テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……くるるるぅぅぅがうぅぅ」
「あら、汚い財宝の匂いがするの?」
肩に乗っかるシロちゃんの指摘に、私は周囲を見回しながら頷いた。
どこを見ても人権を無視した亜人たちの扱いには辟易させられるし、悪臭がひどい場所もある。
「あの檻に閉じ込められている亜人の子なんて……病気じゃないのか? 手足があんなに細くなってるのに商品になるのかな?」
「想像以上にかび臭いところですね。どうかマリアお嬢様、このような薄汚い場所ではスリが横行しておりますので、私から離れぬようお願いいたします」
そんな亜人たちの自由を拘束して生み出す金貨は、確かに薄汚い財宝なのかもしれない。そしてそこにお金を落とそうとしている私もまた、汚い。
ユーシスとアンは亜人たちのこのような現状を見ても眉一つ動かさず、さも当然といった態度で商品を見つめている。
私もまた、以前であればそのような視線で亜人たちを値踏みできていたと思う。
でも今は……奴隷として使い潰されるだけの亜人たちに、かつて勇者として使い捨てにされた自分を重ねてしまう。
安い同情だ。
私も亜人たちを買いに来ているのだから。
でも私はステラ姫のようには絶対にならない。
労働には必ず対価を払い、決して無碍にはしないと心に硬く誓っている。
今もなお【精霊石】を掘ってくれている【犬耳の娘】や【猫耳の娘】たちには、それなりの居住環境を提供している。
まだテントといった簡易的な施設ではあるけれど、中には快適に生活できるだけの品物を次々と搬入している。それもこれも彼女たちの働きに応じて報酬制にしているのだ。
そしていよいよ【精霊石】が売れる頃になって、実際に儲けが出るようになったらお給金を出す予定だ。
ただお金を渡しても使う場所がなければ無意味。だからこそ今は、近い将来彼女たちが地上でも安全に暮らせるよう色々と手を回している最中でもある。
「ほう、これはこれは……私は奴隷商人のリブラ・レブラと申します。本日、お嬢さんはどのような奴隷を御所望で?」
私たちに話しかけてきたのは、やせぎすな長身の男だ。
頭には黒のシルクハットをかぶり、上質な黒スーツに身を包んでいる。右手にステッキを持ち石畳をついているが、足が悪そうには見えない。
おそらくファッションで風格を出そうとしているのか、はたまた仕込み杖か。
ちなみに今日の私は『豪商の娘』という設定で、平民の中ではだいぶ裕福な家柄レベルの変装をしてきている。
ユーシスは若き護衛、アンはそのまま傍付きメイドだ。
お金を持っていそうな私たちに話かけてきた男は如何にも胡散臭そうで、アンが少しばかり顔をしかめたのがわかった。
「初めまして、紳士さん。私はマリア・ローズよ。今日は【岩飾りの娘】の奴隷が欲しくて来たのだけれど……この辺りを回っても見つけられなかったわ」
「……ほう? 【岩飾りの娘】ですか……アレは今となってはなかなか手に入り辛い奴隷種ですからなあ」
怪しく光る奴隷商の瞳が、ねめつけるように私を見つめる。
なぜ、【岩飾りの娘】と言っただけでこのような反応するのか疑問だった。
「【岩飾りの娘】の奴隷は珍しいのかしら?」
「……ほう、ご存じないとなると……私めの杞憂でしたかな。知っての通り、ここ【巨石に守られた都】の周辺には多数の石切り場がございます」
「【鋭利なる巨石】子爵領は石材の取り扱いが豊富で有名だものね。お城の石や邸宅の壁、城壁の補修に使うには評判がよいと聞くわ」
「仰る通りでございます。そしてかつて、その石材が採れる場所は【岩飾りの娘】の住処でもありました」
「そう……」
王国民は【岩飾りの娘】の住処を奪い、我が物にした。その産物こそが【鋭利なる巨石】子爵領の石切り場か。
「ですので十年ほど前まではよく【岩飾りの娘】を仕入れることができたのですが、今となってはなかなか珍しく」
【岩飾りの娘】を狩り尽くした、というわけだ。
しかしアリアは言っていた。
ここに大量の【岩飾りの娘】が仕入れられたと。
……なるほど。さっき私が【岩飾りの娘】を探していると言った時に、奴隷商が取った態度の理由がわかったわ。
つまり彼は『どうしてお嬢さんが【岩飾りの娘】を仕入れたことを知っている?』と疑念を抱いたのだろう。おそらく【岩飾りの娘】が入荷したのを知らされたのはごく一部の人達のみ。
その中には【深緑を守る大鹿】伯爵家の手の者をもいるのかもしれない。何せ私は、このままいけば【岩飾りの娘】を買い取るのは彼等だと睨んでいる。
「【岩飾りの娘】はいないのね」
「さようでございますな」
さて、この手の奴隷商は女勇者時代でもよく取り引きをした。
主に戦争奴隷などを敵国に引き渡す際に顔を合わせていた。戦争奴隷と言っても身代金をもらえる貴族子弟や、国家間での取引きカードとなりえる人物もいる。
私は護衛兼抑止力の女勇者として、交渉をスムーズに進めるために奴隷の引き渡し現場に駆り出されることがしばしばあった。
奴隷商は扱っている品物が品物だから、警戒心もそれなりに高い。今、リブラ・レブラは私がどっち側の人間なのかわからないから、本音で話してくれないのだろう。
ならばそちら側なのだとわからせてやればよい。
「じゃあここには用がないわ、行きましょうねシロちゃん。教えてくれてありがとう、リブラさん」
私は奴隷商へ見せつけるようにシロちゃんの顎をなでる。
するとやはり彼はシロちゃんと私を見つめた後に『待った』をかけた。
「お待ちを……そちらの獣魔はよくお嬢さんに懐いているようですね。どういった種なのでしょうか? 浅学ながら先ほどから気になってしまいまして」
「何も答えられないわね、特殊な子だから。ただ、いい買い物をしたと思っているわ」
こう言えば奴隷商は勘違いしてくれる。
答えられない種族を買った、答えられない場所で買った、答えられない相手から買った。
答えられないづくめで、闇だらけな獣魔。それを購入した私ももちろんそっち側。
口も堅ければ上客になる可能性だってある。
そういうのをサラッと見せつければ、大抵の奴隷商は————
「そういえば……先ほどは思い至らなかったのですが、一部の方々のみが参加を許された【秘密の奴隷オークション】がもうすぐ開催されるようです」
食いついてくるんだな、これが。
「もしかするとオークションで、お嬢さんのお気に召される商品が販売されるかもしれません。ですので、こちら失礼いたします」
奴隷商人リブラ・レブラは、オークションへの招待チケットを3枚ほど私の袖に忍ばせてくれた。
その顔面に、真っ黒な笑みを添えて。
だから私も彼にはお礼の意を込めて————
それはそれはドス黒い微笑みを返してあげた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!