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突如レジスタンスの前に割り込んだ人物が、水の弾に対して片腕を一閃。なんと人の頭の大きさ程もある水の弾を消滅させた。
これにはネフテリアも眉をピクリと動かして驚いた。知っている限りでは、サイロバクラムには水や火などの別の物質や現象を武器にしたり防御したりするアーマメントは、戦闘用には存在していない筈である。
それを裏付けるように、周囲のレジスタンス達も、驚愕の顔をしている。
「アンタは……」
膨らんだ白く四角い何かを持って、その人物は顔を上げた。その正体は、ネフテリアの呼び名を決める話し合いに集まった、通りすがりの一般人女性だった。
「いやだから誰!?」
殺傷力の無い魔法とはいえ、それを防いだ人物がまさかの知らないおばちゃんということに、ネフテリアは驚愕した。いや、その場のほぼ全員が驚愕している。
「おほほ。主婦歴20年余りのモニックと申します。お恥ずかしながら、魔王女様の魔法を防がせていただきました」
「主婦……20年……ですって?」
「なんでそこに驚いてるんですか」
なぜか主婦というワードに反応し、警戒心を強めるネフテリア。ムームーはその間に体勢を立て直していたが、思わずツッコんでしまった。
「そう、ムームーはまだ熟練主婦の恐ろしさを知らないのね」
「知りませんよ。なんですか恐ろしさって」
意味が分からないムームーは、一旦様子を見る事にした。
(どうやって魔法を防いだのか、見極める必要がありそうね)
幸いにも、何か対策を練っている最中なのか、成り行きを見守っているのか、周囲のレジスタンス達に動きは無い。だからこそ、ネフテリアは今の内に主婦の謎を解き明かす事にした。
「【泡連弾】!」
放ったのは分厚い水で作った泡の弾丸。それを連射した。
当たると破裂し、ちょっとした爆風も巻き起こせるという、怪我をさせずに動きを止めるのに最適な魔法である。
レジスタンスはともかく、流石に本来関係の無い主婦を怪我させるのは躊躇したのだ。
空中にいるモニックは、手に持った白い何かを手放し、新たに膨らんでいない白い何かを両手に取り出した。それは服と同じで四角になっていない。
「【ナースメイダー・ダイパーガード】!」
技名を叫びながらその白い何かを高速で振り回すと、モニックと近くのレジスタンスに当たりそうだった泡が、全て消えた。
「ふっ、魔王女様もお若い」
高速で飛来する泡を全て防いだモニック。両手の白い物は、先程より明らかに膨らみ、四角になっている。それを間近で見たレジスタンスが、その正体に気が付いた。
「って、オムツかよ!」
それはアーマメントでも何でもなかった。育児用の大事な道具である。身に着ける時はちゃんと赤子の体にフィットするのだが、水を含むと四角になるという、サイロバクラムらしいオムツである。
周囲は再び驚愕し、ネフテリアは険しい顔をして睨んでいる。
「流石は主婦。一筋縄ではいかないわね」
「オムツは全ての水を吸収する。今の私に水は通用しませんよ?」
「なんか色々おかしい! 明らかに吸収した水の方が多くなかった!?」
ネフテリアとムームーの立場が逆転しているが、本人達はそれどころではない様子。
思いっきりキレたせいで、すっかりシリアス顔になっているネフテリアは、レジスタンスやムームーよりも遥かに主婦のモニックを警戒している。
レジスタンス達も、いきなりの一般主婦の活躍に、動く事を忘れている。
「……でもね。魔王女って言うのは許さん」
「ふっ、あまりおいたが過ぎるようなら、例え異世界の魔王女様であろうと折檻すべし!【子守主婦・オムツ爆弾】!」
何かに火が点いたモニックが、突如四角く膨らんだオムツをいくつもばら撒いた。どれも水分をたっぷり含んでいるようだ。
「どこに持ってたの!?」
空から大量のオムツが降り注ぎ、その場に残っている人々は逃げと防御の体勢に入る。含んでいるのは先程の魔法の水と分かっていても、オムツに含まれているせいで汚い想像をしてしまう。
その時、モニックが何かをふと思い出した。
「あ、1つだけさっき子供から回収してたの忘れてたわ」
『ぎゃああああ最悪ぅわあああああ!!』
土壇場で本物が含まれている事が発覚し、一気に阿鼻叫喚となった。
そしてそれらは容赦なく地面に降り注ぐ。
大量の破裂音と水音が辺りに響いた後は、それまでとは裏腹に静けさを取り戻す。防御はしたものの、もしアタリが自分の所に降ってきて、それが口に入ろうものならという想いが、人々の口を堅く閉ざしていた。
ムームーは自分の糸を上に伸ばし、滑り台のようにオムツの落下地点を逸らして事なきを得ている。パフィの方も、ネフテリアから危険な感じがした時点で後ろに下がって、アリエッタに進入禁止の標識を描いた板を使わせ、自分も一緒に守られているので影響は受けていない。
そして標的だったネフテリアはというと、
「危ないですよ、奥さん」
「!?」
モニックの背後、空中に立っていた。その目に暗いものを湛えて。
「い、いつのまに……っ」
近くにいたレジスタンスも驚いている。
実はオムツの1つが確実にネフテリアめがけて投げられていた。加えて先程の本物が含まれている発言。それは回避か防御に誘導するモニックの作戦である。
こっそりとそれを教えられたレジスタンスは、注意深くネフテリアの動きを見て、あわよくば捕らえようとしていたのだが……。
「水なんて隠れ蓑があったら、回り込むなんて簡単でしょ」
地上にいたネフテリアは、着弾直前に水の魔法をオムツに向かって放ち、大きな水しぶきを発生させた。その水に隠れて、建物の陰まで高速移動し、死角から接近したというわけである。
すぐに声をかけたのは、魔力で自分の居場所を把握される前に行動する為。
「あ、あらあら。どうしましょ……」
と言いつつも、アーマメントから物干し竿を引き抜くモニック。家事を諦めない主婦である。
そんな内心慌てているモニックに顔を寄せ、ネフテリアが呟いた。
「子供の鳴き声が……」
「え゛っ!?」
モニックがとある方向に振り向いた。
そしてネフテリアが動く。
「【珠封檻】!」
「はえっ!?」
モニックを魔力の球体で閉じ込めた。すかさず次の魔法を放つ。
「さっさと育児にもどれ! 【魔空射砲】!」
ドシュウウウウ
「悪魔かああぁぁぁ~~…………」
魔力の球体から爆風が噴き出し、モニックを捕えたまま振り向いた方向に飛んでいった。
「うわぁ……」
横にいるレジスタンスが引いている。
こうしてモニックは、戦線離脱したのだった。
「さて、主婦の脅威は去ったわ。お次は……」
ついでに横のレジスタンスをシバき倒してしまおうかと、ネフテリアが手を動かそうとしたその時だった。
「!?」
突如布が飛んできて、ネフテリアにまとわりついた。
「だから糸は無駄だって……っ!?」
誰が仕掛けたのか即座に理解し、火の魔法を使おうとしたところで、動きを止めた。
「これで火は使えないでしょ。色んな所に繋げてあるので自分が燃えますよ」
「………………」
薄くふわふわした布は、ムームーが出した糸で作った物。それが見えない糸で体に繋げられ、体から離れる事は無い。さらに空中にも糸を這わせてある。触れたら切れる程度の強度だが、だからこそ触れても気づきにくい。
離れて見ていたパフィとアリエッタが感心した。
「ムームーの糸はよく燃えるから、火をつけたら色んな所から引火して丸コゲなのよ。よく捕らえたのよ」
(いきなり羽衣なんてつけて、もしかしてパワーアップした? てりあ綺麗~)
長い黒髪に羽衣と、アリエッタからは天女にしか見えなくなっていた。その装飾変化も魔法だと思っている。
そんな少し不利になる物を付与されてしまった魔王女の想いはただひとつ。
(だいたいこいつのせい! 力ずくで魔王女なんて迷惑な呼び名を撤回させてやる!)
そんな怒りの感情を直接浴びているムームーは、弱みを少しでも見せない為に余裕めいた顔を見せて、内心滅茶苦茶ビビっていた。
「ふふ……」(クォン助けてー! やっぱりこの人怖い!)
その頃、ピアーニャ達は注意深く何かを見ていた。
そんな中、クォンは何かに気付き、真剣な顔つきになる。
「ミューゼさん!」
「なにそれ可愛い!」
真四角の真っ白い本体に、小さな四角のカラフルなツブツブとクリームがデコレーションされた物が並んでいる。ようするにケーキである。
「アリエッタ喜ぶかなー?」
「いいね。後で買ってあげようよ」
「わちはこっちのシブイのがいい」(オトナだしな)
ひたすらアーマメントについて調べていたピアーニャ達は、ソルジャーギアの近くの店で休憩中。
「お前は許さん! 服の露出上げてやるから覚悟しなさい!」
「ひぃ」
『ほう?』
糸を産み出し服を自分で作れるアイゼレイル人にとって、服の破損など大した罰ではないが、その時だけ恥ずかしいのは確かである。
ムームーの正体を知らないネフテリアの言葉だが、それは男の娘が最も困る宣言の1つ。服を剥がされると色々まずい。しかも外見が良すぎるせいで、注目の的である。
「こーなったら先手必勝!」(縛り上げて大人しくさせるしかない!)
抵抗するしか術がなくなったムームーは、服に沢山ついている三角形のパーツを2本外し、糸で操った。1本は直線でネフテリアに向け、もう1本はジグザグにフェイントをかけながら追撃をかける。
(わたしが精密操作できるのは2本まで。大雑把にしか動かせない3本目以上は、普通にやってもテリア様には届かない)
ならば普通じゃない戦法を取ればいい。そう考え、ムームー自身も動き出す。
そして怒り心頭過ぎて逆に冷静になっているネフテリアは、その顔に不気味な笑みを浮かべながら、魔法を放った。
「【魔連弾】」
無数の魔力の弾丸が連射され、ムームーのパーツを迎撃しつつ、そのまま猛スピードで大量に地上に降り注ぐ。
『うわだだだだだ!!』
地上に降りていたハーガリアンとツインテール派達が巻き込まれていた。弾丸には何かを破壊する程の威力は無いが、当たると普通に痛いのだ。それも連続で。
人に向けても死なない魔法を選ぶ冷静さを残しつつ、巻き込んでも気にしない状態のネフテリア。それにはのんびり見ているだけのパフィも一安心。
そのネフテリアが、急に後ろを振り向きながら跳んだ。
「やっぱりそう来るわよね。【魔光刃】!」
ネフテリアの手から魔力の刃が伸び、糸を周囲の建物にひっかけて空中移動してきたムームーの手に握られた網状の糸を迎え撃った。