おひさで申し訳ない
第8話「恋のはじまり、舞台の幕開け」
週末の朝。
駅前のカフェ。
窓際の席で、ゆいは少し緊張した指先を組んでいた。
「遅れてないかな……」
そう呟いた瞬間、軽やかな声が響く。
「お待たせ、ゆい」
振り返ると、制服じゃない神代類が立っていた。
淡いグレーのシャツに、黒のパンツ。
いつもより少しだけ、落ち着いた雰囲気。
「……似合ってる」
「ありがとう。君も、可愛い」
ストレートすぎる言葉に、ゆいは耳まで赤くなる。
そんな彼を見て、類は嬉しそうに微笑んだ。
「ねぇ、今日の目的地、秘密にしてたけど──」
「うん?」
「僕の“舞台”を君に見せたくて」
そう言って、類が連れて行ったのは
小さな劇場だった。
照明の調整中の舞台。
誰もいない客席。
空気の中に、まだリハーサルの熱が残っている。
「ここ、僕が初めて立った舞台なんだ」
「へぇ……」
「いつか、君と一緒に立ってみたいって思ってた」
その言葉に、ゆいは胸がじんとした。
照れくさいけれど、どこかあたたかい。
「……じゃあ、ちょっと練習する?」
「え、今ここで?」
「いいでしょ? 二人だけの舞台だよ」
類が笑いながら手を差し出す。
ゆいがその手を取ると、照明がふっと当たった。
光の中で、二人の影が重なった瞬間。
世界が止まったように感じた。
「ゆい」
「なに?」
「君といる時間が、一番“本当”の僕なんだ」
舞台の上、誰もいない観客席に向かって、
彼の声だけが静かに響く。
その言葉が、ゆいの心の奥に、
永遠のように刻まれた。
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