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「……さん」
「ん?」
「……シンヤさん!」
「え? あぁ……」
誰かに名前を呼ばれてシンヤは目を覚ました。
目の前にはこちらを覗き込む男の顔がある。
「よう、久しぶりだな。神様」
シンヤはそう言って微笑むと、体を起こした。
「おはようございます。シンヤさん。お待ちしておりました」
「ああ。待たせて悪かったな。ちょっと色々あってさ」
シンヤは頭を掻きながら言った。
「本当にそうですよ。シンヤさんなら、自分からこちらに連絡することも可能でしょうに……」
「ま、そうなんだけどな。でもほら、魔素濃度が高い世界での魔法開発が楽しくってさ。ついつい熱中してしまったんだよ」
「そうでしょうね。私もここから見ていましたよ。本当にあの世界を満喫しているようですね」
「ああ。最高だよ。特に今はミレアと一緒に暮らしているからな。レオナードという来客もあったし」
シンヤの言葉を聞いて、神様はクスッと笑った。
「シンヤさんの口から他人の名前が聞ける日が来るとは思いませんでした」
「そんなに意外か?」
「はい。正直な話、シンヤさんは魔法にしか興味がないと思っていました」
「ひどい言われようだが、否定はできないな」
シンヤは肩をすくめた。
彼の第一の関心事は、魔法に関するものだ。
地球にいた頃も、ありとあらゆる物事に首を突っ込んで魔法に繋がるヒントを探していた。
「ところで、俺がいない間、何かあったか?」
「残念ながら何も変わりません。この次元の狭間は、シンヤさんがいなくなった後も、ずっと停滞していますよ」
「そうか。それは良かった」
シンヤは安心して息を吐いた。
「良くはないですよ。私にとっては退屈なのですから。まあ、最近はシンヤさんの活躍を見ているので飽きませんけど」
「俺の活躍か……。俺の活動方針についてだが、もっと派手にやった方がいいのか? もっと強い敵を倒したりとか」
「いえ、特にそういうことは求めていません」
神様は首を横に振った。
「魔素濃度の薄い地球で育ったシンヤさんが、こちらの世界で活動する。それだけでも、私にとっては興味深いことです。ですから、シンヤさんには思うままに行動して欲しいのです」
「そうか。分かった」
シンヤは神妙な顔でうなずいた。
「それじゃ、そろそろ本題に入ろう。まずは現状の報告だ。俺はグラシアという街の近くにある迷宮の攻略を進めている。数週間前には三階層に到達した」
「はい、知っていますよ。突然変異で出たゴブリンキングを、シンヤさんが討伐したことも」
「流石は神様。全てお見通しか」
「当然ですよ。私は全ての世界のことを見ているんです。……と言いたいところですが、そういうわけではありません。シンヤさんのことは、興味深いので特に注視しているのです」
神様がそう説明する。
「なるほど。ということは、レオナードという女に関することも見ていたんだな?」
「ええ。シンヤさんが、彼女のことを男性だと勘違いしているのを見て、笑い転げてしまいました」
「やめてくれ。恥ずかしいだろ」
シンヤはため息をつく。
「とにかく、レオナードもミレアほどではないがいい女だ。俺の女にしたいと思っている。それについて神様はどう思う?」
「え? どう思うと言いますと……」
「道徳的に見て、一人の男が二人の女を愛することは許されるのだろうか?」
「…………」
神様は神妙な顔でシンヤの言葉を聞いている。
……ように見えたのだが、不意に彼の表情が緩んだ。
「くく……。ふはははは! あっはっはっは!」
「何がおかしい!?」
いきなり爆笑し始めた神様に、シンヤは声を上げる。
「あぁ、すみません。シンヤさんにもそんな悩みがあるのですね」
「どういう意味だよ?」
「いえ、地球でのあなたは仙人のような修行をしていたそうですから。そういった倫理や恋愛観とは無縁なのかと思っていたんですよ」
神様は目尻に浮かんだ涙を拭きながら言った。
「別に無縁でもいいだろう。こっちに来てからは、色々と価値観が変わったんだよ。特に、ミレアとレオナードには夢中になっている」
「それは結構なことではないですか。人の感情は自由ですよ。例え相手が二人だろうと三人だろうと」
「そうか?」
「ええ。人間は自分達のことを高尚な生物だと勘違いしていますが、所詮は多少の知恵が付いた程度の獣です。ただ繁殖欲があるだけの存在ですよ。そこに善悪などありません。あるとしたら、その欲求を満たすことに対しての善悪だけです」
神様はそう言うと、微笑を浮かべた。
「人間に対して厳しいことを言うなぁ……。そんな獣の俺と神様が友達になっているのだが、それは大丈夫なのか?」
「もちろんです。シンヤさんは人間の中でも特別……というわけではありません」
「ふむ?」
「むしろ逆です。人間から見た私達神ですら、多少知恵や知識を持っている程度の獣なのです。それこそ、シンヤさんの奮闘を見てハラハラドキドキしたり、笑い転げたりしているような存在なのですよ」
「なるほど。つまり、神であるあんたが俺と友達なのは、何も不思議な事じゃないってことだな」
「はい。そういうことです」
神様は満足気にうなずく。
「じゃあ、これからも俺は好きにあの世界を楽しんでいいのか?」
「構いませんよ。ただし、この次元の狭間にも時々戻って来てくださいね。シンヤさんが来ないと、私は退屈で死んでしまうかもしれません」
「ああ。分かった」
シンヤは笑顔で答える。
そして、しばらくの間、神様と談笑したのだった。