テラーノベル
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僕がアサヒと出会ったのは火災現場だった。当時消防隊だった僕は「隣人の家が燃えている」と通報を受けその現場へ向かった。その日は風が強くカラッとしていたため延焼の危険があった。僕らは現場につきすぐ消火活動が行われた。中には誰もいないということだったので自宅内には入らなかった。通報者が連絡してくれたのだろう。消火活動がはじまり数分が経つと燃えている家の住居者であろう女性が現場へ来た。僕はちらりと一瞬だけ女性の方を向くとなにか目には光るものがあった。「中には誰もいないはずだろ?」と僕は思った。「では…?…家が大切だったのかもしれない。」と他の妄想をする。その時の僕は安心したかったのだろう。死者がでない。それが一番重要だ。そう思った矢先だった。女性は燃えている家に向かって「レックス!レックス!レックスが…。」と叫んだ。「は?中には誰もいない…はず…いや…通報者が間違えているのかもしれない。」周りの消防士は混乱するも僕はホースをもとに戻し、隊長に向かって言った。
「僕が行きます。」
しかし、隊長はそれを許さなかった。
「だめだ!中に必ず人がいるとは限らない!」
「いいです。誰もいなくても人じゃなくても…住んでいる方が言っているんです!名前と思われる言葉を!一刻を争う瞬間です!」
僕は隊長のことを押し切り、燃えている家の中へ入る。その瞬間。何かが横切った。一瞬すぎてわからなかった。だが“人”ではないことは分かった。なぜなら背が低い。人とは思えない背の高さだ。そして横に長い。おそらく四足歩行なのだろう。僕はその何かを追いかけるように燃えている家の中へ入る。バチバチと鳴り響く家の中は地獄。消防士の僕でも恐れてしまう。だがそんな事を思っているひまではない。女性と暮らしている動物が恐らく一人。そして、僕がこの室内に入ろうとした時に僕を横切った何かが一人。最低でも二人いる。僕は冷静になり、今の状況を整理する。そして、中へ中へと歩き出す。すると、「バタン!」と燃え、黒く焦げてしまった家の柱が僕の目の前に倒れる。だが動じない。消防士をやっていればあることだ。僕はその道を諦め右側にある階段に向かって足を進める。今にも崩れそうな階段を1段ずつ慎重に登る。1段1段登るに連れミシミシと鳴り響く。だがここで足を止めるわけにはいかない。要救助者がこの中にいるのだ。最後の1段を登り終えやっとの思いで2階へ着く。休んでいる暇はない。すぐ歩き出し、要救助者を見つけに向かう。炎のせいで前がよく見えない。だが止まるわけにもいけない。歩いて歩いて歩き回る。だが、要救助者は見つからない。2階を探し終え1階へ戻る。階段は先程よりも「ミシミシ」と鳴った。その時、またあのなにかに出会った。横切った。僕がこんな苦労して降りる階段を軽々と降りていった。だが先ほどとは違う。口元になにかくわえていた。小さいなにか。僕はそれを追う。今にも倒れそうな黒く焦げた柱、家中に広まり視界を奪われる炎をかいくぐりやっとの思いであのなにかに辿り着く。それは犬だった。その犬はジャーマンシェパードで口元にはまだ小さな子犬がくわえられていた。いつのまにか僕は光に包まれる。どうやら僕はあの犬を追いかけていたら赤い闇を抜け出していたのだ。
「津島!」
息切れをしている僕の目の前に隊長の姿が見えた。怒られるのだろう。僕は覚悟していた。
「あの犬はなんだ!お前は犬より下じゃないか!自分で行っておいて犬に手柄をとられているじゃないか!」
怒られた。だが思っていたのと違う。
「あれ…?」
一瞬戸惑った。しかし、怒られているのには違いはない。
「ったく!」
「犬だって必死じゃないですか?」
また怒られる。だがそれよりも犬を責めたくなかった。上司だろうと僕は反抗した。
「ん?俺に反抗するのか?津島!お前は俺より下だろ?」
「犬は素早かった。目にも止まらぬ速さです。そのおかげであの女性の家族が救えました。」
「ふん。人間が一番上なんだ。犬なんぞどうでもいい。」
僕は隊長に対する怒りが抑えきれなかった。
「その言葉消防士としてどうなんですか?僕は救いたい。犬だろうとインコだろうとカブトムシだろうと僕は救います。家族であれば。」
「はっはっは!家族じゃなければ救わないのだな?」
「いや…そういうことじゃ…」
僕はその後の言葉が言えなかった。
「俺の隊から離れろ。津島。」
僕は返事をしなかった。いやしたくなかったが正しい。隊長の杉島(すぎしま)さんは僕を救ってくれた恩人だ。今でもそう思っている。消防士を目指している時、中々試験に合格することができなかった。しかしそんな中、隊長は僕に「あと一回だ。そう思って試験に受けろ。お前は不合格を当たり前と思っている。」と声をかけてくれた。僕は今でもそれを大切に思っている。だが、隊長と同じ班となりこんな人なのかと落胆する。所詮隊長は消防士を人を助けるもの、ただの仕事と思っている。給料のいい仕事。僕は隊長に怒られ肩をすぼめながらとぼとぼと消防車付近へ向かう。すでに消火はほぼ終わっていた。
僕はふと、火事になった家の側にひかれていたブルーシートの方に目を向ける。そこには、あのジャーマンシェパードがいた。すぐ近くには体が茶色と白色の小さな犬がいた。その子犬は体全体がびしょ濡れになっていた。どうやら消防士の人に水をかけられたのだという。ブルーシートへ来た当初その子犬は体のほぼ全体が炎に包まれていたという。だがジャーマンシェパードは子犬とは反対だった。足の一部は体色の黒とはちがう黒に染まっていたり、背中らへんは皮膚が焼けただれていた。さらに左目はいつまで経っても開かなかった。しかし、その左目は火傷や焦げている様子はなかった。こんなにも傷を負っているというのにシェパードは全く座らなかった。すると、あの子犬の近くにこの家の住居者の女性がやって来た。きっと現場にいる警官など押しのけてきたのだろう。僕はその女性に近づく。そして声をかける。
「この子、あの犬が助けてやったんです。僕じゃありません。」
決して僕が助けたわけではない。それを女性に伝えた。
「え!?あのシェパードが!?」
女性は驚いた様子で僕とあのシェパードを交互に見る。
「じゃあ僕は失礼します。」
僕がこの場を立ち去ろうとした瞬間。女性は僕に向かって口を開く。
「あのシェパードって?」
「存じ上げません。」
「はぁ…ではあのシェパードって…?」
「どこかの犬なのではないですか?僕、この近くに住んでいないのでただの偏見ですが。」
「左目が見えないってことですよね?あれ。」
「まあそうだと。」
「猫だったらうろついているんですが…。」
「野良犬?」
「ん〜…。」
2人であのシェパードについて考えていると僕の背後にはオレンジのシワシワな隊服を着て、腕を組み、仁王立ちしている隊長の姿があった。
「消火作業は終了だ。俺達はすぐ帰る。ついてくるのであればついて来い。」
ぶっきらぼうな言葉を僕にかけ隊長は消防車の方へ歩き出した。そうだ僕はもうあの人の班ではない。僕はそれを思い出すと消防車の方へは行かなかった。ヴルームとエンジン音がかかりゴーと走り始めた。
「乗らなくて良かったっんですか?」
女性がそう僕に問いかける。それに対し僕は「はい。僕はもうあの班じゃないので。」と無愛想に答えた。
「え…ええ?」と女性は困惑する。そんな女性に僕は「ああ…キャリーケースいや大きめの…なんでもないです。この近くにホテルとかないですか?」と質問する。
「ああホテル・JAPANであればこの近くの××駅の付近にあります。ビジネスホテルですね。」
「ありがとうございます。じゃあ僕は失礼します。」
僕は着ていた防火服を脱ぎ、女性に一礼し、その場をあとにした。
コメント
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いいお話な感じがするね!隊長ムカつく感じだけど主人公いいね!