるってのが分かる。黄昏でも取り扱いはないし、潜り込んだ売人は皆消されたみたいだしな」
「そこまでご存知ですか」
「うちの界隈じゃ、黄昏で商売をするなと言われるくらいにはな」
「益々興味深い。商談は不成立ですが、本題には入りましょう。貴方が何を望むのか」
シャーリィは足を組み、マルコを興味深そうに眺める。対する伊達男もまた、静かな笑みを浮かべた。